駆除
夏葉視点です
「さて、お話の続きをしましょうか、霧島さん」
バタンと扉が閉まる音が後ろから聞こえてきました。
いよいよ霧島さんとの直接対決の時間です。
緊張はしますが、もう恐れはありません。
この勝負に私は負けるわけにはいかないのですから。
私が勝って霧島さんを諦めさせなければ、湊くんはきっとそう遠くないうちに壊れてしまうことがわかっているからです。
湊くんは優しいけど、弱い人です。
決して心の強い人ではありません。それはこれまで霧島さんを拒絶しきれなかったことからも明らかでしょう。
そして、私を受け入れたこともまた、彼の弱さの証なのです。
あの夏祭りの夜、私に全て話したあと、彼は泣いていました。
己の弱さ、情けなさ、それらを全て他人に晒すなど、私たちの年代ではとても勇気のいることでしょう。事実、懺悔のように話す湊くんの顔は、とても苦しそうにしたものでした。
その顔を見たとき、私は思ったのです。
私が彼を守らなければと。
初めての恋という、燃え上がるような衝動に突き動かされてのものなのか、それとも弱さを見せた彼に抱いた母性本能のようなものなのかは、私にはわかりません。
なんとなく、分かってはいたのです。
彼が私を好きでないということは、わかっていたんです。
それでも私は彼を、湊くんを手放したくありませんでした。
確かなことは彼の独白を聞いたとき、彼を私だけのものにしたいという、燃えるような独占欲がこの身を支配したということでした。
湊くんは自分の罪を告白しましたが、その時私は彼の弱さに付け込み、ひとつの罪を犯しました。
再び彼に告白し、湊くんに私をつなぎ止めるという罪を。
縛り付けたのです。彼の罪悪感を利用し、私という存在を湊くんの中に再び刻み込もうと思ったんです。
それが愚かなことだと分かっていても、私にはそうすることしかできませんでした。
―――だってそうしなきゃ、取られちゃうじゃないですか。湊くんが、本当に好きな女の子に。
なんとなく、分かってはいたのです。
まだ付き合って数ヶ月ですが、私は彼の彼女ですよ?
気付かないはずがないじゃないですか。
彼があの人を見るとき、悲しそうな目をすることを。
彼があの人を見るとき、愛おしいものを見るような目をすることを。
彼があの人を語るとき、辛そうに話すことを。
彼があの人を語るとき、どこか優しい声で話すことを。
それでも、きっと私と付き合うことで、忘れていってくれると思っていました。
あの人も綺麗な人ですが、私もそれなりに顔は整っているほうだと思っています。
そこはお母さんや妹も褒めてくれるところなので、こんな私でも多少自信を持っているところですし、湊くんとは共通する趣味だってあるのです。
デートを通じて、心が確かに近づいているとも感じてました。
彼も笑ってくれることが増えましたし、焦ることなんてない。
少しづつ私に振り向いてもらって、思い出を作っていけばいいと、そう思っていました。
―――目の前にいる、クソ女さえいなければ。
霧島さん、あなた分かってるんですか?あなたのそのなりふり構わないやり方が、どれほど湊くんを苦しめているのかを。
いいえ、あなたは分かってやってますね。自分が拒絶されるはずがない。それが分かっているから、踏み込める。彼の心を踏み躙る。
霧島さん、あなた本当に卑怯な人ですね?そんな女、普通嫌われますよ?ああ嫌われるはずがないですもんね、そうですよね。
幼馴染って便利ですね。小さい頃からずっと一緒にいるからと、分かった気でいるから距離感なんて気にせず踏み込めるんですもの。
霧島さん、あなた湊くんのなにを見てきたんですか?彼が自分の全てを受け入れてくれると、本気で思っているんですか?
だとしたら、それは間違ってますよ。湊くんがどれだけ心を傷つけているか、分かってるんですか?弱いあの人がこんな状況にいつまでも耐えられると、そう思っているんですか?
―――なんて傲慢な人。私はあなたを絶対に許せない。
私、一応譲歩しようとしてきたんですよ?
湊くんを縛ったことに人並みの罪悪感はありましたし、あなたとも分かり合おうとしました。
海だってほんとはあなたとなんて一緒に行きたくなんてなかったけど、同じ相手を好きになった人。堂々とライバル宣言もされたから、それならとあなたを理解しようとしたんです。
でも、あなたはそれを踏み躙った。私と湊くんの気持ちを、あなたは踏み躙ったんです。
なら、もう容赦しなくていいですよね?
こんな塵芥にも劣る人と、もう仲良くしようとなんてしなくていいですよね?
ああ、もう本当に。怒りで頭がどうにかなってしまいそう。
それでも、これだけはやはりまず言わないと。
「霧島さん、私はあなたが大嫌いになりました」
「奇遇だね、私もだよ」
霧島さんもそうでしたか。どうでもいいところで気が合うようですね、私達。
もうお友達にはなれそうもありませんが。
「ああ、それは良かったです。それでは」
さぁ、話し合いを始めましょうか。
―――湊くんを誑かす害虫を、駆除するために
ドロドロが好きです