見繕いましょう、銃も服も
「事情は分かりました。銃をお売りしましょう」
私は店の中で窮屈そうに立っている少女に答えると、カウンター横の椅子を勧める。
少女は大人びた服装をしているが、学生だろう。
シンプルな黒いワンピースを着て、エナメルのパンプスを履いているものの、髪は赤系のブリーチヘアで、ネイルのエクステンションも付けたままだ。
「良かった」
椅子に座った少女は、険しい表情を崩して安堵を見せる。
「当店は看板を出しておりませんが、警視庁登録の銃器取り扱い店です。正当防衛・自力救済の範囲内で銃をお売り出来ます」
カウンター背後に掲げられた登録証を見せながら、私は説明した。
私の名前は、渡 加奈子。若く見られるが三十に近い。下北沢に店を構えて女性向けの服を商っている。
店と言っても、五メートル四方の小さなお店だ。駅から少し離れているので、繁盛しているとは言えない。
銃器商はあくまで副業である。日本政府による銃政策の百八十度転換を受けて、免許を受けた。
二十一世紀中盤、日本の警察力は崩壊して、個人による正義の執行、すなわち自力救済を許容せざるを得なくなった。
自力救済とは、決闘、仇討ちの類いを示す。銃の解放もその政策の一環だ。
「はい、そう紹介されて来ました」
「そう。お名前を伺ってよろしいですか?」
「北沢高校三年生の片桐 花梨です」
「ようこそ、片桐 花梨さん。店主の渡 加奈子です」
私は花梨と自己紹介を交わす。
紹介者の見当はそれとなく付いた。北沢高校ならば私の天敵とも言える銃器マニア、菅生 毬藻に唆されたのであろう。
「あの、それで、これだけで買えますか?」
花梨はスマートフォンで口座残高を表示した。
「高価な銃は買えないですが、十分足りるでしょう」
二つの大国で内乱が収まりかけている今、高価では無い銃は溢れている。
「狙撃銃が欲しいのです」
花梨は銃器の希望を述べた。狙撃銃は初心者が好む銃だが、万人に適しているとは言えない。第一、精度の良い狙撃銃は高価な銃の一つである。
「〈先輩〉を倒したいのですよね」
私は先ほど聞いた事情の中から、彼女に探りを入れた。
「必ず一撃で倒したいのです」
花梨はそう念を押す。
彼女が一撃に拘るのには、何か事情が有りそうだ。
「お客様、失礼ですが、小銃実習の成績は?」
最近は高校で銃の撃ち方を習う。
もちろん成績が良ければ軍や警察からリクルートが有る。
「五点満点の四です」
「残念ですが、四では難しいでしょう」
私は花梨にダメ出しをした。
四ならば軍や警察からは重宝されるだろうが、狙撃手・選抜射手はさらにその上、選ばれし者の世界である。十分な成績では無い。
「やはり駄目ですか」
「一撃で倒す事に拘るのならば、得物は別の方がよろしいかと」
彼女も予想していた事なら、なおさら狙撃という手段は避けた方が良いだろう。
「ならば小銃でなんとかして狙い撃ちして……」
「傷付けたく無い誰かが、〈先輩〉の側に居るのではありませんか?」
私はこれまでの話から憶測を述べた。
彼女は余りにも狙撃に拘り過ぎている。
「!!それは」
花梨は動揺して返答がうわずった。
予想した通り、彼女の復讐は〈先輩〉を倒しただけでは完了しない。
「近距離からの射撃にしましょう」
私は店に有る銃器の在庫をiPadで確認した。
副業なので、種類や数は多くは無いが私が選んだ物が揃っている。
「美奈に顔を見られたく無い」
花梨は近距離射撃に難色を示した。
商人としてそこまで深入りする事では無いが、何やら情のもつれを感じる。
「そうですか。一人の時を狙うのならば、選択の幅も広がります」
自力救済にほど遠いが、私は闇討ちを提案した。
「それじゃ意味が無い」
花梨は椅子に座ったまま前傾姿勢になって、そのまま頭を抱える。
彼女の望む最適解は、闇討ちと狙撃の間に有るらしい。
闇討ちも狙撃も、自力救済においてはグレーな行使手段に入る。
「お客様、銃を使わないのが一番です」
私は、自力救済という問題解決手段の大前提を花梨に諭す。
多くの無辜の民にとっては、被害に遭っても泣き寝入りするのが最適解となる。
「でも、もう果たし状送っちゃったし」
花梨は大事な事をしれっと後で言う。
