第1部 Night Flight - 10
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羽田空港の管制塔とのやり取りはスムーズに進んだ。
こちらがデンゲイだということを知らないかのようだったが、単にこの時間に離着陸する他の航空機がないというだけのことだろう。
指定された滑走路はもっとも海に近く、市街地からは離れていた。
その滑走路なら最新の光学通信による着陸誘導が出来るということだったが、デンゲイに翼があるのはマナを受容するためであって、人間がつくった固定翼機ではないのだから、離着陸に滑走が必要なわけではない。
別の理由があるのは明白だったが、それは今更気にすることではない。
ケアンズだって、受け入れられるまでには時間がかかったことだ。
着陸は呆気ないほどに簡単だった。
夜間と言えども灯火がこれでもかと連ねられた空港の滑走路は、母艦の飛行甲板よりもずっと広く、寛容だった。母島のヘリポートに着陸した時のような雨風もなく、着陸行程は全て順調に進行した。
デンゲイが停止すると、滑走路の脇に待機していた救急車が飛び出してきた。
マリアたちが飛行中ずっと容態を診ていた患者は、引き継いだ日本の救急隊員たちに受け容れられ、すぐに都内の病院へ搬送されていった。
セージはマリアたちを労ってから、一旦の別れを告げようとした。
というのも、彼はてっきり、マリアはじめ医療班のメンバーは救急車と一緒に行くことになるのかと思っていたからだ。
しかし、彼女たちの降機は許可されなかった。というより、想定されていないようだった。突発的な緊急事態へ急遽対応することになった代償として、ロコラ側も、日本国の行政側も、誰もマリアたちのためにホテルの部屋を用意してはいなかった。
抗議する間もなく、セージは管制塔からハンガー付近への移動を指示された。ようやく今夜の飛行を終えたはずのメラ・デンゲイは、医療班を乗せたままコンテナを吊り下げた状態で殆どホバリングのような低空飛行をもう一飛び行う羽目になり、マリアたちはここで一晩、最悪ロコラが入港するまでコンテナ内へ留め置かれることになってしまった。
それが感染症の除染を行っていないためか、あるいはデンゲイが放つ竜子場の影響下にあると考えられたからなのか、もし後者の理由だとしたらマリアたちには申し訳ないことをした、とセージは心苦しく感じてしまった。
セージは別に良い。デンゲイの核珊で時間を過ごすことに慣れていたし、なんだったら、そこが世界で一番安心できる場所だった。
だが、コンテナの中の医療班は数時間のフライトの最中、ほとんどの区間を嵐に揺られた上、更には受け入れた患者の看護に手を尽くしていたはずだった。きっと疲労困憊していることだろう。それなのに、マリアが有線通信で寄越した言葉はむしろセージを労うものだった。
「共辰者、フライト御苦労様でした。おかげで無事、急患を届ける事が出来ました。本来なら、ホテルの部屋を確保する任務を続行するところですが、子供はもう寝る時間です。貴方も疲れていることでしょう。ベッドの上で体を伸ばせないのはお互いに残念ですが、今夜はここで休みなさい」
それに対してセージもマリアほど上手には喋れなかったが、医療班の仕事を讃えてみせた。それに対して補助士の男性たちも朗らかに、冗談交じりに回答してきて、互いにお休みを言った後、セージたちはそこで通信を切った。
任務の後は気持ちが昂ぶって、なかなか眠れない時もある。
しかし、今夜はマリアたちが言うように、セージも疲れていたらしい。
いつの間にかシートに体を預けて眠り込んでいて、気づいたら夜は明けていた。
空はとっくに白み、頭の天辺を出した太陽が空港設備を照らし始めていた。
セージは無意識に共辰させていたデンゲイの認識から自分を引っ張り出して、慌ててスマートウォッチを確認した。時刻は6時を回っていて、試しに無線を開くと既に空港は活動を開始していた。
「共辰者、目は覚めましたか。ぐっすりと眠っていたようですね」
マリアが有線通信で呼びかけてきた。
少し興奮気味の声だったが、どうやらコンテナ内では碌に寛ぐこともできず、三人とも寝ずにカードゲームをして夜を過ごしたらしい。
「さて、これから私たちは万難を排し、あらゆる手段を講じて、熱いシャワーと新鮮な朝食、それも出来立てのクロワッサンと香りの良いカフェオレを調達しに行くつもりですが、あなたはどうしますか?」
ロコラのクルーはいつだって精力的だ。セージは「良い考え」と苦笑交じりに賛意を示すと、代表して管制塔へ呼びかけた。




