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オラッ! 永眠!!

文章ヘタっぴだから感想で添削とかしてくれると

うれしッピアカミミガメ

でも本当の悪口は怖くて泣いちゃうのでNG

 はじまりは些細な思いつきだった。


「主人公の名前は十文字まで。漢字変換もできる、と」


 自由度の高さを売りにした、とあるロールプレイングゲーム。興味本意で買ってみたそれと向き合い、男はちょっとした悪戯心を芽生えさせる。


「……せっかく色んな文字が使えるなら、面白いのにしたいなぁ」


 惜しむらくは、彼のユーモアがいささか歪んでいたことだ。

 ひとしきり頭をひねったあと、画面に刻まれた主人公の名は――


 ド ス ケ ベ 催 眠 お じ さ ん


「ジャスト十文字。ハハッ、ウケる」


 我ながら幼稚で酷いネーミングセンスだと鼻で笑う。しかし軽薄な態度とは裏腹に、彼には職人かたぎな一面もあった。その「真面目さ」は本件に関して、ことごとく悪い方向へ働いてしまう。


「ドスケベというからには、見た目も変態的でなきゃ……」


 自由度を看板に掲げるからには、避けて通れない機能――主人公の容姿変更(キャラクリエイト)。このゲームにもバッチリ搭載されており、存在するからには悪用される。


「頭ピカピカ。お腹ぶくぶく。それがどうした、ってね」


 髪型……スキンヘッド

 表情……にやけ面

 体型……肥満体

 肌質……テカテカ

 初期装備(上半身)……なし

 初期装備(下半身)……白ブリーフ


 完成したのは、常時いやらしい笑顔を浮かべる脂ぎったハゲデブおじさん。ダイナマイト級のわがままボディーを申し訳程度に包む白ブリーフは、設定できる最大値まで膨らまされた腹の脂肪に半分隠れ、見る角度によっては履いてないように見えてしまうギリギリアウトな雰囲気を演出。


「スキル構成にも妥協はしないぜ」


 ゲームを進めると、主人公は多種多様な武術や魔法を習得できるようになる。セットできる技能には限りがあるけれど、もう心は決まっていた。


「オラッ! スキルツリー解放!!」


 ずばり、催眠系スキル。全年齢対象のゲームなのでスケベ要素は無いものの、敵を眠らせるだとか、操って同士討ちさせるといった魔法は用意されている。

 ドスケベ催眠おじさんがこれを使わない手はない。炎や雷を操る魔法なんかには目もくれず、催眠系魔法とその補助スキルだけで限られた枠を埋め尽くした。


「流石にここまで偏った育成だと戦闘に支障が出るな……まぁその辺は召喚獣で補おう」


 催眠しか能のないドスケベ催眠おじさんの弱点は、ともに戦う仲間に埋めてもらい。


「なんだコイツ、異様に催眠耐性が高いぞ!? 舐めやがって、このクソガキッ……!!」


 あるいは専用の装備を揃え、無理やり催眠をかけて初心を貫いたりもした。


「はぁ……はぁ……ようやくオネンネしたか。手こずらせやがって」


 そのプレイスタイルは、ゲームの攻略という観点から評価すれば、非効率とも言えただろう。

 一方で、セオリーを無視してこだわりを貫く遊び方に、一種の誇りすらも感じていた。


「また新しい任務か。やれやれ、勇者サマは忙しいな……」


 主人公たる勇者「ドスケベ催眠おじさん」は、怪物を倒し、賊を退け、邪竜を調伏し、滅びかけた国を再興して。


「出たな魔王。オープニングムービー開始直後に秒で死んだ両親の仇、今ここで……!」


 最後のボスである魔王に勝利しても、まだ飽き足らず。


「邪神ヒュプノス? ドスケベ催眠おじさんの前で眠りの神(ヒュプノス)を名乗るとは、いい度胸じゃん……」


 メインストーリークリア後の裏ボスと呼ばれる存在すらも、何かと因縁をつけて千回ほどボコした。

 彼は屈折したユーモアを抱きながら、同時に、純粋にゲームを楽しむ少年の心も持ち合わせていたのだ。

 だがしかし、催眠には覚醒がつきもの。熱に浮かされたようにロールプレイに興じていた男は、ふとしたきっかけで正気に戻る。

 それはヒュプノスいじめにも飽きてきて、久々にのんびり散策でもしようかと、何気なく、そこらへんの村娘Aに話しかけたときのことだ。

 画面に表示されたセリフに、言葉を失った。


【私はヒュプノスの魔の手から命を救っていただいた者です】

【ありがとうございました! ドスケベ催眠おじさん様!!】


 なんのことはない、ただ「ヒーローに感謝する一般人」というワンシーン。ゲームの制作者も、そこに特別な意味は込めておらず、ありがちな定型文の一部に、主人公の名前を表示させる処理を組み込んだに過ぎないだろう。