果たし状というのは自力救済プロセスにおいて、裁判所が発行する通知書類を示す。
通告して一年の間に、正当な方法で相手を倒せば罪には問われない。もちろん相手は反撃する権利を持つ。
自力救済は、名誉の回復機構だ。勝ってこそ名誉は回復されるが、負ければ恥の上塗りになる。ましてや何もしない訳には行かない。
「ならば、確実な方法を取るべきでしょう」
「美菜、ごめんね。美菜の大事な人を奪うのだもの、二人で居る所を襲撃するのに顔を見せないのは卑怯だよね。でも、きっと怖がられる」
花梨は、力の行使者として自らを美奈さんに見せつけつつ、暴力的な自分を見せたくは無いのだ。
理解出来ない事も無いが、花梨の姿勢は自力救済としては余りにも甘い。
「お客様、銃が決まりませんので、先に服を見繕いましょうか」
私は花梨に提案すると、店内に所狭しと吊ってある服の間を巡る。
「服?」
彼女はキョトンと狐につままれた顔をした。
「当店は服屋です。銃も選びますが、服も選ばせてください」
「いえ、今日は服は……」
花梨は慌てるが、私は構わず服を何点か手に取り、ハンガーラックに掛ける。
「本当に引き金を引きたいのなら、これが似合うでしょう」
私は、白地に赤のラインが入った半袖ワンピースを、ラックの前面に掲げた。
作りの良いお気に入りの商品だが、派手過ぎるのが嫌われてあまり出ない。
「そんな、銃はどこに隠すの?」
花梨の狼狽に、私は手を横に振る。
「隠しません。先制して撃つだけです。大型拳銃が良いでしょう」
私は銃を握った振りをして顔の横に構えた。
「相手との和解を視野に入れるならば、これが良いでしょう」
次に取り出したのは、サロペットにボーダーの長袖シャツ。
「子供っぽい気がする」
「背伸びしなくなるだけです」
「銃はどこに」
「胸ポケットに。見せ銃ならリボルバーが映えるでしょう」
「まるで、デートの服を売るみたいに、銃を売るんですね」
花梨は口を尖らせて、不信感を露わにする。
信じて貰わなくとも構わない。私は助太刀出来る訳では無いのだから。
「服屋で銃屋ですから」
「私を試してるの」
「違います。覚悟を商っているのです」
私はポーズを取って、言い切った。
くさい台詞だ。それでも私は自分の客から無様な敗残者を出したくは無い。
「……」
「如何ですか?」
「……ワンピースの方を頂戴」
花梨は選択した。彼女は決着を付ける。
「では、銃を決めましょうか」
私は店の奥に入りガンロッカーを開けると、軍用拳銃三丁と弾薬を取り出す。
店内に戻ると、服を選びに女性客二名が入ってくる所だった。
「いらっしゃいませ」
私は愛想良く笑うが、女性客は無骨な拳銃の箱にギョッとする。
気にせず、私はカウンターに銃を乗せた。
二つの商売が時に相容れない事は覚悟している。その上で私は、銃を商う事を選んだのだ。
一個目のガンケースを開けると、花梨に銃を手渡す。
「SIG SAUER P320、9mm口径の弾丸を十七発撃てます」
アメリカ北軍の制式拳銃であり、内戦の勝者がほぼ決した現在、生産し過ぎた銃が大量に民間市場に流れてきている。
「やっぱり重たい」
花梨は両手で拳銃を握って、射撃姿勢を取った。
教えなくても拳銃を構えたと言う事は、菅生 毬藻に習ったのだろうか。
「弾丸が入るともっと重たいですよ」
「弾は十七発で足りるの」
「近付いて撃てば、十分過ぎます。撃ち合いになれば逃げた方が良いでしょう」
二個目のガンケースは日本語が書かれてたパッケージだ。
開けると、綺麗に印刷された日本語の取扱説明書も見つかる。
「H&K SFP9、9mm口径の弾丸を十七発撃てます」
軍の正式採用拳銃と同じ物で、日本国内の流通量が一番多い。
「さっきのとどう違うの」
花梨は首を傾げながら、拳銃を取り出す。
「少し小型です。日本語サポートが充実していますが、その分多少高価です」
「先輩を確実に倒せれば、サポートなんて要らない」
「SIGの銃も、完全日本語化されていないだけで代理店のサポートは有ります」
三個目は何も印刷されていないガンケースだ。
「さっきと同じヘッケラーだ」
花梨は怪しい事情を感じたのか、三個目の拳銃には手を触れない。
