第三十一話 クレイーノ・ローゼンベルグ⑨
「くっ……! なんだこれは!」
突如発生した謎の光によって視界を奪われたクレイーノは、その場でバランスを崩してしまう。
目を瞑っていたエリックは光が収まったのを確認し、肩と掌の傷がひどく痛んだが、何とか右腕だけで立ち上がる。
そして、目の前で目を覆っているクレイーノに向かって片腕だとうまく支えられないほどの重さの剣を何とか持ち上げると、それを力いっぱいクレイーノへ振り下ろした。
「うあああああ!」
エリックが叫ぶと、そのまま彼の振り下ろした剣はクレイーノの軽量な鎧の隙間を通って、彼の首筋を切り裂いた。
一瞬何が起きたか分からないクレイーノだったが、首筋に走る強烈な痛みに思わず膝をつき、咄嗟に痛む首を手で抑える――手の隙間からは、とてつもない勢いで鮮血が迸っていた。
ビイイイイイ
ブザーに似た音がクレイーノの持つ円筒状の物体から鳴り響くと、彼の体表に無数の六角形の光が展開され、それとは違う優しい光が彼の首筋で揺らめいていた。
どうやら、クレイーノが所持していた『自動治癒機』が作動したようだ――つまり……
「そこまで! 勝者……エリック・テンダー!」
立ち会っていた騎士科教員のウィリアムズが声を上げると、会場からは大きな歓声が沸き上がった。
「すげー! 騎士科の六年生を三年が倒しちまった!」
「過去一番の下剋上なんじゃないか!? こりゃ大ニュースだろ!」
観客たちが喜んでいる中、モビーを先頭にアルジーノ一行はエリックの下へ駆け寄っていた。
既に『決闘』に立ち会っていた別の教員に治癒術を施され、ほとんど出血は止まっているようだった。
「エリック! 大丈夫か?」
モビーが駆け寄ると、エリックは弱々しくも誇らしげな笑顔を浮かべる。
「すげーよエリック! 本当に勝っちまうなんて……!」
ジョンも腰を下ろしエリックの足を叩くと、その隣へ立ち上がったクレイーノが歩み寄ってきた。
「貴様……! 最後のあの光はなんだ!」
教員の治癒術によって回復したエリックは、立ち上がってクレイーノに自分の右手首を見せる。
「これは……!」
彼の手首には革製の腕輪が付いており、その表面には透明な卵型の物体が割れた状態で付いており、周りには灰のようなものがこびりついている――『決闘』の最中にエリックが盾の内側に忍ばせていた透明なボールと同じものであると直感的にクレイーノは察する。
「くっ……! 最初からこれを作動させるつもりで……!」
「いえ、これはあくまで最後の手段だったんです。昨日の練習の最後、万が一盾に仕込んだ閃光弾での不意打ちが失敗した場合、どうするかを考えていた結果、これに辿り着きました」
エリックが振り返ってミアを見ると、彼女も笑顔で頷いている。
「あなたは僕が地面に手を付いている時、必ず手首を踏みつけてきた。食堂で兄さんに対しても同じことをしていた――だから、この『決闘』でも、地面に倒れた僕に対して同じことをしてくるかもしれないって思ったんです」
「そのことを聞いた私は、相手に悟られないような小型の閃光弾を急遽作って、それを彼に装備させた。剣で斬られて傷ついていたのに、それを踏ませるために先輩を挑発し続けるなんて……本当に大した役者よ、あなたは」
ミアが嬉しそうにエリックの肩を叩く。
「貴様……! 騎士科を目指す者が、こんな姑息な手を使い勝利するなど……恥ずかしくないのか!」
負けた腹いせでエリックに対して罵声を浴びせるクレイーノにすかさずミアが言い返す。
「あら、『騎士の品格とは、その人物が持つ強さのこと』、なんでしょ? 彼に負けたあなたこそ、騎士としての品格を持ち合わせていないんじゃないかしら?」
普段の冷静さを失っているクレイーノは、ミアの言葉でさらに頭に血が上り彼女に対してさらに言い返そうとするも、ウィリアムズが割り込んでくる。
「お前たち、もう『決闘』は終わったんだ。これ以上の言い争いは無用だ。クレイーノ・ローゼンベルグ、勝者エリック・テンダーへの報酬として、今後一切、彼とその兄に関わることを禁ずる――これは学園命令だ。いいな?」
「くっ……!」
クレイーノは悔しさで歯を食いしばると、エリックの方を睨みつける。
「返事をしろ、ローゼンベルグ。この条件を呑めないのであれば、停学期間を設けることになるが?」
ウィリアムズが強い口調で返事を促すと、クレイーノは拳を握り締めながら――はい、と小さく答えた。
「『決闘』は終わりだ! 全員、速やかに会場から出るように!」
そう言ってウィリアムズが去っていくのを見送ると、エリックやアルジーノたちも、クレイーノを置いてその場を後にするのであった。
決闘が終わった晩のこと、アルジーノが屋敷の門をくぐると、そこにはクレイーノとその取り巻きの姿があった――どうやら、アルジーノを待ち伏せしていたらしい。
