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24歳のシンママやってます。記憶がないのですが落ちてませんでしたか?〈記憶の欠片〉

作者: 道ノ進

 私は時々、不思議な夢を見る。

それは、私の知らないある場所で小さな女の子が話しかけてくる夢。


 夏の暑い日、目の前には川がある。その川は幅は広いが浅く、水は透き通っている。

川に沿うように住宅が並んでいる。

水のせせらぎ、鳥の声、風が心地よい。

私はなぜが動けない。

周りを見渡すのが精いっぱいだ。

そんな私に、女の子は話しかける。

「ちぃちゃんはどこにいったの?」

「ちいちゃん?ちいちゃんって誰?」

「ちいちゃんとお話ししたいなぁー」

話が通じているのかわからないが、女の子はいつもそんな話をしている。


 この夢は目が覚めても覚えている。だが不思議なことに女の子の顔は覚えていない、いや[認識できていない]という方が正しいだろうか。いつもこの夢から覚めると不思議な感覚に陥る。


これから話すは話は、私が失った記憶の欠片を集めていく物語。


 私の名前は久保田(クボタ) 玲花(レイカ)

都内に住む24歳のシングルマザー、この子の名前は彗花(ケイカ)。生後6か月の女の子だ。


 私はもともと千葉県にある実家で暮らしていたのだが、学生のころから両親とはなぜか距離感を感じており、安定した職に就いているわけでもないのに家を飛び出し東京都内の小さなワンルームに最近引っ越し、この子と二人、静かに暮らしている。

 19歳~22歳くらいのころは親に迷惑をかけ、夜遅くまで遊んだりしていたものだ。この子はそんな中授かった子だったので、両親には怒られたりもしたものだが、私にとってはこの子が私の唯一の救いだった。

 両親も今では彗花のことを可愛がってくれている。結局は可愛くない孫なんていないんだろうと思う。


 両親とは距離感を感じると前記で話したが、両親だけでなく友達や親戚、私は誰に対しても自分とは違う世界に住んでいるかのような感覚に陥ることがある。

その理由は私の過去にある。


―私には14歳以前の記憶がないー


 母が言うには14歳の頃に交通事故にあい記憶を失ったそうだ。

確かに私が覚えている最初の記憶は病院のベッドの上だった。

知らない場所。知らないおばさんとおじさん。そもそも自分が誰かもわからないのだ。

唯一わかることは、ある程度の日本語の概念や常識的な感覚。

例えば、生まれたての赤ちゃんは、そこが「人間が作った病院という建物である」という概念もなく、目の前にいる助産師さんやお母さんは自分と同じ「人間」である。という概念もないはずだ。

ただそこに生まれた完全0の存在。


でも私には記憶も知識もないが、なぜか病院で目が覚め、目の前には知らない人たちがいる、おそらく自分の関係者であろうということや、自分が異常な状態で存在していることは理解できた。


そして、その後何年たっても記憶が戻ることはなかった。

だが私は、そこまで深く考えてはいなかった。記憶は戻らないが、私には家族がいて、帰る場所があった。それに高校にも通うことができ、比較的早く日常生活が送れるようになった。20歳~の頃は親に迷惑を掛けたりもしたが、少し遅めの反抗期程度のものだった。


そして子供が生まれ、半年が過ぎ、子育てにもずいぶんと慣れてきた。

そんなときだった。これまで気にしてこなかった私の過去について気になったのは。

それは、気持ち的な余裕ができたからだろうか。それともあの「夢」のせいだろうか..


そんなある日私は、千葉から東京への一人暮らしを始めて、役所に転居届を出していなかったことを思い出し、彗花を抱っこ紐で抱え、役所まで来た。

住所変更の手続きを完了して、記念に転居前の住民票を取っておいたのだが、私はその住民票のある異変に気付く。

住民票には「住民となった年月日」の記載があるのだが、私の年月日だけ私が記憶をなくしたころの年月日が記載されていた。

両親は実家を購入した時だろう、それより何年も前から住民となっているのに…

私は両親に確認しようかとも思ったが、きっとその頃の私は施設に入院したりもしていたので、一時的に住所を移していたんだろうと考え、確認することはなかった。

本当は聞いてきたことが崩れてしまうのではないかという恐怖があり気にしないことにしたのだ。


だが、数日がたったある日、私はまた夢を見る。今日はいつもの川の前ではなく、私は実家にいる。

いつもの夢と同じように、私は動くことができない。

女の子はいつもと違い私の脇に引っ付きそわそわしながら周りを見ている。

「ここはどこ?」

「ここは私の実家だよ」

「知らない、れいちゃんここ知らない」

「れいちゃんって私のこと?」

自分の名前を呼ばれたのかと思い、私は驚いた。女の子に質問したが、返答はなかった。


いつもと似てるけど、いつもとは違う夢。

あの夢はどういうことなんだろうか。

私は目を覚まし起き上がると、住民票のことがやけに気になっていた。

だが、両親に直接聞くことには抵抗があった。

その為、私はもう一度役所に行くことにした。

役所につくと今日はいつもより混んでいる。番号札をとり、椅子に座って待つ。

彗花も今日は機嫌があまり良くない。

「けいちゃんごめんね。すぐ帰るからね~」


私の番号が呼ばれ、窓口に行く。

「すみません。住民票のことで伺いたいのですが。」

私は住民票を見せ、今の住所になる前の前歴を確認したい旨を話す。

少し不思議な顔をされたが、書面上どうなっているか知りたいということで理解をしてもらった。

「それでしたら[戸籍謄本]を取っていただければ確認できますよ。」

こせきとうほん..公的書類の知識のない私には聞きなれない書類だが、その書類を取れば住所歴を確認できるとのことだった。

申請書を書き取得を依頼する。少し席で待つよう促され椅子に座る。


今更になって心臓の鼓動が早くなるのを感じる。

そして、それを感じ取る様に彗花もぐずる。

「大丈夫よけいか。大丈夫」

彗花と自分自身を落ち着かせるようにそう言い聞かせた。


少しすると番号を呼ばれ、書類を受け取る。

「戸籍謄本ですね。1通300円です。」

会計を済ませ、一旦椅子に座り、その書類をよく見る。

「岐阜県…」

私の出生戸籍は岐阜県となっていた。そして..

