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オラッ! 永眠解除!!

 目覚めたとき、男は見知らぬ場所にいた。

 いや、「目覚めた」という表現は正確でない。彼は未だ魂のありかの定まらぬまま、ふわふわと頼りなく浮いていた。

 意識を向けると、眼下に広い空間が見えた。鏡のように磨かれた石造りの広間を、小柄な女性がひとり、早足で往復している。

 女性は白を基調としたローブと、シャボン玉のような透明感ある髪を揺らし、床に懸命に何かを描いている。

 男の知識、というより数々のフィクション作品に触れてきた経験から言えば、それは「魔法陣」であった。

 やがて広間いっぱいに円形の幾何学模様が完成すると、女性は中央――ちょうど魂が浮かぶ真下に立ち、錫杖とでもいうのだろうか、金細工のついた杖で床を打ち鳴らした。


「……流転の女神よ、天の奇跡を私情に用いること、ひらにご容赦願います――ああ、うまくいきますように。

 【転生システム】強制起動……!」


 可憐で清らかな声に聞き入っていると、空気がビリビリと震えだす。魔法陣が明滅し、(せき)を切ったように光が溢れ、男の目の前に、輝く文字列が浮かび上がる。


【レベルをリセットして基礎能力値ボーナスを獲得します。よろしいですか?】


【はい/いいえ】


 そういえば、昔遊んだゲームに、そういう機能があったっけ――懐かしさから、男は深く考えず「はい」を選択した。コントローラーは手元に無いが、ボタンを押すイメージで念じれば、入力はつつがなく進んだ。

 次の瞬間「ピキィン!」と、これまたゲームの効果音らしき音が響き、ほぼ同時に、眼下の女性が黄色い声を上げた。


「ダイアログに応答が……! いける! このまま続いて、お願い……!」


 懸命に祈る女性をよそに、男はぼんやりと考えていた――はて、ゲームとはいうが、一体どのゲームだったか。いまひとつ思い出せない。さっきから、なんだか熱でもあるみたいに、思考がふわふわ浮ついてしまう。

 オイオイ、それってもしかしてボクが物理的に()()()()からかい? HAHAHA……独特のユーモアセンスで脳内に架空の快活アメリカ人男性(好物はピーナッツバターサンド)を遊ばせているうち、儀式はクライマックスを迎える。


発霊(オーラ)ッ! 再誕!!」


 女性は小柄な体躯に似つかわしくない、コブシのきいた凛々しい叫びを発する。これをもって、彼女の目的は果たされた。

 嵐のような轟音と、全身を引っ張られるような感覚を覚え、男の意識は一瞬、途絶える。


「ん……んん……?」


 次に男が「目を覚ます」と、下にいたはずの女性が目の前にいて、髪と同じシャボン玉色の瞳でこちらを見つめていた。

 彼女の履いている、もんぺに似た着心地よさそうなズボン。その下にある床を見て、ようやく自分も彼女と同じ高さに()()()いるのだと認識したとき、連鎖的に、自分に()()()()()ことにも気付いた。


 試しに自分の手のひらを見る。むちむちと肉付きがよい。

 足先を見下ろす。ふくれた腹が邪魔で見えない


――あれ、僕はこんなに太っていたっけ?


 生前の自己認識とのズレに違和感を覚える。


「やった……! 成、功……っ!!」


 女性は感極まって、声にならないかすれ声を喉からひねり出すと、くらりと体勢を崩して床にへたり込んだ。


「大丈夫ですか!?」


 男は女性を気遣い手を伸ばした。支えるのは間に合わなかったが、副産物として、二つのことに思い当たった。

 ひとつは、自分の声が聞き覚えのない中年男性のそれになっていること。

 もうひとつは――やばい、僕いま裸だ! さっき腹を見下ろしたとき気付いておくべきだった! 何してんだ自分! 文明人の最低限のマナーだぞ!!


「あっあっあっ違っ、これはっ……」


 男は慌てて股間をおさえた。手にブリーフのような布の感触があったので、最低限局部は隠せていることは分かった。

 よかった、全裸じゃない。

 イヤよくない、全裸じゃなくてもブリーフ一丁はダメだ!

 手を「差し伸べる」べきか「裸体を隠す」ことに使うべきか迷ってウロウロさせている内に、女性は弱々しく上体を起こし、かえってこちらを気遣ってきた。


「ふぅ、ふぅ……も、申し訳ありません。その格好では少し肌寒いですよね。お召し物はあちらにご用意が……いま、お持ちします……」

「イヤイヤいいです無理しないで! 自分で行きます!!」


 男は女性が指したほうへ走っていき、広間の隅のテーブルの上に畳んである衣服をすばやく身につけて……すばやく……身につけ……クソッ……腹肉がつっかえて足が上がらない……四苦八苦しながら、なんとか身につけた。

 どこぞの将軍様が着るような、勇ましく上質な軍服だ。サイズもぴったりである。


「はぁ……はぁ……よくお似合い、です」

「えっと、本当に無理しないほうが」

「いえ。もう大丈夫です。一過性の魔力欠乏ですので、深呼吸すれば」


 軍服を着て戻ると、女性は錫杖を支えに自ら立ち上がるところだった。

 彼女は目を閉じて三度吸って吐き、四拍目には微笑みを浮かべてみせる。


「――失礼しました。わたくしはリナ、つまらない魔術師でございます」


 今しがた、何やらすごい魔法っぽいアレで死者の魂に新たな肉体を与えるところを目撃したばかりなので、とても「つまらない」魔術師には思えなかったが、男はひとまず会釈しておいた。


「リナさんですね。はじめまして。僕は――」

「もちろん存じております! ムートポスを救った大英雄。ムートポスの子らは皆、義務教育で最初に学びます!」


 ムートポスという名について、男は、何らかのフィクション作品に登場する国か地域の名称であったことだけ覚えていた。けれど自身を「大英雄」などと称される心当たりはない。

 本人の困惑を知ってか知らずか、魔術師リナはぴょんぴょんと幼子のように小躍りし――そして「あの名前」を口にする。

 それは文字から肉声へ、村娘Aから魔術師リナへ、形を変えたトラウマの再来。


「ずっとお会いしたかったです、ドスケベ催眠おじさん様! 再誕をお祝いさせてください、ドスケベ催眠おじさん様!!」

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