何度忘れられても僕は君に告白する
短編は初めてだから大目に見てください
それは春が終わる五月下旬だった。今年高校生になった僕は見事に友好関係を築くことに失敗した僕は一人空しく屋上に忍び込んで弁当を食べていた。本当は立ち入り禁止だけどどうせバレないから毎日ここで昼を過ごしてた。
今日も一人屋上に向かった。いつもと変わらない光景だったはずなのに今日は先客がいた。屋上から見える街並みを眺めていた彼女は開いた扉の音で僕に気付いて振り返った。その瞬間僕の感じる時間がとてつもなく遅くなったことを実感した。
まるで存在が消えそうな華奢な線の細い体。眠そうな垂れた瞳。肩辺りまで伸びた艶やかな黒髪。彼女の姿に目が離せない。もしかしてこれは―――
「こんにちは。何処かでお会いしましたっけ?」
僕の思考は彼女の蝸牛みたいにゆっくりした声にかき消されて霧散した。
「あっ……えっと、初対面だと思いますけど」
女子との会話なんてしたことのなかった僕は緊張でドキドキしながら言葉を返す。でも多分それだけじゃないのだろう。
「そうですか……私はワスレナイロハっていいます」
「ワスレナイロハ?」
つい聞き返してしまった。ワスレナイロハ?だめだ。全く感じが分からない。
「こう書くんですよ」
僕の様子を見てかワスレナイロハさんはスマホに打ち込んで見せてくれた。
『勿忘 彩葉』
聞いたことのない苗字だった。そんな僕をみて勿忘さんはいたずらの成功した子供みたいに、でもゆっくりとクスクス笑っていた。
その笑顔を見て確信した。僕は―――
「好きです!付き合ってください!」
「はい?」
ん?僕今なんて……?
「いきなりすいません、一目惚れしました!すごい迷惑な話だと思いますが良かったら僕と付き合ってください」
ほ、ほんと僕何言ってんの……!?
勿忘さんを見ると複雑な顔をしていた。嬉しそうに、でも、悲しそうな、そして申し訳なさそうなとっても複雑な。
「とっても嬉しいけど……ごめんなさい」
「そうですよね」
フラれた。当たり前のことだった。でも一目惚れというのは厄介みたいでこの気持ちは暫く消えそうにないかも。
でも勿忘さんは言葉を続けた。
「私は何でもすぐに忘れるから……君も私と付き合ったらきっとつらい思いをすることになると思うのだから―――」
「付き合ってください!僕は絶対につらくならないから!」
勿忘さんの断った理由は僕を案じてのことだった。それなら僕は絶対に告白を押し通さないといけない。衝動で告白したけどこの瞬間を逃したらもうチャンスは無いと思ったから。
「いつまで続くかは分からないけど、君が後悔しないなら付き合ってください」
「忘れてたけど僕の名前は立花洸太。よろしく」
この日僕には人生初の彼女ができた。そしてとても濃い日常が始まった。
翌日彼女は僕のことを忘れていた。どうにかして思い出してもらったけど、確かにつらかった。昨日と同じように告白したら思い出してくれた。
次の日は僕の名前は覚えていてくれた。こうして同じことを繰り返す日々が始まった。
休みの日には外へ出かけてまた告白する。学校でも毎日屋上で告白した。毎回必ずフラれることはやっぱりなれないけどそんな毎日のお陰か、付き合って二ヶ月。勿忘さんは僕の名前を憶えてくれた。
まだ、付き合っていることは覚えていてくれないけど名前を憶えてくれたんだ。いつかきっと覚えてくれる。そう信じて僕は毎日告白し続けた。途中からクラスメイトに僕の行動を咎められてちょっとした騒ぎになったこともあったけど今は皆事情を分かってくれて次第に僕の告白はクラス名物になっていた。
そして一年が経った。
「勿忘さん。あなたが好きでした。僕と付き合ってください」
「わたしも君の真っ直ぐな強さが好きだと思う。もう今度は忘れない。よろしくね」
僕の恋は実った。
※
「障害?」
「あの子は昔クラスメイト……いや、親友に殺されかけたんだ。その時に身体が人を信じることを辞めたんだろうね。あの子は依存しやすい子だから尚更後遺症が酷かった。そんなあの子が彼氏を作った。とても喜ばしいことだよ」
彩葉さんのお母さんに挨拶に行った時に聞いた忘れやすさの真実を知った。彩葉さんが心の奥に閉じ込めて忘れた未だ治らない傷のことも。
※
月日が経って僕たちは三年生になった。彩葉と知り合ってから早くも二年が過ぎようとしていた五月中旬。彩葉の家でご飯を食べることになって二人で手をつないで帰路に着いていた。
「今日は、わたしが君の好きなハンバーグを作るね」
「ありがとう。すごく楽しみだ」