「817条の2..。裁判確定..。従前戸籍、母:吉永 千絵..」

私には817条というのも、この書類の記載のこともよくわからないが、これだけはすぐに理解した。

―私はお母さんとお父さんの本当の子供じゃなかったんだ―


携帯で817条の2というのを調べたが、どうやら「特別養子縁組」であることの条文らしい。

私は帰り道を歩きながら、頭の中を整理する。

意外と、両親が本当の親ではなかったことに対する悲しみや嫌悪感はなかった。

なぜならば、もともと私と父母は何となく距離感があると感じていたし、本当の親でなくても育ててもらった事実に変わりはない。

だが、そうすると私の過去に何があったのか。本当の両親はどこにいるのか。そんなことが気になっていた。

彗花は落ち着いており、静かにこちらを見つめている。


 数日が立ち、私は母に連絡してみようと決心する。

数日の間、連絡するか否か迷っていたが、落ち着いて話ができると思ったからである。

 両親は私に養子であることを隠していたが、何らかの理由があってのことだとわかっているし、実の母でなくても関係は変わらないと考えているからだ。


 私は母に連絡する。少しの間呼び出し音が鳴り、母が電話に出る。

 最初はいつもと変わらない会話をした。母も体調のことや彗花のことを気にかけている様子だった。

 そして、養子について聞いてみる。

「お母さん、実は私、戸籍の書類を見たの」

「えっ」

母の声色が変わる。

「最初はびっくりしたけど、でも大丈夫、私のお母さんはお母さんだし」

「そっか、ありがとう。ごめんね。」

母は戸惑いを見せているが、異変は見られない。

「私を生んだ両親はどうしたの?」

「・・・それは」

実の両親のこと聞くと、母は口ごもる。

「・・・お母さん?」

母は少し間を開けると話し始める。

「あなたの本当のお母さんは病気で亡くなったの、そして親戚だった私があなたを引き取ったのよ..」

「私の記憶はどうして無くなったの?」

「嘘をついていてごめんなさい。実のお母さんを亡くしたショックによるものよ。」

「そうだったんだ。お父さんは..」

「父親はいない。あなたのお母さんはシングルマザーだったし、父親のことは私はよく知らないわ。

あなたはお母さんを亡くしたショックで記憶を失ってしまった。そして私があなたを引き取ったの。」

「・・・そっか、教えてくれてありがとう。」

「伝えられなくてごめんなさい。」

「うん、大丈夫。お父さんにもよろしく伝えておいて。」

そんな形で母との電話は終了した。

私はふぅと一息つく。

 

 そして私は母が話した内容に違和感を感じていた。

精神的ストレスから一部の記憶を喪失する話は聞いたことがあるが、母を亡くしたことで、それまで生きてきた全ての記憶を無くすことがあるんだろうか。まだ交通事故と言われた方が理解ができた。だが戸籍の移動日から考えると、母親の死亡と交通事故が同時期に起こったことになる。そうは考えにくい。

だが私はそれ以上、母に問い続けることはできなかった。


 私はその後、普段と変わりない日々を過ごしていたが、やはりなにか引っかかるものがあり、私がもともと住んでいた住所地へ調べに行くことにした。

 私はそうと決まればすぐに準備を始めた。幸い仕事は育休中の為、時間はある、旅費は苦しいが、子供の将来の為と貯めていた貯金から少し切り崩した。

「けいちゃん移動大変だけどごめんね。」

 彗花も最近はおとなしく、外出も好きな方で楽しそうにしているので大丈夫だろう。


 翌日、私は朝から背中にはリュックサック、腹側には彗花を背負い電車に乗った。

 子供のお世話のセットが重いが、目的地までいろいろなことを考えながら向かう。

 名古屋駅までは新幹線で行くことにした。高いが彗花の負担を考えるとそれが一番良い。

思えば覚えている限りでは初めての新幹線だったので少しあたふたしてしまったが順調に進んだ、

 名古屋について、そこからは地元を走る電車に乗り換える。

景色も打って変わり、山の中を走っていく。

「すごいなぁ」

 15歳以降は千葉にいて、遠出もしてこなかったので、私にとっては初めて見る山景色だった。

 千葉にも山はあるだろうが、実家は東京よりの北西部だったので田舎と都会の混合、そんな地域だった。

 一時間程電車に乗り、バスに乗り換え30分、目的地の駅に到着する。


 挿絵(By みてみん)

 

「着いたよーけいちゃん。」

 そこは山間部にある小さな村。思っていたよりは住宅が建っている。

 周りを取り囲むように大きな山々、雲間からのぞく青空。空気が気持ちのいい場所だ。


 私はそこから携帯のナビを頼りに戸籍謄本の住所地に向かった。

 15分ほど歩き、近くまでたどり着く

「ここらへんなんだけどなぁ」

ナビが指し示す位置まで来てみたが、それらしき家は見当たらない


再度、ナビを確かめてみるがやはりその場所を指している。

「ここ..?」

 

そこは道路沿いの空き地で草が生い茂っている。

だが、よく見ると、生い茂った草の間にブロック塀や柵の跡など、建物が建っていた形式が見て取れた。

「ここだ..」

 私は建物が立っていないことに落ち込んだ。

だがよく考えれば当然だ、母の話ならここに住んでいた人は亡くなっていてもう10年が立っている。きっと住む人がいなくなった家なので取り壊されたのであろう。


 私は私が住んでいたであろう家の周りをよく見て回ったが思い出すことは何もなかった。

 ここまで来て収穫を得られなかった落胆と、疲れが一気に出てきたので、私は近くの喫茶店で休憩をすることにした。

 紅茶を頼み、抱っこ紐で揺られて疲れたであろう彗花を少し横にさせる。

 一息ついていると、お店の壁に川の写真が飾られていることに気付く。

「あの、すみません、この川ってここの近くですか?」

「そうよ、バス停通りを下ったところに川があったでしょう?そこの写真なの。」

 私はその写真をみて、夢に出てきた川に似ていると感じた。川なんてどれも似ていると言われればそれまでかもしれないが、よく考えれば山の景色、住宅の感じ、この街の雰囲気が夢で見た川の周りの景色と何となく似ていたのだ。


 私は紅茶を飲み干しお店を出る。

「すみませんありがとうございました。おいしかったです!」

 そしてバス停通りへ早歩きで戻る。

バス停通りに戻り、通り沿いに少し歩いていくと川が見えてくる。

「この川だ..。」


挿絵(By みてみん)

 

降りれる場所はないかと、川沿いを歩く。

 少し歩くと、車道から川へ降りれる場所があったので、河原へと降りる。

 私は周りを見渡す。


 その川は幅は広いが浅く、水は透き通っている。

大きな川から小さな小川に分岐し、小川に沿うように住宅が並んでいる。

水のせせらぎ、鳥の声、風が心地よい。


―この川で間違いない―

 そう確信し、私はゆっくりと目を閉じる。

「あ..」

これはおそらく私の記憶..

