第21話 目覚めてみると?(2)
(うぅ、うううっ。ほんまに背中が痛い……。痛いのぉ……)
僕は、エルに殴られた背中が、じんじんと熱を帯びていた。
布団の上で暴れ回ったせいで、部屋の空気は妙に温かい。
冬の朝の湿気とは違う、どこか人の気配が濃く残る温度だ。
僕はゆっくりと上半身を起こし、隣の布団を見た。
そこには――
顔を真っ赤にして布団に潜り込み、笹耳だけがぴょこっと飛び出している、僕が最初異世界の《《精霊種のエルフ》》ではなく、《《金星人》》だと勘違いをしたエルがいた。
「……エル?」
返事はない。
布団の中で、彼女の肩が小さく震えているのが見える。
怒っているのか、恥ずかしがっているのか。
そのどちらもありそうで、僕は思わず苦笑した。
昨晩のことは……正直、僕も混乱している。
魔王だと言われてもピンとこないし、異世界の勇者が僕のアパートで目覚めている状況も理解が追いつかない。
でも――
「エルを大事にするって言ったのは、本気だぞ!」
そう口にすると、布団の中のエルがぴくりと動いた。
笹耳が、ぴん、と立つ。
「……っ……う、うるさい……」
布団の中からくぐもった声が返ってきた。
怒っているようで、泣きそうで、照れているような、不思議な声……
僕はそっと布団の端に手を置いた。
「昨日のこと、混乱してたのは分かる。でも……俺はエルを守るって決めたんだ」
「決めるな……勝手に……」
「勝手じゃない。エルが言ったんだろ? 俺に守ってほしいって」
「言ってない……!」
「言ってた」
「言ってない!」
布団がばさっと揺れ、エルが勢いよく顔を出した。
真っ赤な頬!
潤んだ蒼い瞳!
怒りと羞恥が入り混じった、勇者らしからぬ弱々しい表情!
その姿に、僕の胸がどきりと跳ねた。
「……あれは……魔王に敗北したから……仕方なく……!」
「じゃあ俺は魔王ってことでいいんだな?」
「よくない!!」
エルは慌てて否定し、布団を抱きしめるように胸元を隠した。
その仕草が妙に可愛くて、俺は思わず笑ってしまった。
「何がおかしい!」
「いや……エルって、勇者なのに、すごく人間らしいんだなって」
「……っ……!」
エルは言葉を失い、笹耳をぺたんと伏せた。
怒りがしぼみ、代わりに照れが広がっていく。
その変化が、たまらなく愛おしい。
「エル。俺は魔王かもしれないし、違うかもしれない。でも――」
俺はゆっくりと手を伸ばし、彼女の頭の上の笹耳に触れないように、そっと距離を詰めた。
「昨日のことを後悔してほしくない」
「……っ……な、何を……」
「エルが俺を信じてくれたこと。俺を選んでくれたこと」
「選んでない……!」
「選んだ」
「選んでない!!」
エルは必死に否定するが、その瞳は揺れていて、布団を握る指先は震えていて、どう見ても《《選んでしまった人》》の反応だった。
僕はそっと笑い、言った。
「じゃあ、選ばせるよ。これから」
エルの瞳が大きく揺れた。
「……っ……な、何それ……」
「俺が魔王でも、ただの人でも。エルが安心できるように、ちゃんと証明する」
「……証明……?」
「そう。エルが俺のそばにいてもいいって思えるように」
エルは言葉を失い、ゆっくりと視線を落とした。
その頬は、朝日よりも赤く染まっていた。
「……ばか……」
小さく呟いたその声は、怒りでも拒絶でもなく――どこか甘く、弱く、揺れていた。
僕はその声を胸の奥でそっと受け止めた。
アパートの朝は、静かで、温かくて……異世界の勇者と魔王(?)の奇妙な生活が、ゆっくりと始まっていく気がした。
◇◇◇




