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異世界人渾身のおねだりタイム

 ところで、ドスケベ催眠おじさんにはもうひとつ疑問がある。


「リナさんは、どうして僕を転生させたんですか?」


 自分が百年前の英雄だとして、なぜリナはわざわざそんな「過去のひと」を復活させたのか。それも、他の誰も成功を信じてくれないような方法を用いて。

 もしかしたら竜とか魔王とか邪神とかが復活していて、自分はこれからそんなやつらと戦わされるのかもしれない。魔力補充薬なんてものを飲ませたのもそのためか? だとしたら、なんという対価の先払いだろう。

 それでも、二度目の人生と食事の恩に報いるためなら、頑張ってみてもいいかもしれない。密かに決意し、ドスケベ催眠おじさんは核心に迫る。


「何か、僕にして欲しいことでも……」


 問われたリナは、しばらく、その若さに溢れたぷにぷにほっぺに人差し指を当てて考え、こう結論づけた。


「特にありません!」

「えっ? じゃあ、なぜ僕を」

「お会いしたかったからです!」

「はい?」

「お会いしたかったからです!」


 屈託のない笑顔を見て、転生直後に聞いたリナさんのセリフが蘇ってくる。


――ずっとお会いしたかったです、ドスケベ催眠おじさん様!


 あれは本心からの言葉。あれで全部、説明は終わっていたのだ。


「なんか魔物を倒してほしいとかじゃ……」

「ご冗談を。そんなことでドスケベ催眠おじさん様の手を煩わせたりしませんよ」


 詳しく聞くと、どうやら最後にボコした邪神ヒュプノス以来、人類の手に負えないような凶悪な敵は打ち止めになったらしく、あとは残されたムートポス民の努力で何とかなったらしい。

 なんでも、ドスケベ催眠おじさんの戦法を学んで「対魔騎士団」なるものを組織し、定期的な魔物狩りによって安定した平和を得ているとか。

 騎士団の名前も何かこう、ちょっと引っかかるものがあるけれど、流石に眠りについた(ことになっている)後のことまで責任をとっていられないので黙っておく。


「ドスケベ催眠おじさん様には、既に十分すぎるほど、ムートポスを救っていただきました。これ以上を求めるなんて失礼というもの。あとはドスケベ催眠おじさん様のお望みのとおりに、ムートポスで過ごしていただければよいのです」


 会いたいというだけで呼び覚ますのも、大概アレだと思うけど――と、考えたところで、ドスケベ催眠おじさんはふと、転生直前に流れたダイアログを思い出す。


【レベルをリセットして基礎能力値ボーナスを獲得します。よろしいですか?】


【はい/いいえ】


 あのとき、自分は「はい」を押した。深く考えてはいなかったけれど、了承を示したのだ。

 リナも、ドスケベ催眠おじさんの魂が応答したことを感じ取れたようだった。そして儀式は成功した。

 あそこで「いいえ」を押していたら、あるいは答えず黙っていたら、恐らくそうなっていなかっただろう。

 拒否しようと思えばできたのに、ドスケベ催眠おじさんは了承した――つまり転生成功という結果は、他ならぬドスケベ催眠おじさんの意思でもあるのだ。

 ドスケベ催眠おじさんが今ここにいるということは、リナの会いたいという希望以上に、ドスケベ催眠おじさん本人の「お望みのとおり」であり、リナが過剰に恐縮する必要もない。

 そういうことなのだ。


「そういうことで……いいのか……?」


 ドスケベ催眠おじさんは、自分が導いた結論に戸惑う。それをどう誤解したか、リナは喜色満面で言う。


「それでいいんですよ! ドスケベ催眠おじさん様は何もしなくても。もちろん、お望みならば何をしても」


 リナは胸に手を当て、壁に掛けられたドスケベ催眠おじさんの肖像画を、うっとりした表情で見上げる。


「リナは、ただ、ドスケベ催眠おじさん様のお側で支えることができれば……それだけで幸せなのです」


 ちなみに肖像画のドスケベ催眠おじさんは、ムートポス民に最もなじみ深い、ブリーフ一丁でいやらしい笑顔を浮かべる脂ぎったハゲデブおじさんの姿をしている。太った身体は豊穣と繁栄の象徴、傷ひとつない裸体は無敵の戦士の証なのだ。

 それでいいのかムートポス民。


「僕は……」


 ドスケベ催眠おじさんは、リナの陶酔を壊さぬよう、慎重に語りかける。


「……恩返しがしたいです。正直、英雄って言われても自分のことだって気が全くしないけど、リナさんに第二の人生をもらって、優しくしてもらったのは確かだから。こんな僕に何ができるか分からないけど、ひとつでも何か返したい……と思います」