小学生の私はこの川で同じ年頃の友達とよく遊んでいた。

ちいちゃん..?

あの夢に出てくる女の子が言った名前。ちいちゃんは私が小学生の頃、最も仲が良かった女の子だ。

あの夢はきっと..私の記憶の欠片


 私は私の過去のほんの一部分だが思い出す。私はこの街で生まれた、小学校2.3年生くらいの頃は友達も多く、この川でよく遊んでいた。


そんなことを考えると、後ろから声が聞こえる。

「吉永..?」

振り返ると、一人の男性がこちらを向いていた..。


 見知らぬ顔の男性から声をかけられた私は驚く。

「えっと..よしなが…?」

私は気づく、[吉永]という名前は戸籍謄本で見た私の実母の姓だ。

「すみません。どちら様ですか?」

「小学校同じ品田だけど、覚えてない?」

「ごめんなさい..実は..」

 私は14歳より前の記憶を失っていること、当時のことを知るためにここに来たことを話す。

「そうだったんだ..。大変だったんだね..」

 品田さんは小学生当時この村に住んでおり、私と同級生だったそうだ。

「あの..良かったら、昔の話を聞かせてくれませんか?」

「うん、いいよ。そうしたらちょっと、この道の先にうちの畑があってそこに行く途中だったんだけど、作業しながらでも大丈夫?」

「そうだったんですね..すみません。全然大丈夫です。」

 私はバス停通りに戻り、後ろをついて歩く。

「おとなしい子だね。何歳」

「彗花っていうんです。まだ六カ月で」

「そうなんだ、可愛い子だね」

「ありがとうございます。よかったねけいちゃん」

「はは、一応同級生なんだから、敬語じゃなくていいんだよ」

「あっ、そうですね。あっ」

 そんな会話をしながら歩いていると、品田君の畑につく。畑の脇に椅子を用意してくれたので私はそこに座る。

「僕と君は小学校同級生で中学校は違うから、小学校の時の事なら話せるよ。」

 品田君は農作業をしながら話す。

「そうなんだ、私と品田君は仲良かったの?」

「そうだね。地元の子の仲良し組の一人って感じだったかな。

 よくさっきの川に集まってみんなで一緒に遊んだよ」

「それっていつ頃の話?」

「小学校2年生~4年生くらいまでだったかな?」

 私が思い出した記憶と一致していく。やはり私はここで生まれ育ったんだと。

「私の実の母は病気で亡くなったみたいなんだけど何か知ってる?」

「うーん、それは知らないけど、病気だったっていうのは知っているよ。」

「どうして?」

「小学校高学年になると吉永とはあまり遊ばなくなったんだけど。お母さんが入院してるから病院にお見舞いに行ってるって聞いたことがあるよ。」

 実母は本当に病気だったようだ。母が言っていた話が全てだったのかもしれないと今更になって思い始める。

「どうして小学校高学年頃はあまり遊ばなくなったの?」

「他にも仲が良かった男子・女子いたけど、その年頃になると、男子女子でグループが分かれていくんだよね。

 それに吉永は昔はよく笑う元気な子のイメージだったんだけど、高学年頃はちょっと暗くなって、話しかけづらくなった印象があったな。お母さんのことがあったからかもしれないけど。」

「そうだったんだ。」

「僕が知っていることはそんなところかな。中学校は僕は一時的にこの村を離れていたからよく知らないし」

「うん、でも助かりました。ありがとう」

「ところでもうこんな時間だけど、今日帰るの?」

「あっ」

 話をしていたらもう夕方になっていた。今から帰るのは時間的にもこの子(彗花)的にも厳しかった。

「よければ、宿屋を紹介するよ?」

「本当?そうしてくれるとすごくありがたいです。」

 距離的にどこかに泊まることになるかもしれないと準備はしてきていたので、今日は紹介してくれるところに泊まることにした。

「すぐ近くだから案内するよ。そこの宿屋の娘さんも僕らと同じ小学校で当時顔見知りだったよ。2つ上の上級生だったけどね。」

「そうなんだ。お手間かけちゃってごめんね。ありがとう。」


 また私はバス停通りを村まで戻った。そして、小さな宿屋にたどり着く。看板には「河之宿」と書かれている。


挿絵(By みてみん)

 

「こんばんわー」

「はーい」

 品田君が扉を開けると、中から同じくらいの年齢の女性が出てくる。

「あれ、品田どうしたの?あっ」

その人は私を見るなり驚いたような表情を浮かべた。

「玲花ちゃん?玲花ちゃんよね!なつかしいわぁ」

「あっ..こんばんは。」

よそよそしい態度をとってしまった私を見て、品田君が事情を説明してくれる。

 ・・・


「そんなことがあったんだ。私に手伝えることがあったら力になるからとりあえず上がっていきな。」

「ありがとうございます。」

私はそう言ってこの宿にお邪魔することになった。

「品田君、いろいろとありがとう。」

「いいえ、がんばってね。」

 品田君と別れ、私は部屋に案内される。少し古いが落ち着いた雰囲気の小さめな旅館だ。

「今日はここを使っていいからね。小さいけど温泉もあるから後で案内するね。」

「あの..すみません。」

「ん?」

「お名前って..?」

「ああ、そうだよねごめん、私は伊藤 彩芽、26歳で、玲花ちゃんとは学年違いだけど同じ小学校と中学校だったよ。」

「伊藤さん、今日はありがとうございます。宜しくお願いします。」

「彩芽でいいよぉ、ちょっと今夕食の準備中だから、後で時間ができたらまた来るね。ゆっくりしてて」

「わかりました。ありがとうございます。」

 私は、中学校の時の話を後で彩芽さんに聞いてみようと考えていた。

 とりあえず、歩きっぱなしで疲れていたので、一息ついて、彗花のおむつを取り替える。

「今日はお疲れ様、けいちゃん」

 私は彗花を抱きかかえながら座っていると急に眠気が襲ってくる。今日は朝早くから動いてたせいだろう。

彗花も眠そうにしている。

「けいちゃんも眠いよねぇ」


 ふと気づくと、私は人ごみにいる。

「ここは…?」

 そこはおそらく病院のロビー、人が行き交う。

すごく大きい病院というほどではないが、地元のクリニックや小さな医院といった規模の病院ではないようだ。

 隣にはいつもの女の子。

「早くお母さんのところ行こう?」

「ここはどこの病院?」

 やはり女の子からの返答はない。


「玲花ちゃん?」

「ん、あっすみません..。」

目を覚ますとそこには彩芽さんがこちらを見ている。

「いやいいんだよ、疲れてたもんねぇ

夜ご飯できたから持ってきたんだけど、起こそうか迷ってて」

「すみません。いただきます。」

「もしよかったら、時間できたからお話聞こうか?

