急転
「答えてよ、佐々木さん。私の言ってることって、なにか間違ってる?おかしいって思わない?」
霧島さんの問いかけは続いていました。壁を背にした私には逃げ場もなく、それを彼女も分かっているのでしょう。
表情から焦りを感じません。ほの暗い闇を覗かせる瞳を向けながら、私の言葉を待っている。
それはわかっているけど、私は喋ることができないでいました。
口を開いたらまずいと、本能が告げているのです。
彼女が興味があるのは、私からの回答だけ。なら、答えてしまったら、その後は――?
霧島さんからの問いに答えたら、私はいったいどうなってしまうのでしょうか。
「そ、それ、は…」
私は小説が好きです。ホラーやサスペンスだってよく読みます。
本の世界に浸るのが、私はとても好きでした。
「うん。なぁに?」
だけど、それはあくまでもフィクションの世界であったから。
私が体験することなど生涯ないだろうという、物語の世界だけであり得る事件を疑似体験できるからこそ、私は本を愛することができたのです。
「霧島さんの、言う、ことは…」
「うんうん」
現実は、違う。
私は今、恐ろしくてたまりません。
ページの向こう側にあったはずの悪意が、すぐそこにある。
空気が、息遣いが、彼女の狂気が。目には見えずとも、直感が告げている。
心から体へと警告が伝わって肌が粟立つ。
だって頷く彼女の目は、まるで笑っていない。
きっとどんな答えを口にしても、霧島さんが取る行動は変わることがない。
私の結末はきっと、既に決まっている―――
そんな確信がありました。それはきっと、覆せない。
だったら、私は……
「間違って、います…貴女は、間違ってる…!」
素直な気持ちをぶつけてやろうと、そう思いました。
「へ、え。そうなの。ねぇ、なんで?」
霧島さんは私の答えを聞いても、平然としていました。
少なくとも私にはそう見えます。動揺している様子は見られません。
―――それが逆に恐ろしい。なんの揺らぎもないということが、私は怖くてたまらない。
「恋というのは、そういうものだからです…!理屈で説明できるのなら、別れたり浮気したり、誰かに心が揺らぐことなんてないんです。理由なんて求めても、意味がないんですよ…!」
だけど、私はそれでも、なけなしの勇気を精一杯振り絞ります。
こんなことをいくら言っても、今の彼女に響くはずもない。それでも叫び続けるのは、そうしないと押しつぶされてしまいそうだったから。
「なるほど。一理あるね」
「だったら…!」
納得したように頷く霧島さん。そこに私は一筋の光明を見出します。
いえ、縋らざるを得なかったといったほうが良いのでしょう。
こうしていながらも、この場を取り巻く重圧は少しづつ重さを増しているのが肌でわかるから。
とにかくなんでもいいから変えたかったのです。もうこの時には、私に余裕なんてありませんでした。
「でもね、佐々木さん」
そして事実、ここから事態は急転します。
「は…う、ぇっ!!」
「私が聞きたいのは、そんな正論なんかじゃないんだよね」
霧島さんがその細い指で、私の首を締め上げようとする展開を。
声にならない叫びを、私はあげました。
「フフ、いい顔だね。佐々木さん。怯える顔より、そっちのほうが美人に見えるよ」
それを見て嗤う霧島さん。
ああ、そうですか。私には貴女がとても醜く見えますよ。
クソ、女が……!