着信
「あれ…?」
なんだか、誰かの声が聞こえた気がした。
気のせいなのかもしれないけど、なんだか妙に引っかかる。
もうそろそろ話し合いも終わっただろうし、僕としては早く帰りたいところだけど、そうもいかないのは渚の買い物に少し時間がかかっているからだ。
「渚、早く戻ってこないかな…」
僕が今いるのは、家からほど近いコンビニの前である。
もう少しで家に着くところまできたところで、渚がここに寄っていきたいと言いだしたのだ。
すぐに買い物を終わらせるから待ってて欲しいと言われて待機しているわけだけど、少し時間がかかっているような気もする。
トイレにでもいっているのかもしれない。まぁこういうことで文句を言うわけにもいかないから黙るけど。
でもこれ以上かかるようなら、僕一人で家に帰ったほうがいいかも知れない。
(なんだか胸騒ぎがするんだよね…)
虫の知らせというやつなのだろうか。胸の奥がざわついて、やたら不安を煽ってくるのだ。
杞憂だったらいいのだけど、それが思いすごしに過ぎないかどうかは帰ってみればわかること。
ここは渚に一言連絡を入れて先を急ぐのもありなのではないだろうか。
「湊、お待たせ」
「あ、渚」
そう思っていると、どうやら渚が戻ってきたようだった。
片手にビニール袋を持っているが、そこそこ大きな袋だ。時間もかかっていたし、色々買い込んだのかもしれない。
「ごめんね、ちょっと時間かかっちゃった」
「それはいいんだけど…なにを買ってたの?」
「ん、まぁそれは色々とだね。湊ー、女の子の買い物を聞くなんて野暮だよー」
少し興味を持ったから尋ねてみたけど、僕の質問はあっさりとはぐらかされてしまった。
まぁそこまで本気で知りたかったわけじゃないからいいんだけど、こう返されると二の句が継げないな。
女の子はこういうところがずるいと思う。コンビニでの買い物だから、聞いてもさして問題ないと思うんだけど。
「まぁそういうことなら仕方ないけど…じゃあ早く帰ろうよ」
「そうだね、そうしよっか」
時間は多少食ったけど、帰れるならそれでいいか。
それ以上なにも言うことはなく、僕らは並んで歩き出す。
少しばかり早足になっているけど、渚もなにも言わずついて来てくれる。彼女も僕と同じく、不穏な空気のようなものを感じ取っているのかもしれない。
家に着くまで、僕らは互いに無言のままだった。
「着いたね」
「うん…」
それから数分も経たずに僕らは家へと辿り着いた。
何故だろう。見慣れた自宅のはずなのに、まるで牢獄かなにかのような、妙な息苦しさを感じている。
そんなはずはないのに、こうして玄関へと足を伸ばしても、嫌な予感が収まる気配がない。
むしろもっとなにか、良くないことが起こっている。そんな胸のざわつきが止まらないのだ。
「…………」
ゴクリと僕は唾を飲み込む。夏の暑さとは関係のない汗が、背中を一筋伝っていく。
「それじゃ、入ろっか…」
とはいえ、こうしていつまでも立ちすくんでいるわけにはいかない。
この中では夏葉さんが待っているのだ……それに、綾乃も。
覚悟を決め、僕らは家に入ろうとしたのだが、
「あ、ちょっと待って。今ちょっとスマホに連絡きたみたいだから、先に入っててよ」
渚は一度立ち止まるとそう言って、門扉のほうへと引き返していく。
あまりにもあっさりしたその姿に、僕は止める暇もなかった。
「あ、うん。わかったよ」
出鼻をくじかれた形になったけど、ある意味で緊張は多少ほぐれたかもしれない。
改めて覚悟を決めると、僕は玄関のドアへと手をかけた。
「ただいま。ふたりとも、帰ったよ」
そう言いながら、僕はゆっくりとドアを押し込んでいく。
外の明るさとは裏腹に、家の中はどうやら薄暗いらしい。影のコントラストがくっきりしている。
(おかしいな…)
家を出るときは電気をつけていたはずなのに。そもそもふたりがいるなら、つけていないはずが―――
プルルルル、プルルルルル
その時、スマホの着信音がどこからか鳴り響いた。
咄嗟に僕は自分のスマホを探るけど、僕のものではないらしい。
ではどこからだろうと玄関の中へ一歩踏み出すと、その音は廊下から聞こえてくるようだ。反響する電子音に気を取られ、僕はそちらへと目を向けるのだけど―――
「え…………」
そこには暗がりのなか、光を放つ一台のスマホと。
その奥に倒れている、物言わぬ誰かの姿、が―――
「湊!」
呆気に取られている僕の耳に、誰かが呼ぶ声が届く。
咄嗟に振り返ろうとした僕の背中に冷たいなにかが突き刺さったのは、その直後のことだった。
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