 あっ、食べながらでいいよ。」


 私のここまでの経緯を彩芽さんに話した。

彩芽さんは、うんうんとうなづきながら親身に話を聞いてくれた。

「なるほど..。私は玲花ちゃんとは学年が違ったから、詳しいわけではないけど、玲花ちゃんのお母さんが病気で入院していたのは本当だよ。後は私が知る限りではお父さんも一緒に暮らしてたと思うけど」

「お父さん?」

「少なくとも玲花ちゃんのお母さんがまだ玲花ちゃんの家にいる時は一緒に住んでいたはずだよ。

その後、離婚とかしたのかもしれないけど。」

「お父さん..。いつまで一緒に住んでたんだろう」

「もしかしたら私のお母さん、ここの女将なんだけど、お母さんなら何か知ってるかも。」

「そうなんですか?」

「うん、お母さん、一度もこの村から出たことないから。この村のことなら知ってることも多いかも。」

「じゃあもしよかったら話を聞いて見たいです。」

「うんいいよ!でも今日はお休みとっててね。明日のお昼くらいならいるんだけど、」

「わかりました。じゃあ問題なければ明日のお昼頃お話しできると助かります。」

「うんわかった、伝えておくね。」

「あと、すみません。私の中学生の頃のことは何かわかりますか?」

「あー中学は同じなんだけどね。1年間しか被ってないしねー。その頃はすごく関わりがあったわけじゃなかったなぁ。それに玲花ちゃんはあんまり学校に来てなかったみたいだよ。」

「そうだったんですね。なんでかはわからないですよね?」

「理由はわからないなぁ。バス停にいるのを何度か見かけたことはあるから、お見舞いには行ってたんじゃないかな?」

「ありがとうございます。ちなみにこの辺に総合病院みたいな病院ってありますか?」

「総合病院...っていうほどでもないけど、比較的大きな病院なら車で30分〜40分くらいのところにあるよ。お母さんが入院していた病院知ってるの?」

「いえ、そうじゃないんですけど..」

 私は彩芽さんに夢の話をした。

「そういうこともあるんだね。そうしたら、私が知ってる病院の住所渡しておくね!」

「ありがとうございます。」

 私は彩芽さんから近くの総合病院の住所を教えてもらい、明日の朝行ってみることにした。

 身体的にも精神的にもすごく疲れていたので今日はそのまま寝て休むことにした。彗花もミルクを飲み、満足そうに寝ている。


  翌朝、私は朝早い時間に起床する。

 昨日の疲れは随分と取れた。心地の良い朝だ。

「おはよう。よく寝れた?」

 襖をノックし彩芽さんが顔を覗かせる。

「はい。よく寝れました。ありがとうございます。」

「朝ごはん持ってきたからね。病院行ってみるんでしょ?食べてからいきな。」

「すみません。ありがとうございます。」

 私は彩芽さんからいただいた朝食をいただき、外出の準備をする。


 準備が整ったら部屋を出て、彩芽さんに声をかける。

「じゃあちょっと行ってきます。お昼頃には戻りますので。」

「うん、わかった。女将には言ってあるから。戻ったら声かけてね。」

「はい。ありがとうございます。」


 [河之宿]を出ると、少し霧がかかった静かな山々。

 朝方のこの村もすごく気持ちが良い。

 川の音が少し聞こえる。


 私は一度大きく深呼吸をして、バス停まで歩く。昨日のお昼は暖かかったが、朝は少し肌寒い。


 バス停に着き、バスを待つ、他の乗客はいないようだ。恐らくここの村の人達が村の外に出ることは少ないのであろう。バス停に人が並んでいるのを見たことがなかった。


 しばらくするとバスが来る。

 私は乗り込み席に座る。川沿いを進むバスの座席で川を眺めて待つ。

 40分ほど走り、病院前のバス停にて降りる。

「この病院かなぁ」

 彩芽さんから聞いていた通り、東京の病院などと比べてしまうとかなり小さいが、山の中にある病院としてはそこそこ大きい、3階建ての病院だった。

 駐車場に停まっている車は少ないが、開いているようだ。

 私は、周りを見渡しながら、おそるおそる病院に入る。

 一階ロビーは思っていたより広く、待合所や総合案内などがある。

 私は少し歩き、2階へ上がるエスカレーターの手前で立ち止まる。

「ここは..。」

 そこは見覚えのある景色。

 夢の中で見たような人の多さはないが、そこは間違いなく夢で見た場所。

 その時だった、私の頭の中で何かが猛烈に光る。

思い出した。私が小学校5年生の頃、私のお母さんは入院した。私が大好きだった優しいお母さん。お母さんに会いに来るため、小学校5年生、6年生と何度も通ったこの病院。その後は...。

