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いつも一緒だったのに。  作者: くろねこどらごん
第二部 夏休み
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女郎蜘蛛

「みーくんと二人きりなんてあの時以来だね、嬉しいなあ」


そう言って綾乃は僕に近づいてくる。僕は思わず後ずさった。

まずい、これは間違いなくまずい状況だ。


緊張する僕とは反対に、お邪魔しますと小さく呟き、綾乃は靴を脱ぎ始める。

逃げるなら、今しかない。

僕はリビングへと駆け出そうと――


「どこ行くの、みーくん」


その一言で、僕の体は静止してしまった。

凍てつくような冷たい言葉だった。一瞬脳が理解できないくらい、その言葉を誰が発したのか分からなかったのだ。


背中を向け、靴を揃えていた綾乃がゆっくりと立ち上がり、振り返って僕を見る。

先ほど僕に発した言霊の持ち主とは思えないほど、穏やかな顔をしていた。

――そのことがなおさら僕を恐怖させる。


この子は、誰だ。本当に綾乃か?

優しげな微笑みを浮かべているのに、僕には何故か彼女から追い詰められて後がないような、鬼気迫るものを感じていた。

固まって動けない僕に綾乃は近づいて、抱きしめてくる。

逃がさないとでもいうかのように。そして耳元で、僕に囁いた。


「二階に行こうよ、久しぶりにゆっくりみーくんと話したいんだ」


ベッドもあるしね、と蠱惑げな声色で僕を誘惑する。生暖かい吐息が耳へかかった。悔しいことに、その言葉に体は勝手に反応してしまう。

あは、と嬉しそうな声を綾乃は上げた。



逃げられない。本能が理解してしまう。

僕は綾乃という蜘蛛に捕まった蝶だ。このままでは彼女によって僕はどこまでも堕ちていく。そんな未来を想像してしまった。


駄目だ。だって、僕には――

夏葉さんが。そう思っていたはずなのに。


何故か頭に浮かんだのは、渚の笑顔だった。




「え…なんで…」


僕は愕然とする。なんでだ、なんでここで最初に渚のことを考えてしまったんだ。

だって、僕は夏葉さんを選んで――


「みーくん」


その声に僕は我に返った。

さっきと同じ、綾乃の冷たい声。だけど今は僕の目を綾乃がじっと見つめている。

まるでビー玉のような綺麗な瞳、だけど今は感情のこもっていない暗い底なし沼のような瞳だった。綾乃の内側に引き込まれるような感覚に、僕はぞっとする。


やはりここにいるのは、僕の知っている幼馴染ではない。

恐れから彼女の腕から抜け出そうとする僕の背中に、綾乃が思い切り爪を立ててくる。布一枚の薄いTシャツの防御をあっさりと貫通し、僕の痛覚に信号を送ってきた。


「痛っ…」


「いま、誰のこと考えてたの」


抑揚のないその声は、だけど怒りに満ちていた。

その相手のことが憎くて仕方ないとでもいうかのように、怨嗟の想いが込められていた。


「そ、それは…」


「当ててあげようか、渚ちゃんだよね」


「っ!!」


「あぁ、やっぱりそうなんだ」


渚という名前に、思わず反応してしまった。

咄嗟のことで隠すことなどできなかった僕を、綾乃は憎々しげに見上げてくる。

今日初めて見せた綾乃の感情の篭った視線は、だけど僕に恐怖を伝えてきた。


「みーくん、海で渚ちゃんとキスしてたものね。それも自分から。なら、考えちゃうよね」


「みて、たのか」


「うん。みーくんが渚ちゃんを抱きしめてキスしたの、全部見てたよ。最初から最後まで、全部ね。悔しかったなぁ」


そう言って儚げな表情を浮かべたあと、今度は優しい手つきで僕の背中をさすってきた。愛おしいとでもいうかのように。

さっきとはまるで違う対応に戸惑いを隠せない。感情の起伏が激しすぎる。


「ねぇ、みーくん。私にもキスしてよ。渚ちゃんみたいに、自分から」


「そんなの、できるわけ…」


「なら、佐々木さんに言うから。渚ちゃんにキスしてたこと」


僕はその言葉に絶句する。

夏葉さんの名前を持ち出されては、どうすることもできないじゃないか。

僕は既に彼女を一度裏切っているのだ。また裏切ることなど、できるはずがない。


だけど綾乃にキスをしなければ渚とのことをバラすと言う。

こんなの八方塞がりだ。どうしろっていうんだ。

僕が悪いのはもちろん分かっている。だけどそう思わずにはいられない。

心が悲鳴をあげている。頭を掻き毟りたくなるような衝動が僕を襲っていた。



だけど僕に選択の時間はなかった。

綾乃は小さく「早く」と呟き、目を閉じて僕に唇を差し出してくる。

他の男にとっては魅力的な誘いなのだろうが、それは今の僕にとって死刑宣告にも等しい要求だった。また罪を重ねろと、その唇は告げていた。



綺麗な顔だと思っていた。

顔のパーツひとつひとつが芸術品のように整った、絶世の美少女と言ってもいい造形だと思っていた。


だけど今の綾乃は僕を奈落へと誘う、妖のように思えた。

その美しさでもって僕をどこまでも堕とそうとする女郎蜘蛛。

そんなふうに、思えてしまった。



僕は綾乃の肩に手をかける。僕の手は震えていた。緊張からではなく、恐怖からの震え。また夏葉さんを裏切り、渚にも罪を被せてしまう申し訳なさからくるものだ。

収まりそうにないそれを強引に無視して、僕はゆっくりと綾乃に顔を近づけていく。



誰か助けてほしいと、心の底から願いながら。

長編年内最後の更新となります

いつも読んでくださり、ありがとうございます


よいお年とお過ごしくださいませ

来年もよろしくお願いします

お年玉として評価もらえると嬉しいです

すみません、冗談です調子にのりましたごめんなさい

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― 新着の感想 ―
[一言]  なぜか第一部に感想投稿してしまっていました紛らわしくさせてすみません...  来年も湊君と愉快?なヒロイン達との物語を楽しみにしてます! よいお年を!
[一言] 気持ちよく歳を越せそう 来年も楽しみにしています!!
[一言] どうなるんでしょう! 楽しみです!
2019/12/31 14:32 退会済み
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