やはり三人で飲むと最高やで。
ドスケベ催眠おじさんはケヴィンという対魔騎士の生い立ちを知らない。「眠って」いた間のムートポスのことなど知るはずもなく、問われても返す言葉を持たない。
けれど、自分を待っていた人たちがいて、裏切った期待も少なからずあったことは、はっきりと感じ取れた。
自分をタコ殴りにしてきた青年をしかし、ドスケベ催眠おじさんは恨むことができなかった。
「センパイに同情なんてする必要ありませんよ、ドスケベ催眠おじさん様」
ケヴィンに向けられた視線に気付いたリナは、ドスケベ催眠おじさんのアザの具合を見ながら、穏やかな口調で諭す。
「センパイの人生は波瀾万丈で、彼を育てたおばあさんは、待ち人に会えずしてこの世を去ってしまいました。確かに寂しいことです。しかし、それはドスケベ催眠おじさん様の物語には関係のないことなのです」
「でも、僕がもう少し早く……目覚めていれば」
トラウマになったあの日から、一度でもゲーム機を再起動していれば。罪悪感と羞恥心から逃げたりせず、なにかひとつでもクエストを達成して、NPCの助けとなることをしていれば。
あるいは潰えずに済んだ希望もあったかもしれない、と思わずにはいられなかった。
「……お優しいですね」
慈しむように目を細めたリナは、今度は少し言い方を変える。
「生きている内には会えませんでしたが……おばあさんの守ってきたドスケベ催眠おじさん様の魂は、今こうして再びムートポスの大地を踏んでいます。きっとおばあさんも、草葉の陰で喜んでいますよ」
「……クソッ、わかった風に言いやがって。バアさんに会ったこともないくせに。ぐずっ……」
「あーあーまた泣き出して」
ぐずるケヴィンに、リナは「しょうがない人ですねー」とか言いつつ肩を貸し、催眠の余波でふらつく足取りを支える。
「仕方ないので連れて帰りましょう。はぁ、今夜はドスケベ催眠おじさん様とふたりで楽しく宴をするはずでしたのに……」
「あ、あの、僕は構わないので。なんならセンパイさん……ケヴィンさんも一緒に続きをやりませんか」
「ドスケベ催眠おじさん様がお望みとあれば」
こうして三人は、来たときよりも平和な雰囲気で、トコトコ帰っていくのだった。
◎ ◎ ◎ ◎ ◎
「うぐっ……ひぐっ……バアさんはなぁ……バアさんはずっとよぉ……」
「ばーさんばーさんうるさいですね。いい大人がベソベソ泣いてみっともない。めんどくさいから酒飲ませていいですか?」
「あ、はい。それで気分が良くなるなら、どうぞ」
リナはドスケベ催眠おじさんのために用意していた酒を、ケヴィンに飲ませた。結果、むしろもっとめんどくさいことになった。
「あんなぁ! どすけべさいみんおじさんはなぁ! すんげぇつよいの! かっこいいの! そんでさああ!」
「分かります! ドスケベ催眠おじさん様は最高ですよね!」
酔うと素直になるらしいケヴィンと、シラフでも特定の話題に過剰反応するリナが意気投合し、もうぜんぶめちゃくちゃだ。
「ドスケベ催眠おじさん様、聞いてくださいよ! この人のフルネーム!」
「――ケヴィン・ドスケベサイミンオジサン・ムーナイト! 苗字は騎士になったとき貰って、ミドルネームはバアさんに付けてもらった!」
「ね、すごいでしょう!?」
完全にミドルネームが余計だと思ったが、口に出さないだけの良識はあった。
「今夜は飲み明かすぞお! あんたも飲め、ドスケベ催眠おじさん!」
「あっ、僕あんまり強くなくて――」
「じゃあ代わりに催眠かけてくれ。気持ちよくしてくれよぉ……」
「どういう交換条件ですか!?」
ヤケクソ気味にケヴィンへ《スリープスモッグ》をかけたら、部屋が嘘みたいに静かになった。あれ、最初からこうしとけば良かったんじゃ……イヤイヤ、黙らせるために催眠とか犯罪者の発想だ! ドスケベ催眠おじさんは思いとどまる。
「いいなぁ。わたくしも催眠――」
「あーなんだか僕ねむくなっちゃったなぁー! うん! 決闘で疲れたもんなぁー!」
「あら、左様でございますか。どうぞあちらのベッドをお使いになってください」
ベッドは天蓋付きのキングサイズのやつだった。決して広くない寝室がベッドだけで九割型占領されている。
リナはわずかに残った床の一角で、寝袋にくるまってスヤスヤし始めた。もっとマシな場所で寝てほしかったが、起こすに起こせない天使の寝顔をしていた。
「もう、おじさん色々と疲れたよ……」
罪悪感とアザの痛みをモミ消すように、ドスケベ催眠おじさんは自分に《ナーサリーナイトメア》をかけてバッタリ眠りに就いた。