 思い出した記憶はそこまでだった。

私には母・父とこの村の今は無いあの家で育った。

父は仕事に忙しくあまり構ってもらえなかったが、その分、母は私にたくさんの愛情をくれていた。


 私は病院を出て周りを囲う山々を見ながら一呼吸する。

全てを思い出したわけでは無いが、私は私の過去をある程度思い出し、納得した。

 私は家族に愛されこの村で生まれ育ち、友達も多くいた。そして母は病気になった。

 中学校では学校にあまり行ってなかったようだが、おそらく母親の病気による精神的な理由だろう。

 そして母の死、記憶喪失へと繋がる。

 父親はどうなったのか。少し気になったが、母の言葉を聞く限り、おそらく中学校の頃に離婚か何かをしたのだろうと思った。

 彗花は何故か怪訝な表情でこちらを見つめていた。



 私はバスに乗って宿に戻ると彩芽さんが迎えてくれた。

「お疲れさま。大丈夫だった?」

「はい。無事に辿り着けました、ありがとうございました。」

「じゃあ女将呼んでくるから部屋で待ってて。」

「はい。」

 私は部屋に戻り、彗花の世話をして、女将さんがくるのを待った。

 少しすると女将さんがやってくる。

「こんにちは。吉永 玲花さんね?」

 女将さんは私に優しく微笑みかけるとお辞儀をした。

「こんにちは。今は久保田 玲花と言います。

 この村で育った私や私の家族のことを聞きたいのですが..。」

「玲花さんは覚えてないかもしれないけど、わたしはあなたのこともよく覚えているわ。

小さい頃はよく彩芽と仲良くしてた。

あなたのお父さんとお母さんのことも昔から知っているわ。」

「そうなんですか?」

「ええ、年は違うけれど、2人ともここが地元だからね。」

「私の父と母ははどんな人だったんですか?」

「あなたのお母さんは昔から変わらず心優しい人だったわ。あなたの事を本当に可愛がってたわ。

 お父さんはリーダーシップがあって頑張り屋で、仕事も地方まで行ったり忙しかったみたいね。

 ・・・でもそれもあってか、あなたが大きくなってきてからはあまりうまく行ってなかったみたい。」

「母が病気になってからですか?」

「ええ、あなたが1人になっても、中々帰って来れないみたいでね。」

「それで..」

「私も一つ聞きたいんだけど、いいかしら?」

「..? はい。」

「さっき今は久保田と言ったけど、もしかして、今のあなたのお母さんは久保田芳恵さん?」

「...!?」

 私はそれを聞いて驚いた。久保田芳恵は私の今の母の名前だったから。

「はい。そうです。」

「そうだったんだ。芳恵さんがあなたを引き取ったのね。」

「もしかして母もこの村の生まれなんですか?」

「ううん。芳恵さんはちがうわよ。」

「じゃあ何故母のことを..?」

「・・」



 女将さんは言葉をつまらせるように間を開けると話し始める。

「久保田さんはあなたのお母さんが病気になって入院した後、あなたが中学生の頃かしらねぇ。よくこの村に来ていたのよ。」

「どうしてですか?」

「恐らくだけどあなたの実のお母さんに頼まれて、あなたの様子を見に来てたんだと思うわ。」

「私のお母さんが、」

「でもそれだけじゃない、」

「?」

「久保田さんはこの村に来るとこの宿によく泊まってくれていたの。その時に話していたわ。

 あなたのお父さんと話に行くんだって。」

「私の父と?」

「ええ、きっとあなたの事を心配してだと思うわ。

 久保田さんはお父さんのこと、あまりよく思ってなかったみたいね。」

「その後、私の実の父と母はどうなったんですか?」

「あなたのお母さんは入院先の病院が変わり、大きな病院に移ったと聞いてから、その後はわからない。

 あなたも中学2年の頃にはこの村の家にはもう住んでいなかったと思うわ。あの家にはお父さんが1人で住んでいると聞いていたから。おそらく久保田さんのところに行ったんじゃないかしら。

 お父さんもしばらくするとこの村を出て行ったみたいね。

 ごめんなさい。その後ご家族がどうなったかはわからないわ。」

「いえ、とても助かりました。色々なことがわかりました。」

話が終わると女将さんは私の肩に手を置いて私に頑張ってと声をかけた。

「ちなみに今夜はどうするの?」

「これ以上お邪魔するわけにもいかないので今日中には帰ろうか思っています。」

「えっ、今から帰っても東京じゃ夜になっちゃうわよ。

 今日ゆっくりして、帰るのは明日にしたら?」

 女将さんは私を心配しそういってくれた。

 確かに時刻は14時になろうとしている。今から準備して帰ったとしても自宅に到着するのは20時〜21時頃だろう

「・・・お邪魔じゃないですか?」

「全然大丈夫よ。部屋ならたくさん余ってるんだから。」

「それじゃあお言葉に甘えさせていただきます。その分の宿泊代はお支払いしますので。」

「いいえ、お代は大丈夫よ。元々彩芽から連絡があった時にそう言ってあったから。」

「そんなわけにはいかないです!」

「本当に大丈夫よ。気にしないで。その分この子に使ってあげて。」

 女将さんは寝ている彗花に微笑みかけてそう言った。

「・・・わかりました。本当に何から何まですみません。ありがとうございます。」

 女将さんはにこりと笑うと部屋から出て行った。


 私は少し遅めの昼食をとり、その後、周辺散歩しながら頭の中を整理した。

 今では歩くこの道がどこに繋がっているか。そんなことまで思い出していた。

「私はここで生まれて育ったんだなぁ..」


 そして私は気持ちを整理し、母親に電話をかけてみることにした。ここで聞いたことや幾つかの記憶を思い出したことを話してみようと思った。

 母は私の父親に会いに来ていたことや、私が不登校になっていたことなど、話さなかった部分はあったが、全ては私のための行動であることはわかっていた。

 そのため、母と話をして、その時の事やどう思っていたかなど話し合えると思っていた。


 しかし、母との電話は私の期待通りにはいかなかった..。


私が母に電話をし、私の故郷に来ている事、記憶の事、女将さんから聞いた事を話すと、母は取り乱した。

「ごめんなさいごめんなさい。私が悪かったの。」

「お母さん大丈夫。どうしたの?」

「私があなたを1人にしたの」

「どういう事?」

「・・・」

  私には何がなんだかわからなかった。

 私が故郷に来て、実の父や母のこと、お母さんが私のためにこの村まで来ていたことを話すと、母は取り乱し、私に謝り続けたのだ。

「ごめんなさい。少し整理してから電話してもいいかしら。」

「うん。それは大丈夫だけど。お母さん大丈夫?」

「ごめんなさい。それじゃあまたね。」

 

 母との電話は何も聞くことができず終了した。

彗花も泣きながらぐずぐずしている。

「なんだか疲れたなぁ」

 私は一度部屋に戻り休憩することにした。


 彗花のおむつを取り換え終わり、少し横になった。

 幸い、彗花も落ち着き、静かに寝てくれている。


 気がつくと私は暗い部屋に座っている。

 「これはまたあの夢の中・・?」

 なぜ電気がついていない部屋で座っているのかわからなかった。

 そして私の隣には成長したいつもの女の子。

 それはきっと記憶の中の私自身。

「ここはどこ?」

 私が女の子に話しかけるといつもは無反応の女の子が私に反応した。

「ここは私の家」

「私が生まれ育った家?」

「そうよ。」

「今は何をしてるの?」

「何もしていないの。」

「なんで?」

「・・・」

「れいちゃんがここに来ることはとても簡単かもしれない。でも、よく考えてから来て欲しい。

 ここはれいちゃんにとって悲しみの記憶。」


 女の子からのその言葉を最後に私ははっと目覚める。

「最後の記憶の欠片..」

 きっと私の家の跡地に行けば私の残り最後の記憶、中学生の頃の記憶を思い出せるかもしれない。

 この宿から私の家までは10分くらいの場所にある。

 でもあの女の子が、私自身が言っていた。

 ー悲しみの記憶ー


 私はその後も色々な事を考えた。私の頭の中の私がよく考えろと言ったのだ。それは私自身が思い出したくない記憶なのかもしれない。

 だが、私は悲しい過去があるかもしれないとわかったうえでこの村に来たのだ。

ここに来て行かないという選択肢はなかった。

 私は決心し、宿を出る。


 外に出ると山の向こうに夕陽が見えた。その景色すらもこの目で見るまでは忘れていた神秘的な景色。

「行こうけいちゃん」

 私はそのまま私の家まで向かった。


 私は家の跡地に到着する。


 挿絵(By みてみん)