「アメリカ南軍使用のH&K VP9。北軍による鹵獲品ですが、輸入元は修理サービスを提供すると言っています」
「さすがに、怨霊が出てきそうでやめておく」
後は二丁の拳銃のどちらかを選ぶかだ。
「P320もSFP9も言うほど差は有りません」
「じゃあシグってのにする。手に持った感じがしっくりとする」
花梨のその言葉に私は商人として満足する。彼女が満足するであろう物を売る事が出来たからだ。
「分解組み立てをお教えします」
私は花梨の物となったP320を手に取る。外装はほぼプラスチックであり、手触りは頼りない。
「いいよ、毬藻に無理矢理教えられるから」
「左様ですか」
やはり毬藻案件だったようだ。
「マガジンが二個付属しています。弾薬は五十発以上お買い上げください」
私は本体に装填されてるマガジンを取り出す。
「弾を入れてみて良い?」
花梨はケース側に収納されていたマガジンを、興味深そうに眺める。
「そうですね。せめて扱い方は教えましょう」
私は、マガジンに十七発の弾丸を装填して、スライドを引く。
「セーフティーを解除して、引き金を引くだけで弾丸が出ます」
私は装填したP320を花梨に手渡す。
花梨はそれを構えて見せた。口元が少し笑っているようにも見える。
「弾丸を入れると重くは無いですか、お客様?」
「重いけど、当然の重さかなと思って」
花梨は武器の重さに耐えながら、唇を噛む。拳銃は、iPadよりはるかに重いのだ。
「そうですね。そう思います」
私が商っている物は、人を傷付ける道具だ。それは良く知っている。
「弾は四百発お願い。毬藻の特訓を受けなくちゃ」
どうやら、毬藻はこの少女にかなり肩入れしているらしい。
根っからの狩人である毬藻が、花梨を見出した経緯は分からない。
私も毬藻も力の信奉者だが、その道は交わっている訳では無い。
会計が済みワンピースと拳銃のケースを同じ袋に入れると、花梨に手渡す。
弾薬の残りは、宅急便で送付する予定だ。
「お客様に武運長久が有りますように」
私は、銃を売った時だけに言う言葉で見送る。
◇◆◇
「1030(ひとまるさんまる)、下北沢駅中央口、日向 真知子先輩と|篝〈かがり〉 美奈を発見、状況開始」
助太刀の菅生 毬藻はそう言うと、日向の護衛二名に向けて小銃を放つ。
周りから悲鳴が挙がり、昼前の駅入口から十数名の人が逃げていく。
血に飢えた特待生、毬藻の射撃は的確に護衛の足を撃ち抜いて無力化した。
不用心に下北沢の街に現れた日向は、京王線の敷地に逃げ込もうとしたが、護衛を失って足を止める。
赤いラインのワンピースを身に着けた片桐 花梨にとって、もう迷う事は何も無い。
花梨は、身を低くして突進する。
日向と三メートルの距離に近付いた時には、恐怖に足がすくんだ美奈以外誰も近くには居なかった。
抜き身のシグ拳銃のセーフティーを外すと、花梨は日向に二発、四発と弾丸を撃ち込んでいく。
気絶した日向は勢いよく道路に倒れ込み、ショルダーホルスターから小型拳銃が転がった。
「やめて、やめて花梨。私が悪いの」
座り込んで泣きながら美奈が謝罪するが、花梨は構わずに倒れた日向に六発、八発を撃ち込む。
「美奈、すべてが遅いんだよ。貴女達が裏切った時、私を屈辱した時、嘘を拡めようとした時、美奈は何もしなかったじゃ無い。その間に私は召喚状を送付し、果たし状を送っていた」
花梨は美奈に返答しつつも、リズムを取りながら二発ずつ日向に弾丸を撃ち込んだ。
「先輩が……先輩が……。何故私は果たし状の相手じゃ無いの」
「だって、それは」
花梨が最後の一発を日向に撃ち込むと、拳銃のスライドは後退したまま止まった。
美奈は小水を漏らしながら大泣きをし始め、花梨はそれを立ったまま見つめて、やがて嗚咽を上げた。
「治安危機特別措置法による特例自力救済の成立を宣言する」
毬藻が日向の護衛を武装解除をしながら、事態の収束を宣言する。
二ヶ月ほど、スランプに陥っていましたが、出せていなかっただけで書いてはいましした。
勇気を出してなろうに投稿する事にしました。
あと二万字ほどの小編二個、一万字ほどの小編一個もあるので順次出していこうと思います。
批評・酷評のほどお願い致します。