相変わらず眠くなりそうなゆっくりした声は楽しそうだ。それに心なしか最近は何かを忘れることがなくなっていた。伊那さん(彩葉のお母さん)は心の傷が癒えてきているからだろうと涙ぐんで喜んでいた。
「それにしても、もう三年生か」
「進路は決まった?」
長い様で短い二年が過ぎていた。これからは自分が進むべき道を見据えないといけない。特に大切な彼女といられるように頑張らないといけない。
「いや―――」
「きゃあああああぁぁぁああっ!!」
「どけっ!!殺すぞ!!」
返事をしようとした瞬間騒ぎが起きた。そして正面から包丁をもった男がこちらに向かって走ってきた。通り魔、強盗といった言葉が頭に浮かぶ。でもその言葉は一瞬で吹き飛んだ。その男は僕を―――いや、彩葉を見据えていた。その距離はもう二歩も進めば彩葉に届く程だ。
その包丁が彩葉を―――捉えるギリギリで包丁は僕の腹に突き刺さった。
「嫌ぁぁぁああああああっ!!」
「こっちだ!!取り押さえろ!!」
腹が熱い……男は取りすがりの人達が取り押さえていた。彩葉は……。
「洸太っ!!洸太!!しっかりしてっ!!」
無事だったみたいだ。よかった怪我がなくて。
「だ、大……丈夫だか……ら、ね。彩葉が……無事で……良かった……よ」
「もう喋らないでっ!!すぐに救急車が来るからっ!!」
ああ、泣いちゃだめだよ……せっかく可愛いのにもったいない。
「……太っ!!ね……洸……」
声が遠のいていき僕の意識は闇に飲まれていった。
※
規則正しく鳴る電子音のなか一人の男の子が死んだように眠っている。彼がこうなったのは一年前。交際を始めてから二年を回ろうとしていた日の事だった。
あの日楽しく帰路に着いていた私たちは通り魔に狙われ、彼に守られた。でもそのせいで彼は生死の境をさまよい一度主治医から別れを覚悟するよう言われたこともあった。あの日の事は忘れることができない。近頃はようやく落ち着いてきた彼の体調は快復に向かっているらしい。
今日は彼氏である洸太の誕生日だった。でも今日も彼は目を覚まさなかった。彼のご家族と私と母さんも彼の誕生日を静かに祝った。
今日は誕生日だから笑っていた。とても苦しかったけど笑っていた。あの日彼が眠りについてからの日々は味気なくてつまらないものだった。
「もう、みんな帰ったから泣いてもいいよね?君の前なら今日だけでも泣いていいよね?」
寂しかった。辛かった。苦しかった。そんな気持ちが嗚咽になって零れた瞬間―――
「んっ……」
「え……?」
まさか。洸太の顔を見るとゆっくりと、でも確実に瞼が開いていった。寝ぼけた子供の様に曇った瞳を私に向けると
「誰?……すごく大切な人にそっくりな人だけど……いや、彩葉?」
少し失礼な、でも彼らしい言葉を聞いた途端決壊したダムの様に涙が零れる。言葉もぐちゃぐちゃになって役割を果たせなかった。そんな私を洸太は抱きしめて私が落ち着くまでずっとそうしてくれた。
「ぐすっ……おかえり……洸太」
「ただいま、彩葉」
そのご私が落ち着いてからナースコールをして大慌てで先生たちがやってきた。ナースコールを忘れていたことに先生から注意されてしまったけど洸太はあと少しで退院できるとのことだった。
「退院したらハンバーグ作るから」
「あはは、食べられるかな」
談笑を交わしながら私は洸太がいなかった日々がもう来ないことを祈った。
※
「おとうさん、おきてーーっ!!」
目を覚ますと娘の光が腹の上に跨っていた。妻とそっくりな目元をしたちょっとわんぱくな娘は今日の外出をとても楽しみにしてたのだろう。いつもは寝坊助なのに楽しみなことがあると途轍もなく早起きになる。
「本当、誰に似たのかな」
「そんなところが可愛いの、私たちの娘は」
思わず呟いた言葉に重ねるように彩葉が変わらずのゆっくりした言葉で相槌を打った。
あの日目覚めた僕は過酷なリハビリを終えてから失った日々を取り戻すように半年を彼女と楽しんだ。そしてやっぱり変わらないのだ。この気持ちは。
だからだろうか。特別なプロポーズじゃなくて僕たちがいつもしていたように、僕たちらしくあの日々の延長線のように僕はプロポーザルをした。彩葉は目に少し涙を溜めて笑顔で受け入れてくれた。
「さて、出かけようか?」
「そうしようかな」
笑いあって玄関に向かう。そこには待ちくたびれた光が腕を組んで仁王立ちしていた。
「遅ーーいっ!」
「ごめんごめん。それじゃあ行こうか」
「うんっ!!」
これは僕が何でもすぐに忘れる女の子に一目惚れして忘れられないように何度も告白を繰り返した僕が今も紡いでいる物語です。
読んでくれてありがとうございました。
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