 彗花が私の不安を察した様に泣き出す。

「けいちゃん。私は大丈夫よ。」

 家の跡地の目の前で私は目を閉じる。

 

 そこには中学時代の私の姿。

「来たのねれいちゃん、この記憶は辛くて悲しい。それでも大丈夫?」

「うん、色々なことがあって、頭の中はいっぱいいっぱいだし、お母さんとの電話もうまくいかなかったけど、

 この村に来てわかったことがあるの。

どんなに辛くても悲しくても、それ以上に私のことを心配してくれる人達、私を愛してくれた2人のお母さんの愛情があった。

 きっと昔の私は辛いこと悲しいことにしか目を向けられなくてその記憶を閉ざしてしまった。」

記憶の中の私はそれを聞いて俯くと、一筋涙を流した。

「れいちゃん来てくれてありがとう。私をこの辛い記憶から救い出して..。」

 私は記憶の中の私を抱きしめる。

 すると私の頭の中に記憶が蘇ってくる。


 ここは暗い部屋の中、お父さんの罵倒する声、頬の痛み。

 そうだ私は中学生の頃、

 ーお父さんから暴力を受けていたー


 私はいつも暗い部屋の中で1人、お父さんが帰ってきたらまたぶたれてしまう。学校にも行かせてもらえない。

部屋の外ではお父さんと誰かが口論をしている。

 怖い。苦しい。助けて欲しい。

 

 私の唯一の楽しみはお母さんのお見舞いに行くこと。

 お母さんはいつも私に優しく笑顔を見せ、私と話をして嬉しそうにしていた。

 お父さんの話はお母さんには話せなかった。

 お母さんに心配してほしくなかったから..。


 だが、そんなある日、お父さんは言った。

 「母親の入院先が変わった。もうお見舞いにはいくな」

 私は絶望した。私はこれからどうすればいいのか。

 そんなことを考えながら今日も1人、私はただ部屋にいる。


 私ははっと我に帰る。

そこは夕陽に照らされた私の家の跡地。

 私は全てを思いだした。

 この村で生まれ育った私は、中学生の頃、母の入院と父からの暴力で精神を病んでしまった。

私の今の母は私を救おうとこの村まで来てくれていたのだ。


 確かに悲しくて辛い記憶だったが、今の私には全てを理解することができた。

 父親への憎しみもない。当時、母の入院と仕事に育児、父もいっぱいいっぱいだったのだろう。

 彗花も落ち着きを取り戻しすやすやと眠っている。


 私は宿へ戻るため、来た道を歩く。

 宿へ戻ると、宿の前に2人の人影がある。

 1人は品田君だった。もう1人は、、

「れいちゃん!」

 その女性は私を見るなり私に抱きついた。

 私はその人をギュッと抱きしめる。

「ちいちゃん..久しぶり。」

 それは私の親友、杉浦千波ちゃん。

 記憶を取り戻した私は思い出す。ちいちゃんは中学生になっても何度も心配して私の家まで来てくれていた。

 気を病んでいた私は素っ気ない態度でほとんど顔すら合わせなかったのに。

「ちいちゃん、ごめんねごめんね。

 私今さっき記憶を全て取り戻したの。

 ちいちゃんには謝ることだらけで..。」

「いいの。大丈夫。れいちゃんが元気でいてくれて本当に嬉しい。」

 2人は涙を流し抱き合った。


 その後は品田の計らいで、ちいちゃんと2人でご飯を食べることになった。

 昔遊んだ頃の楽しい話。

 ちいちゃんの現在の話。

 ちいちゃんは今、上京して歯科助手として働いているらしい。品田から連絡を受けて、すぐにこの村に帰ってきてくれたのだ。

 

 そして、私は母のことを相談した。電話で連絡をしたが母は取り乱し何度も私に謝ってきたこと。

「何かれいちゃんに対して罪の意識があるのかもね。

 電話じゃなくって一度会って話してみたら?」

「そうだよね。うん、そうしてみる。」

「ちいちゃんは今日はどうするの?」

「2日間も休んじゃったから今日帰るつもり」

「え!?今日?」

「うん、今日。」

「家に着くの遅くなっちゃうよ?」

「ははは、大丈夫よ。私は一人暮らしだし。

 まだまだ二十代、少しの夜更かしくらい平気よ。」

「また向こうでもご飯とか誘ってね!彗花ちゃんにも会いたいし。」

「うん、わかった!」

 ちいちゃんと話していると時間が経つのが早い。

 すぐにお別れの時間となってしまった。


「じゃあれいちゃん。今日は会えてよかった。

 これからも元気で幸せでいてね。」

「うん、ありがとう。ちいちゃん。」

 私はちいちゃんと抱き合い、ちいちゃんは車に乗って帰って行った。

「よかったね。玲花ちゃん」

 彩芽さんも一緒にちいちゃんをお見送りしてくれていた。


 そして翌日、私は朝ごはんをいただいた後、身支度をして宿を出た。宿の外には、女将さん、彩芽さん、品田君がお見送りのために集まってくれていた。

「玲花ちゃん、いつでも帰ってきなね。次来る時は昔の友達たちもみんな呼んでおくから。」

「ありがとうございます。女将さんも3日間本当にありがとうございました。次はちゃんと泊まりにきます。」

「いいえ。これからも色々なことがあると思うけど頑張って。」

「品田君も色々とありがとう。本当に助かりました。」

「うん。また何か困ったことがあったら相談してよ。」


 みんなに見送られ、私はバスに乗り込んだ。

「けいちゃん、私、この村に来てよかったよ。」

 彗花も楽しそうに笑っている。

 私は満足した気持ちで帰路についた。


 私は東京の自宅に帰宅する。

一旦、荷物などを下ろし、一息ついた。

 久しぶりの自宅に一気に疲れが出たので千葉の実家に行くのは明日にしようと考えた。

 千葉といっても東京寄りなので電車で行けば30分くらいだ。

 だが念の為、母に電話しておこうと思い、携帯を取る。

またうまく話が伝わらなかったらどうしようと不安はあったが、ちいちゃんもきっと話せばわかると言ってくれていたのを思い出し、気持ちを奮い立たせ電話を掛ける。

 意外に母はいつもと同じ様に電話に出る。明日行きたいと伝えると、母も問題なく了承してくれたので一安心だった。

 私は明日に控えその日は早めに寝ることにした。


 翌日、けいちゃんを連れて電車に乗る。

 千葉の実家までは乗り換えもないのでそこまで負担もない。

 最寄りの駅につき、少し歩いていくと実家が見えてくる。母が外で迎えてくれていた。

「よく来たわね。この間はごめんなさい。取り乱してしまって。」

「ううん。大丈夫。勝手してごめんね。」

「とりあえず中に入んなさい。」


 実家に入り、父と母はいつもと変わらない様子で彗花のことを抱いたりしている。

 彗花も抱っこされて落ち着いたので、私は母と父に向き直り本題を切り出す。

「お母さん...この間のことだけど、私記憶を全て思い出したの。小学生の時の記憶も中学生の時の記憶も。」

「辛い記憶もあったと思うけど大丈夫?悲しくない?

