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夕暮れコンタクト

夕暮れも夕暮れ、濃すぎるほどのオレンジ色が教室を染めるこの時間。


俺はいつも通り自習に励んでいた。

とりわけ真面目って訳じゃない。


家ではまるで勉強する気になれないから、ときたま勉強の必要な場合、例えば宿題が出た時とかテスト勉強をしなきゃならん時には教室を七時くらいまで開けてもらって自習に励んでいる。


いややっぱ真面目くんかこれは。


先生は「自習なんてする奴がいるとは思わんかった! 真面目だな里見は!」って言って快く教室の使用許可を出してくれた。先生がそれを言うのは若干どうかと思わなくもないが。


友達にはまぁ「自習? マジ? やべぇ優等生ちゃんじゃん」と予想通りな返答を頂いたりもしているが、この生真面目さを俺自身気に入っている。


こんな感じで勉強への態度も悪くなく、友人関係も良好で、運動もそこそこ以上に出来るし、おまけにビジュアルも──と言いたいが、良い! と胸張って言えるほど良くは無い。


悪くもないが……。そう、そんなに色々出来るのに俺には彼女がいない。年齢イコールなんとかと言うやつだ。なんで出来ないんだ? 何が足りない? やっぱビジュアルなのか? イケメン以外はダメなのか?


「いや違う! 俺に足りないのは積極性だ!」

やべっ声に出ちまった。


周りをキョロキョロと見回す、が俺の恥ずかしい心の内が出ちゃった瞬間を見ている人など放課後になってそれなりに時間が経ったこの教室に居るはずもなく、独りごちる。


「はあ……積極的につってもどうすりゃいいんだよ」

女の子と話せないわけじゃない。むしろ話を弾ませることくらいは容易……ではないが、出来ないわけじゃない。


ただなんというか。

友達以上恋人未満にすらなれない友達以上の存在が限界だ。


何故だ。

何故俺はこんなにも……!

頭を掻き乱しつつ苦しむ真似をする、がそんなことに無論意味は無い。


「あぁ……青春、してぇ」

「あのっ!」

「うわあええうおおおおお!?」

突然の声に驚きを隠せずしっかり動揺する。


だ、誰だ!? 俺の恥ずかしい本音を聞いた痴れ者は!?

辺りを見回す、一度見回しただけでその痴れ者──あぁいや、クラスメイトは見つかった。


声をかけてきたのは黒髪とメガネが特徴的な女の子だった。

モジモジとした様子でこちらを見ている。彼女の名前は確か……。


思い出すべく、顔を注視する。


長く整えられた黒髪はなんとも綺麗で……じゃない。

前髪が若干顔にかかっていて、その髪の先にはキラリと輝くレンズを備えたメガネが……じゃない!

余計なことを考えすぎだ! 名前を早く思い出すんだよ! 俺!


「あ、の、えっと……」

俺に見つめられたからか、顔を背けてしまう。


「あぁごめん! その、つい見ちゃったっていうか……」

下手なごまかしでなんとかその場を乗り切ろうとする。下手すぎて意味はまるでなさそうだが……。


「もしかして、わたしの名前、し、しりませんか……?」

尻すぼみになっていく言葉を聞いて、俺は彼女が今傷ついたことを即座に理解した。

理解したならあとは行動あるのみだ! 俺!


「いやあそんな訳は……」

一言放ったこの刹那、彼女の名前を確認する為の術をなんとか探し出そうと目だけで教室中を調べ尽くす。顔は動かしちゃダメだ、忘れてるって悟られる前に早く……!


そして、俺は彼女の名前を思い出すに至る情報を手に入れた。

それは黒板の隅にある名前だ。そう、つまり日直である。


山橋と胡桃沢という名前が並んでいる。山橋は俺の一番アレな友達なので違う、んじゃ胡桃沢以外ありえない!

彼女が今、日直の人が持つ日誌用のファイルを持っていることがこの好機に繋がった。今日日直でいてくれてありがとう! 胡桃沢さん!


「胡桃沢さん、だよね。胡桃沢茜さん、間違ってるかな? 間違ってたらごめんね」

一応保険をかけつつフルネームで呼んでみる。


胡桃沢というそれなりに珍しい苗字をなぜ忘れるんだ俺は……まぁ、そのおかげ? なのかは知らんが胡桃沢という苗字を思い出せたことで芋ずる式に名前も思い出すことが出来た。


良かったぁ……もしここでしくったりしたら女子ネットワーク経由で学園生活が終わるとこだった。


流石に考えすぎか。

無益な思考を振りまくのはここまでだ。今は胡桃沢さんとのコミュニケーションに注力せねば。


彼女の反応は一拍二拍空いて俺に届いた。

「う、うん。合って……るよ。うん」

何度もうんうんといってどうやら納得してくれた様子だ。良かった……しくったら以下略。


「で、どうしたの? こんな時間にここにいるなんて珍しいね」

普通のパス。極めて普通な会話の提供、だよな。


女子と上手く話すというのがいつまで経っても慣れない。何が正しいのか時折全く分からなくなる。


「あ、あの、里見くんの……これ」

その手には俺が今日無くした大事にしているお気に入りのシャーペンがあった。


「ああ! これ! 探してたんだ! 君が見つけてくれたの!?」

「う、うん。その……ごめんなさい」

またも尻すぼみになる言葉。少しばかりの罪悪感をその言葉から感じられた。


「なんで謝るの? 見つけてくれたばかりか届けてくれたのに」

「あの……ええと」

彼女は言葉を慎重に選んでいるように思えた。

天井を眺めては視点を床に戻し、眺めては戻し、出来る限り俺と目を合わせないようにしていると感じられた。


今、声をかけるべきか……? 否か……?

俺も少し悩み始めたその辺りで、彼女は俺に打ち明けてくれた。


「その……拾った時、里見くん居たのに、すぐ返せなくてごめんなさい……」

え? そんな理由?

俺は軽く動揺した。


まさかそんなことで悩んでるとは思わなかったから。

良い人過ぎないか胡桃沢さん。


「いやいやそんな。話したことほとんど無い人に急に喋りかけるのって勇気いるよね! 俺もそう言う経験あるから分かるんだ! ありがとう胡桃沢さん、見つけて貰えてすごく嬉しいよ!」

息つく暇なく捲し立ててしまった……やっちまったか?


怖がりつつも彼女の表情を伺おうとちらりと顔を見た。

その彼女の顔は俺の想像していた顔のどれでもなく、なんというか、覚悟を決めたような顔だった。


そして彼女は、俺にこう告げた。



「わ、わたしと! キャッチボールしませんか!!!」



それはあまりに唐突で、あまりにも予想外なお誘いの言葉だった。

「は、はい! 喜んで!」


色々と焦っている俺に即答させるくらいには、予想外な一撃だった。

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