 だからこそ心に突き刺さる。


 他意はなく、ひたすら純粋に、いかにも無垢な少女といった様子の愛らしい女の子が、満面の笑みを浮かべて


【ドスケベ催眠おじさん様!!】


と言ったから。

 彼の胸の奥に残っていた、純粋で柔らかい部分に、同じく純粋な村娘Aの笑顔がクリティカルヒットを仕掛けてきたのだ。


 操作キャラクター以外のゲームの世界の住人――N(ノン)P(プレイヤー)C(キャラクター)は、あらかじめ設定された文言を出力しているに過ぎず、主人公の名前や容姿に疑問を抱くことはない。

 世界を救った勇者が「ジョニー」でも「うんこマン」でも「ドスケベ催眠おじさん」でも、NPCは変わらぬ敬意をもってプレイヤーの分身を迎え入れる。

 ついでに言えば、名前に含まれた「さん」が既に敬称であることも知らないので、律儀に「様」をつけてしまう。

 当然、NPCは、ストーリーの文脈上そういう展開になった場合を除き、主人公の容姿を馬鹿にすることもない。むしろ英雄であることを鑑みてカッコイイとか麗しいとかベタ褒めしてくる。

 村娘Aにとっては、常時いやらしい笑顔を浮かべる脂ぎったハゲデブおじさんこそが命の恩人であり、憧れのスターなのだ。

 彼が主人公をそういう風に「作った」せいで、そう強制されてしまったのだ。


「僕は……なんてことを……」


 はじめは楽しかった。ストーリー中、苦境に立たされた戦友たちが


【次はどうする? ドスケベ催眠おじさん】


とか


【信じてるぜ、ドスケベ催眠おじさん!】


とか


【あたしの秘密、ドスケベ催眠おじさんになら話してもいいかな……】


とか、とか、とか――クソ真面目な顔してドスケベドスケベ連呼しているのがたまらなくおかしかった。

 中盤以降は慣れもあり、ドスケベ催眠おじさんという文字列に何も感じなくなって、終盤にはむしろ実はちょっとかっこいい名前なんじゃないかと錯覚するくらい感覚が麻痺していた。


「こんな純粋な女の子に、ドスケベドスケベ言わせて、キャアキャア喜んで……」


 男は自らの行いを恥じた。まるで、夜遅くまでだらだらとテレビを見ていて、さあ寝ようと電源を切った瞬間、急激に襲ってくる無慈悲な静寂のように――ガツンと後頭部に効いてくる虚しさが、彼の羞恥心を呼び覚ました。


「もう、終わりにしよう……」


 男はゲーム機の電源を切った。こまめにしていたセーブデータの保存も、今回ばかりはナシ。村娘Aとのやりとりは、無かったことにしたかった。

 彼はそれきり、そのゲームに手をつけることはなく、部屋の片隅の段ボール箱に封印した。




◎ ◎ ◎ ◎ ◎




 現実世界の彼自身は特段スケベでもなく、犯罪的な催眠願望があるわけでもない。その後はごく一般的な社会生活を送った。

 違うゲームをしてみたり、労働の忙しさに呑まれてみたり。

 人並みに遊び、人並みに働いた。

 人並みの幸福と、人並みの苦痛を経験し。

 そしてとうとう――人並みの寿命を迎える。


 あのとき遊んでいたゲームのことは、たまにふと頭をよぎり、時間差で襲ってくる恥に悶絶する程度で、いつしか忘却の彼方へ押しやられていた。

 だのに、なぜか今際(いまわ)(きわ)、まさに寿命が尽きようとするそのとき、無性にあの日のトラウマが心を揺らした。


【ドスケベ催眠おじさん様!】


 村娘Aの言葉が、その文字列が、脳裏に染み付いて離れない。

 男は願った。ああ、叶うならば、次はもっとマトモな、徳の高い人生を歩めますよう。NPCにドスケベ言わせてゲヒゲヒ笑ったりしない、立派な人間になれますよう……。


 そして鼓動が止まって、彼は死んだ。


 恥と後悔に濡れた魂は、輪廻の川に乗り、あるべきところへ、次なる生へと流れてゆくのだった。

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