囚われた獲物
「んぅ…あっ、ふぅ…ん…」
「うっ…んぁ…ぷはっ」
玄関先に、小さな水音が響いていた。
僕と綾乃の口内で、互いの唾液が絡み合う。逃げようとする僕の舌は強引に綾乃のそれに捉えられ、彼女の中へと引き込まれた。
その様はまるで蛇のようだと僕は思った。
「綾乃、もう、いいだろ…」
「ん…だめ、足りないよ…もっと…」
「んんっ!」
囚われた唇を引き剥がしたが、綾乃はまだ満足していないようだった。
すぐさま僕の頬を掴み、引き寄せ、蹂躙を再開する。
この行為を始めてどれくらい経っているだろう。
数分間のようにも、数時間経っているようにも感じる。
僕の膝は既にガクガクで、気を抜けば腰が抜けてしまいそうなほどの快楽を僕は与えらえ続けていた。
頭がぼんやりしつつある。このまま綾乃に食べられるのも悪くないとすら、僕は思い始めてしまっていた。
「ふふっ、みーくんすごくとろけた顔してる…可愛い…」
ようやく口を離した綾乃はそのまま僕の頬をれろりと舐めた。
ただそれだけのことで残されていた僕の僅かな理性は一気に刈り取られていく。
予期せぬ快感に僕も思わず声を上げてしまう。それを聞いた綾乃の顔は、とても僕と同い年の少女とは思えないほど、妖艶なものだった。
「あや、の…綾乃…」
「誕生日プレゼント、気に入ってくれたみたいで嬉しいよ。でもまだ箱も開けてないんだから、ちゃんとみーくんが開けないと駄目なんだよ…ね?」
そう言って綾乃は僕の手を取り、自らの胸に誘い込んだ。
柔らかい。ぼやけた頭ではそんな感想しか思い浮かんでこなかったが、とにかく心地よいものであるのは確かだった。埋もれることができたら、もっと気持ちいいはずだろう。
その柔らかな感触に、僕は酔いつつあった。手を離そうなどと思いもしない。
綾乃の嬌声も一種のハーモニーとなって、僕を狂わせてくる。
完全に綾乃に取り込まれつつあった。
「ん…いいよ、みーくん。もっと…ほら、こっちも、ね」
「んぐっ!」
綾乃は再び唇を重ねてくる。
片時たりとも休むことなく与えられる気持ちよさに、僕は屈した。
胸に埋もれた手と、繋がれた唇から与えられる快楽が今の僕の全てだった。
ずっとこのままでいたい
夏葉さんのことも渚のことも、もう頭の片隅にまで追いやられていた
綾乃の目が薄く細められていく。
快楽で顔を赤らめる僕とは違い、その瞳の奥には確かに理性の光があった。
―――これでこの獲物は私のものだ
黒い瞳がそう語りかけてくる。
捉えられた哀れな獲物にかける慈悲などないとでもいうかのように、欲していた宝物を手に入れた愉悦に酔っていた。
綾乃もきっと、僕と違う方向で狂い始めているのだろう。
そのきっかけになったのが僕だというのなら、受け入れるべきなんじゃないか。
天秤が傾き始める。
理性ではなく感情が、最後の審判を下そうとしていた。
「ほら、みーくん。そろそろ二階に行こうよ。みーくんのベッドでひとつになろう?私の全部、みーくんにあげるから」
綾乃も理解しているのだろう。
最後のひと押しをしてきた。まさにいまの僕には殺し文句だ。
幼馴染であり、絶世ともいえる美少女が、こんなにも僕を求めているのだ。
いいじゃないか。なにが悪いというんだ。もう全部、流れに身を任せてしまえ。
頭の中でそんな声が響く。
そうだ、綾乃がもっと僕を愛してくれるというんだ。なら、それでいいじゃないか。
天秤は快楽へと堕ちた。抗えない感情の獣に、理性も地に叩き伏せられる。
もはや逆らう理由はなにもない。僕はその言葉に頷こうとして――
―――やくそくだよ
何故か、そんな言葉を思い出してしまった。
その瞬間、僕は我に返る。なにをしてるんだ、僕は…!
また快楽に溺れないよう、僕はすぐさま綾乃を引き剥がした。
なにがあったか分からないという顔をしている。綾乃の困惑がありありと見て取れた。
「え…みーくん…?」
「綾乃、僕は…」
言葉を発しようとする僕の背後で、ガチャリと音がした。
そのままドアが開いていく。綾乃の肩に手を置いたまま固まる僕を尻目に、二人の女の子が僕の家へと入ってきた。
「助けにきたよー、湊…あれ、ひょっとしてお邪魔だった?」
「また浮気ですか、湊くん…」
振り返るとのんきな声をあげる渚と、ハイライトの消えた瞳でこちらを見つめる夏葉さんの姿がそこにあった。
「また、邪魔するんだ…」
助かったと安堵しそうになった時、綾乃の声が確かに聞こえた。
僕にしか聞こえない、暗く澱んだ声だった。
謹賀新年
明けましておめでとうございます
今年もよろしくお願いします