「うん、楽しい記憶ばかりじゃなかったけど、今は平気、それに、お母さんはあの村まで私を守りに来てたんでしょう?私は1人じゃないってわかったからもう悲しくないんだ。」

 母はそれを聞いて少し俯くと涙を流し始める。

 父は母の少し後ろで少し下を見ながら話を聞いている。

「玲花、よく聞いて。

 私、あなたに隠していたことがあるの。」

「なに?」

「あなたのお父さんのことよ。

 あなたが言った通り、私はあなたのことを守る為、あなたのお父さんと何度も口論をしたわ。」

「うん。」

「あなたのお父さんはいないって言ったけど..

 それは実は..」

 母はさらに泣き始めた。父が母の肩をそっと抱く。

「実は亡くなったの。」

「え?」

「たぶん、私のせいなの。私があなたのお父さんを奪ってしまったの。」

「どういうこと?教えてお母さん。」

「玲花のことをしっかり育てないどころか、暴力を振るっていたあなたのお父さんに

 私は何度も押しかけたわ。その度に口論になって、私も厳しい言葉を何度も浴びせた。」

「何度目か、あなたの家に行った時に半ば強引に、私はあなたを千葉に連れて帰ったわ。

 その時のあなたは記憶を失ってはいなかったけど、既に心はボロボロですぐに病院に連れて行ったの。

 あなたのお父さんはその後すぐあの家を出て行ったみたいだけど、それから1ヶ月くらいが経った頃だった。

 あなたの記憶が無くなったとの同じくらいの時期に、入院しているあなたのお母さんから連絡があったの。

 あなたのお父さんが亡くなったって。

 自殺だったの..。きっと私があなたのお父さんからあなたを奪ったから。」

「私のお父さんが..。」

「ごめんなさい。ごめんなさい玲花、今思えばあの人もきっとあなたのお母さんの病気のこととかで思い詰めていたはずなのに。私はそんなことも考えずに..。」

 私は驚いて俯く。

 母は泣き崩れるように地面に手をついた。


 私は改めてこれまでの出来事を考え直す。

 私の父は昔は暴力的な人ではなかった。きっと色々な事情が重なって、何かにあたらなければ心が張り裂けてしまいそうだったんだと思う。

 そして母は親戚の子供である私の為に何度も遠く離れたあの村まで来てくれた。私を救ってくれた。

 それだけは間違いのない事実だった。

 母は私の父が亡くなったことにもう何年も罪悪感を感じている。母の罪の意識を和らげることができるとしたら私しかいない。そう思った。

「お母さん。顔を上げて。泣かないで。

 私は記憶を全て取り戻して、お父さんのことも知った。それでも後悔も悲しみも今は何もないよ。

 私はお父さんからの暴力を受けて。精神を壊してしまった。お父さんにも事情があったかもしれないけどそれを救ってくれたのは間違いなくお母さんだよ。

 お母さんが私を連れ出していなかったら、私がこの世からいなくなっていたかもしれない。

 だからお母さん、ごめんなんて言わないで。

 私の方が伝えたいの。ありがとう。って」


 お母さんは私の言葉をまっすぐ聞いていた。

 変わらず泣いてはいたけれど、その顔からは少し邪気が取れたかのような、何かから解放されたかのようなそんな顔をしていた。

 私は少しの間、母と抱き合った。

 父も眼鏡を取り涙を拭っていた。


 お互いに冷静を取り戻し、少し話をした。

「そういえば玲花、実はもう一つ隠していたことがあって」

「まだ何かあるの?」

 ふと思った感情がそのまま口に出てしまった。

 何があろうと私はお母さんを信じることができるけれど、もうこれが全てだと思っていたから。

「あなたのお母さんのこと。実はまだ生きているの。」

「え?」

「あなたのお母さんからのお願いだったの、死んだことにしてほしいって」

「どうして。」

「あなたのお母さんは筋力が低下していく難病で、もう歩くことができないし。まともに身動きすら取れないの。

 お医者さんからはもう永くないって。

10年前からこうなることはわかっていたの。

 むしろお医者さんはここまでよくもったって..。」

「そんな...」

 私は父のことより母のことの方が胸が締め付けられる思いがした。私の記憶にある優しかったお母さん、よく笑うお母さん。

 そのお母さんは、いまもなお病気と戦っている。

「会うことはできるの?」

「面会はできると思うけど、私もあなたもよく考えないといけない。

 私はあなたに全てを知ってもらった方がいいと思ったけど、あなたのお母さんは自分がもういないことにした方があなたのためになると考えてる。

 あなたがお母さんと会うことでその想いは無駄になるかもしれない。」

「・・・うん。ちょっと考える。」

 お母さんの言う通りだ。私が会いたいと言っても、実母はそれを望んでいない。

「お母さんはどこの病院にいるの?」

「東京よ。」

 私は一度よく考え、後日電話で母にどうするか伝えることにし、その日は帰宅した。

 私は家に帰った後も実母に会うべきかどうか考えていた。考えても答えは出なかったので夜、ちいちゃんに電話で相談してみることにした。

 私はちいちゃんに電話をかけありのままを話した。

「そんなことがあったんだ。」

「うん。」

「私が安易に話すのはどうかわからないけど、

お母さんがれいちゃんの幸せを願ってそうしたなら、れいちゃんが今幸せなら会ってもいいと思うけどな。

 それに、愛した実の子に再会して悲しむ親はいないと思うな。」

「そうだよね。ちいちゃん相談にのってくれてありがとう。」

「大丈夫よ。最後はちゃんとれいちゃんが考えて決めな。」

「うん、そうする。ありがとう。」

 私はちいちゃんに意見をもらいその通りだと思った。

 その日はもう遅かったので休み、明日決断しようと私は考え横になった。


 気づけば私の前には、記憶の中の小学生の私と中学生の私がいる。

「もう記憶は戻ったのに、どうしたあなた達は私の夢に出てくるの?」

「れいちゃんがまた同じようにならないように見守っているの。」

「そうだよ!れいちゃんを守ってるの!」

「そっか、ありがとう。」

「お母さんに会うの?」

「うん。会おうかなと思うけど2人はどう思う?」

「お母さんきっと喜ぶよ!」

