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El patíbulo   作者: トカレフ
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2023年5月某日深夜、埼玉県川口市内の国道122号線を一台の07年式ジャガーSタイプが何かに追い立てられるように猛スピードで走っていた。

3.0L,V6のエンジンを唸らせ、法定速度を優に超えながらジャガーは荒川に架かる新荒川大橋に差し掛かった。

東京に向かう橋の半ばでジャガーは右に急ハンドルを切り、中央分離帯に衝突した。

そのままジャガーは反対車線に飛び出し、二車線道路の上を転がった。

車の部品であろうネジやボルト、ガラス片がアスファルトの上で街灯の光をきらきら反射しながら跳ねた。

ジャガーを運転していた男はエアバッグに顔をうずめたまま動かない。

ハンドルに体が押し付けられているため、車通りの無い橋の上にジャガーのクラクションだけが響き続けている。

事故による衝撃と怪我でかすんだ視界の中、男は遠く、先ほど自分が来た方向から迫りくる一対のヘッドライトを見た。

やがてそれは近づき、その正体は03年式シボレー・シルバラードであることが男には分かった。

男はもはや逃げることもできず、割れたサイドガラス越しに近づいてくるピックアップトラックを眺めることしか出来なかった。

シルバラードが停車し、中から190センチほどある大男が棒のようなものを持って降りた。

ジャガーの男がそれをサイレンサー付のイサカM37(ショットガン)であると認識するが早いか否か、大男はジャガーの運転席に向かって発砲した。

10メートルほどの距離から放たれた00バックショット弾は、ジャガーの男の首から上とハンドルの上半分を吹き飛ばした。

ひしゃげたジャガーの車内に血とガラス片が舞った。

シルバラードが走り去った後、新荒川大橋の上ではクラクションを響かせ続けているジャガーのみがオレンジ色の街灯に照らされていた。


エンパイアステートビル、ハリウッド、シカゴ・カブス、ブロードウェイ、そして、自由の女神 Estatua de la Libertad

圧倒的な資本主義、世界一偉大な国家、アメリカ合衆国。

その南、暴力と死、薬物のみが恐れを知らない、そんな国にイグナシオ・アルバレスは生まれた。

アルバレス一家は国道沿いにモーテルを経営しており、イグナシオも父母や妹のカタリナと一緒に裕福ではないが満たされた生活をしていた。

イグナシオの住んでいた町はアメリカとの国境に近く、アメリカへと向かう人々がよく訪れる場所であった。

ベラクルス州、ゲレーロ州、ミチョアカン州、メキシコ中の様々な場所から来た人々が北へと向かっていった。

そのうちの一人、オクタビオ・メンデスという青年にカタリナは恋をした。

彼は父親の形見だというヤレた73年式シボレー・エルカミーノに乗り、正義感の人一倍強いまじめな人間であった。

彼はベラクルス州に住む兄弟の為にアメリカでお金を稼ぐのだと言い、カタリナも一緒にアメリカに行くことになった。

両親は娘の旅立ちに少しの不安を覚えたが、彼と一緒なら大丈夫であろうという安心を感じていた。


五日後、両親とイグナシオの元に届いたのはカタリナとオクタビオが殺害されたという州警察からの連絡であった。

彼らはパスポートを持たずビザの申請もできないため、不法入国するしかなかったのだ。

不法入国を仕切っているのは麻薬カルテルの息がかかったギャングであり、不法移民の生殺与奪の権はすべて彼らに握られている。

ギャングはオクタビオとカタリナに相場の2倍を超える、6万ペソもの金額を要求した。

6万ペソを払うか、アメリカにコカインを運ぶか、選べ。

オクタビオとカタリナは断り、エルカミーノに乗って引き返した。

帰りの道中、国道を走っていたところ、ホンダのハッチバックで追いすがってきたギャングにサブマシンガンでタイヤを撃ち抜かれ、エルカミーノはコントロールを失って道路沿いのコンビニ(OXXO)に突っ込んだ。

ギャングはエルカミーノにこれでもかと9ミリパラベラム弾のシャワーを浴びせ、何事かと様子を見に来た店主もろとも二人を葬った。

二人の死体は両腕と首をもがれ、見せしめとして穴だらけになったエルカミーノと一緒に国道沿いに放置された。

イグナシオは、この国での常識すら知らなかったために死んだ愚かな妹を心の中で憐れんだ。

この国ではカルテルが法であり、暴力が行政なのだという常識を。

普通の国では法を破っても逮捕で済むが、カルテルによる裁きは銃弾により下される。

警察や軍隊すらカルテルの支配下にある。

では、どうすれば妹を奪ったカルテルに復讐できるか。イグナシオは泣き叫ぶ両親の隣で考えた。

自身が最高の暴力組織を作ればいい、という結果にたどり着くのに長い時間は要さなかった。

イグナシオはこの国の政争(麻薬戦争)に参加することを決心した。

この時、2008年、イグナシオは19歳であった。

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