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一人芝居  作者: 志波 連
9/20

 今度友人達にも是非とも披露して欲しいという会長の奥様に曖昧に頷いた小春でしたが、数日後には奥様の謡仲間を前に敦盛を披露することになるとは思ってもいませんでした。


『七緒、私には絶対に無理だよ』


『誰もお前に舞えなどとは申しておらぬ。吾が舞うゆえ、お前は心静かに身を委ねよ』


『うん……わかった』


 七緒が磨き上げた幸若舞を披露すると、割れんばかりの拍手に包まれました。

 謡のお師匠様は涙さえ浮かべています。


『私には良く分からないけれど、見る人が見ればわかるんだね。やっぱ七緒は凄いんだ』


『おだてても出てはやらんぞ。お前にはやってもらわねばならんことがあるからな』


 七緒の言葉に肩を竦める小春でしたが、もとより追い出したいなどとは思っていません。


「小春ちゃん! 凄いわ!」


 ご年配の女性陣に囲まれ、小春は困惑していました。

 すると、みんなから『先生』と呼ばれている上品な女性が静かな声で話しかけてきます。


「素晴らしいわ。私が師と仰ぐ山本左衛門先生の舞を見ているようでした。先生は三河幸若舞唯一の伝承者だったの。誰も継ぐことができず、消えてしまったと思っていたのに、こんなに若いお嬢さんが……感激しましたよ」


『フフフ。吾は山本権左という舞の名手に手ほどきを受けたのじゃが、その左衛門というのは権左の子孫じゃな? そうか、この舞は断たれたのか。実に惜しいことじゃ』


 七緒の言葉をそのまま伝えることもできず、もじもじしている小春に、その人が続けて言いました。


「山本先生のご先祖は、松平家信の国替えについて行かれて、この地には舞手がいなくなったと聞いているわ。でも三河幸若舞には『七緒』という秘伝の舞があってね。これを舞うことを許された人は本当に少ないの。でも、あなたは立派にそれを伝承している……どなたに教わったの?」


 小春は目を泳がせて七緒の言葉を待ちました。


『何を隠す必要がある? 七緒本人が舞ったのだから当たり前だと申せば良かろう』


 小春は溜息を吐いて言いました。


「遠縁の叔母さんです。もうこの世にはいません」


 ご婦人が残念そうに溜息を吐いた。


「そう……残念ね。もしかしたら江戸時代に絶えてしまったと言われている秋葉家の末裔の方かと思ったのだけれど。小春ちゃん、これからも精進して、きっとその舞を後世に広く伝えてちょうだいね。あなたは三河幸若舞の唯一の伝承者なのよ」


「は……はい」


『秋葉家が絶えただと? なぜそんなことが……』


 やっと婦人たちから開放された小春が七緒に語り掛けます。


『七緒は死んじゃったから、その後がどうなったかは知らないんだよね? あの火事のことやお父様や住民のことも知らないって言ってたもんね』


『ああ、全てを詳らかにせぬまでは成仏も叶うまい』


『でも難しいよねぇ。事実を解き明かせって言われても、秋葉にお城なんて無いんだもん。形原城のことかなあ』


『形原の城? それこそ、先ほどの老女が申しておった松平家信殿の城じゃ。あそこは家信殿が摂津に国替えになった後、廃城となったはずじゃが』


 小春が驚いた顔をしました。


『そうなんだ。今でも跡地はあるよ? 公園になってるもん』


『公園とは火除地のことか? 我が城は跡地も無いのか?』


『聞いたことないなあ、秋葉にお城があったなんて』


『城の痕跡も無いとは……吾が民たちに殉じたは間違っておったのかのう。それほどまでに疎まれておったのか』


 七緒がそう言うと小春の胸は締め付けられズシンと重く悲しさが広がりました。


『ま、まって。きっと私が不勉強なだけだよ。そうだ! 図書館で調べれば何かわかるかも』


『図書館? 蔵書院のことか? お前たちの言葉は難しいのう。ではそこで調べてみようぞ』


 締め付けられたように重たかった胸からスッと力が抜けていきました。


 学校の図書館より多くの文献がそろう市立の図書館へはバスで15分ほどかかります。

 小春は急いで向かいました。


『あった! これだよ』


 この地区の歴史に関しての書籍が並ぶコーナーで『秋葉城の歴史』という本を見つけました。

 著者はどうやら秋葉神社の先々代の宮司のようです。


「秋葉にお城があったんだ……」


 小春の声に七緒の溜息が重なりました。


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