 罪滅ぼし、という言葉は、胸に秘めておく。ドスケベドスケベ言わせてNPCを笑いものにしていた件は、知っても誰も幸せにならないから。これはドスケベ催眠おじさん自身が向き合う、ドスケベ催眠おじさんだけの原罪である。


「恩返しなんてとんでもない……! ただ、しいてお願いがあるとすれば……」


 リナさんは謙虚な言葉と裏腹に、瞳きらきら、指先もじもじ、期待でチラチラこちらを見てくる。

 恩人に遠慮などさせるものかと、ドスケベ催眠おじさんはリナを後押しする。


「言ってください! 僕にできることなら、何でもしますから!」

「な、何でも……!?」


 リナはついに甘い誘惑に負け、口を開いた。


「……かけてください」

「え、なんですか?」

「催眠を! わたくしに!!」


 一度、決壊した堤防は、ごうごう音を立てて溢れるのみ。


「リナに催眠をかけてください!! ドスケベ催眠おじさん様の『祝福の催眠』を!!」


 なお、ややこしいが、こちらの「催眠」はムートポス語に翻訳されたものだ。ムートポス人も英雄が好んで使った魔法の系統くらいは理解している。


「さ、さ、催眠ン!? 祝福って――どういうことですか!?」


 興奮しきった様子のリナいわく。


「ドスケベ催眠おじさんの催眠は、世界を救った奇跡の御業(みわざ)。それはすなわち、神の祝福にも等しきもの……!」


 噂によると、その催眠を受けたものは、天にも昇るほどの多幸感に包まれ、子々孫々にわたり安泰であるとか――


「待ってください、そんな機能ゲームにありませんでしたよ!? なぜそんな噂が……!」

「えっ? それは、睡神時代(ヒュプノスエイジ)中ごろ、ドスケベ催眠おじさん様じきじきに催眠を頂いた市民による体験談ですが……まぁ、ドスケベ催眠おじさん様はそんな些細なこと、覚えてらっしゃいませんよね」


 市民に催眠――そう聞いて、ドスケベ催眠おじさんの記憶が蘇る。

 攻略を進め、ちょうどストーリーが中盤に差し掛かった頃だ。催眠魔法を習得するや否や、有頂天になった彼はそこら辺のNPCに魔法を試し撃ちまくった。

 ゲームでは、NPCに催眠をかけても、のけぞるようなリアクションを見せるだけで、特に催眠効果というか、言動がおかしくなったりはしなかった。催眠以外の魔法をぶつけても同じ反応である。

 全年齢対象のソフトだったので、敵モンスター以外に暴行や殺人ができてはいけないし、開発側だって一般人のやられモーションまで作り込むメリットは無かろう。結果として、彼の凶行は何の被害ももたらさず、他愛もない暇つぶしになるだけで終わった。

 しかし、現実となったムートポスでは、当時の見境なき催眠が、深々と人々の記憶に刻まれてしまったのだ……!

 唯一の救いは、それを行ったのが後の救世主であるせいか、ポジティブな意味で受け取られていることのみ。


「ああぁ……重ね重ね、僕はなんてことを……ッ」


 時間差で追いかけてきた追加のトラウマに、頭を抱えるドスケベ催眠おじさん。しかしリナは興奮のあまり、その姿も目に入っていないらしい。


「わたくしも『祝福の催眠』を授かることができれば……先人の語り継いだ感覚を自ら味わうことができますし……末代まで安泰というのも……流石に誇張かとは思いますが……しかし事実であるならば……うふふ……ふっひゅひゅひゅひゅ……」