「私もちゃんとお話しすれば大丈夫だと思う。」

「そうだよね。そしたら会ってみようかなと思う。」

「うん!」

「あなた達はこれからもずっと私の中にいるの?」

「ううん。れいちゃんが心を完全に取り戻した時、私たちはれいちゃんと一緒になるの。」

「心を?」

「うん。それまでは私達が見守ってるからね。」

「そっか、わかった。ありがとう」


 気づけば朝になっていた。

 私の気持ちは固まっていた。私はその日、母に電話を掛ける。



 私は母と電車に乗る。私は実母に会いたいと母に伝え、母はすぐに面会の手配をしてくれた。

 病院の最寄りの駅までは約25分、実母は案外近くにいたのだと不思議な気持ちになる。


 最寄りの駅に着き、少し歩くと、大きな病院が見えてくる。

「あの病院?」

「うん。そう。」

「すごい大きいね。」

病院に入ると、母が慣れた様子で面会の手続きを取ってくれる。

 面会カードを首から下げ、中に入る。

 私は10年以上ぶりの実母との再会に緊張していた。

 鼓動は早く。手は汗ばんでいる。

「私が先に話してくるから少し待ってて。」

 母が先に入り、私は扉の前で待つ。

 扉の向こうには10年以上前の...忘れていた記憶の中にいた実母がいると思うと不思議な気分になった。


 少しすると母が部屋から出てくる。

「私はここで待っているから、たくさん話してきていいわよ。ちょっと耳が聞こえづらいから耳元で話してあげて。」

「うん。ありがとう。」

 私は恐る恐る扉を開ける。

「お母さん..?」

 私が扉を開けると、母は横になりながらこちらを向いている。口には呼吸補助装置を付けている。


 昔に比べて痩せ細った母、だが母は私を見ると昔の様な笑顔を私に向けた。

「お母さん..!」

私は母のもとに駆け寄った。

「お母さん、私、記憶を無くしてたんだけど、この間取り戻したの。会いにくるのが遅くなってごめんね。」

 母はうんうんと頷き、ゆっくりと口を開く。

「れい..ちゃん、体は大丈夫..?」

 その声を細く小さい声だった。

「うん、大丈夫。元気よお母さん。」

 母はうんうんと頷いた後、彗花のことを見る。

「この子は彗花、お母さんの孫だよ。」

 彗花を母の方に向けると、彗花はニコリと笑う。

 母もそれを見て満面の笑みを彗花に向ける。

「彗花ちゃん..。可愛いなぁ。

れいちゃん、手を..」

 母はそういうと、少し手を私の方にずらす。私は母の手を握る。

 すると、母は涙をこぼす。

「れいちゃんのために、もう会わないって、決めたのに、だめね、私。」

「そんなことないよ。」

「玲花、本当に、会えて嬉しい。」

 母はその日1番の涙を流した。私はハンカチで涙を拭う。

「玲花、あなたは、私の、宝物、

 あなたが幸せでいてくれたら、それだけで私は十分。

 玲花、辛い思いを、たくさんさせて、ごめんね。」


「ううん。そんなことない。そんなことないよ。お母さん。

 お母さん、私ね。今幸せだよ。

こんなに可愛い彗花もいて、新しいお母さんお父さんとも仲良くやってるよ。こっちの友達も増えたし、

 そうだ、昔の友達でちいちゃんって憶えてる?

 ちいちゃんも今東京に暮らしててね。一緒にご飯行こうって約束したんだよ。

 だから、私は大丈夫。お母さんは早く病気が良くなる様に治療に専念して。」

 その瞬間、母は大粒の涙をこぼした。

「玲花、玲花..」

 私は母の手を強く握った。

 


 それから約1年の時が過ぎた。

 私は1年ぶりに故郷の村にやってきた。周りを囲う山々、鳥の囀り、川の音。

 彗花も上手に歩ける様になり、村まで着くまでの間、少し散歩をさせる。子供の成長は本当に早いものだ。


 千葉の母も最近は特に彗花にめろめろだ。

 最近の私は彗花の育児にも余裕ができ、育休が終わるまでの間、自由に羽根を伸ばしている。幸せな毎日だ。

 実母はもうあの病院にはいない。

 その後も何度か病院に足を運んだが、最期は笑顔で眠りについたのが印象的だった。心配や罪悪感など少しでも払拭できたなら私は嬉しい。

 そういえば、私の中の2人の私はその後、夢の中に出てくることは無くなった。

 夢の中の私はきっと、自分を追い詰めてしまった私が作り出した。私自身の「拠り所」。

 私は周りが見えなくなって何かに縋りつこうと必死だったのだ。


 私は過去、親の入院、ネグレクト、DV、精神的疾患、記憶喪失、たくさんの経験をした。

 昨今、ニュースなどで同じ様な子供や女性達が取り上げられ問題になっている。

 私は今になって思う。

人は人の助けなしでは生きていけない。たくさんの苦しみや悲しい現実の中にも、愛情を向けてくれている人、救いの手を伸ばしてくれている人、自分のことの様に心配してくれる人がいる。

 周りを見渡すと、たくさんの人の「愛情」があることに気づく。

 親や子、兄弟、親戚、友人、先輩、先生、同僚

 人によってそれぞれだと思うが、必ず現在または過去に愛情を向けてくれていた人達がいる。

 私には2人の『お母さん』からの愛情や、お父さん、友人からの愛を受けていた。私はその愛情に気づけず、自分の過去の記憶を閉ざしてしまった。


 人はきっと悲しみを乗り越えられる。そういう風にできていると思う。

 私と同じ様な経験をした人は一度立ち止まって周りをよく見渡してほしい。

 自分の中に逃げ込んでしまわない様に。非行や薬などに逃げてしまわない様に..。


 私はこれから彗花にたくさんの愛情を注いで育てていこうと思う。これからの人生、楽しいことだけじゃなく、たくさんの苦難や悲しいこともあると思うが、それらに負けることのないように。大事に。


 挿絵(By みてみん)


 

 私は河乃宿の近くまでたどり着く。

 河乃宿の前にはちいちゃんに、彩芽さん、品田君や、他にも昔の友達達がこちらに手を振っている。

 私と、彗花はみんなの元へ駆けていく。


 ー完ー


 ⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎

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