「おかえり、アル――俺がバカだったよ。最初から『決闘』なんて回りくどいことをしないで、力づくでお前の口から話させれば良かったんだ」
クレイーノがそう言うと、彼の取り巻きが二人アルジーノの前に立ち塞がる――おそらく、彼の仲間の中で一番魔法を得意としている人物たちなのだろう。
「兄上……あなたが『決闘』で負けた以上、俺の秘密をあなたに教えるつもりはない」
「勘違いするな、アル。ここは学園じゃない……『決闘』の結果など、意味を成さない。それに、学園外であるなら、こちらから手を出そうと問題ない」
クレイーノが話す間、立ち塞がった二人はポケットから杖を取り出してアルジーノに構える。
キングーノを倒しているために警戒はしているのだろうが、ニタニタ笑っている彼らの表情から自分たちが負けるはずがないと考えていることが透けて見える。
「悪いな、アル。俺だって、美術室事件の救世主様を痛めつけるなんて真似はしたくないんだが、最近のお前の行動は目に余るからねぇ。ちょっと躾をするだけだ。悪く思うなよ」
――殺さない程度に痛めつけろ、とクレイーノが言うと、杖を構えた二人が同時に呪文を詠唱する。
「――『乱炎塊』」
「――『乱電塊』」
二人の周囲にいくつもの炎と雷の弾が生成されると、それらはアルジーノへ向かって飛んでいく。
呆れたように杖を取り出したアルジーノが『障壁』を詠唱すると、巨大な六角形の光がいくつも生成され、アルジーノの周囲を取り囲み回転する。
その光に弾かれ、炎と雷の弾は地面やら空やらへ逸れていく――地面にぶつかった衝撃で土埃が舞い、近くにいた二人の取り巻きは思わず目を閉じる。
クレイーノのところからもアルジーノと仲間の二人が見えなくなるほど土が舞ってしまったが、少しすると、その中にアルジーノの周囲を囲う光がぼんやりと浮かび上がる。
「勘違いしているのは、兄上の方だろ」
「なに……?」
「――『障壁』」
クレイーノが返事をするや否や、アルジーノの前に立っていた取り巻き二人の体が大きく宙を舞った。
「ぐあっ!」
そのまま二人はクレイーノの隣に立つ別の取り巻きたちのところまで飛ばされ、ぶつかった衝撃で彼らは地面に倒れ込んでしまう。
――なんだ……詠唱したのは防御魔法のはず……
不審げにアルジーノを見つめたクレイーノは、彼を囲っている光の壁が変形し、前方へ大きく伸びていることに気づく――おそらく弟は、『障壁』によって生成した防御壁を変形させて二人のこと殴り飛ばしたのだ。
――そんなバカな……物理攻撃に転用可能なほどの早さで『障壁』を変形させたというのか……。 そんなことができる魔法師……今まで聞いたことが……
「兄上の言う通り、ここは学園じゃない――つまり、普段はあんたの仲間の親に圧力をかけられ、仕方なくあんたらを守っている教師たちもいない」
アルジーノに吹き飛ばされた仲間はすぐさま立ち上がると、すぐさま追加の攻撃魔法を詠唱する。
しかし、飛んでいく攻撃はいずれもアルジーノの『障壁』によって阻まれ、さらには高速で伸縮するそれは仲間たちを次々と物理的に殴りつけ、いつの間にかクレイーノの周りにはボロボロになった彼らが地面に倒れ込んでしまっている状態であった。
「忘れるな――あんたたちの天下は、大人に守られたごく小さな世界の中でだけ成り立っていたってことを」
「アル……! この間まで落ちこぼれだったお前が、魔法を使えるようになった程度で調子に乗るなよ!」
そう言ってクレイーノは剣を抜くと、それと同時に『障壁』を詠唱する――すると、アルジーノの生成しているものと同じ六角形の小さな光が剣の柄から無数に生成されていき、やがて刀身すべてを覆いつくした。
「『障壁』は別に、お前の専売特許じゃないんだよ!」
そう言って『決闘』の時と同じように剣を脇に構えて低い姿勢を取ったクレイーノは、アルジーノを斬りつけようと素早く一歩を踏み出す――『決闘』の際には使用していなかったが、彼は剣に『障壁』を纏わせるこの技で、自分と相性の悪い魔法師からの攻撃を巧みに防いできていたのだ。
しかしその直後、アルジーノが『障壁』を詠唱すると、クレイーノの直上からまっすぐ背中へ光の柱が伸びてきたかと思うと、そのまま光に押され地面へと叩きつけられてしまったのだった。
「ぐっ……」
腹部を強く地面に打ったため、微かな呻き声を上げることしかできない――いつの間にか、クレイーノたちはアルジーノに『障壁』のみで制圧されてしまったのだ。
痛みで立ち上がれないクレイーノを見下しながら、『整理整頓』を詠唱して庭を元の状態に戻したアルジーノは、そのまま屋敷の中へと帰っていく。
ついこの間まで一切魔法を使えない無能な弟に、たった一撃――それも本来は防御魔法であるはずの『障壁』によって成す術もなく倒されたクレイーノは、悔しさから血がにじむほどその拳を握り締めるのだった。
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