 うら若き乙女が到底出してはいけない声を漏らし、リナは期待に打ち震える。


「ああっ! 想像したらもう辛抱なりません。さぁ、どうぞ今、今ここですぐに催眠の祝福をお授けください。さぁ、このへんに、さぁさぁ!」


 リナは鎖骨のあたりをトントン指差し、身を乗り出してドスケベ催眠おじさんに迫る。


「待って待って冷静になろう、いきなり言われてもゲームの魔法を現実でどう使えばいいか――っていうか催眠をかけるのに『このへん』とかあるんですか!?」

「魔法は気持ちひとつです! さぁかけて! 今すぐかけてください! ひと思いにたっぷりと! ドスケベ催眠おじさん様のをかけてください!!」

「わっ、近、リナさ、アッー!?」


 誰かこの子を止めて――ドスケベ催眠おじさんが願ったそのとき、折よくリナの部屋のドアが、バーンと音を立てて勢いよく開け放たれる。


「おい、何事だ!?」


 血相を変えて叫んだのは、鎧を着た長身の、いかにも騎士様ナイト様、といった容姿の青年。軍服ハゲデブおじさんとは何もかも対極にある好青年だ。

 青年は部屋を見渡す――までもなく、こぢんまりした食卓のド真ん中で、もみあう乙女とハゲデブおじさんを見つける。

 助かった――いやピンチだ!! ドスケベ催眠おじさんは一瞬で考え直した。


 自分はわがままボディーのハゲデブおじさん。

 対するリナは、うら若き小柄な乙女。


 その気になれば重力に任せるだけで、おじさんが乙女を押し潰せてしまいそうな体格差である。

 詰め寄っているのはリナのほうであるが、今この瞬間、手四つで絡み合っている光景だけを切り取って見たらどう感じるか。

 たとえルッキズムに囚われぬ聖人君子であったとしても、危険なニオイを嗅ぎ取るだろう。


「何しやがる変態クソじじい!!」


 青年は「事件」のにおいをビンビン感じ、ドスケベ催眠おじさんに殴りかかる……


「ヒィェア゛ッ!?」


……までもなく、ビビったおじさんがひとりでに椅子から転げ落ちた。

 青年はパンチを後回しにして、ひとまずリナをドスケベ催眠おじさんから引き離す。

 子猫みたいに首根っこをつかまれたリナは抗議の声をあげた。


「ぐえっ――そっちこそ何するんですか! ドスケベ催眠おじさん様に失礼ですよ!」

「なんだと!? こいつが――」


 青年は、無様に転がる肥満体を改めて観察する。ムートポスの義務教育を修めていた彼は、その体格と顔立ち・髪型などから、ビビリ豚野郎の正体を察する。


「なッ……ドスケベ催眠おじさん……!?」


 青年は手にぶら下げたリナに問う。


「リナ! これはどういうことだ。まさか【転生システム】を起動したのか!?」

「ふふん、そのまさかですよ。不断の努力が実り、ついに成功したのです。どうですか、センパイ? 何事も続けてみるものでしょう?」


 ドヤ顔のリナ。対して、センパイと呼ばれた青年は、わなわな震えて逆上する。


「成功? そんなわけが……そんなわけがあるかッ!!」


 センパイは口角泡を飛ばしてリナを怒鳴りつける。


「【転生システム】は神の御業(みわざ)! ヒトの身で扱えるわけがねぇ!」

「魔術だけでなく、流転教会の偉い人に頼んで神術も勉強したのですよ」

「その前は、怪しげな研究者のとこで黒魔術を学んでたよな! 本当は悪魔でも呼んじまったんじゃねーのか!?」

「ぬぁー! なんてバチ当たりな!」


 リナは、ぷんぷん、と音でも出そうな雰囲気で怒りを表現する。華奢な身体もあいまって、さほど迫力はない。


「見ればわかるでしょう! そこにおわすは紛れもなく、本物のドスケベ催眠おじさん様! 悪魔なんかじゃあーりーまーせーんー!」

「ドスケベ催眠おじさんに化けた悪魔かもしれないだろ!」

「何なら嘘発見魔法を使ってみますか!? もしドスケベ催眠おじさん様が嘘ついてなかったらフライング土下座プレスですよ!?」


 何だそのプロレスみたいな謝罪法は、と少しズレたことを思いながら、ドスケベ催眠おじさんは立ち上がろうとする……腹肉が邪魔でなかなか身を起こせない。


「いや、『自分のことをドスケベ催眠おじさんと思い込んでいる悪霊』という可能性もある。その場合、本人が真実と思い込んでいるから嘘発見魔法は意味を成さない」


 うん、マジでその可能性あるよ――ドスケベ催眠おじさんはついさっきドスケベ催眠おじさんになったばかりでドスケベ催眠おじさんの自覚が薄いので、つい頷きそうになる。


「そんなの、証明しようがないじゃありませんか!」

「フン、すぐにでも確かめる方法があるさ――」


 センパイは左手の手袋を外――そうとして手甲をつけたままだったことを思い出し、リナの部屋の台所にかけてあったミトンを引っ掴みドスケベ催眠おじさんに投げつけた。

 ドスケベ催眠おじさんはムートポスの作法を知らないが、「手袋を投げつける」動作の意味は、おそらく……


「――決闘だッ! お前が本物のドスケベ催眠おじさんであるというならば、俺を催眠してみせろッ!!」


 ムートポス人はどうしても催眠されたいの? ドスケベ催眠おじさんは半泣きでミトンを握りしめた。

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