本当の気持ち
前回の綾乃視点です
その時私は、一瞬なにが起きたのかわからなかった。
私の目の前で、みーくんが渚ちゃんを突き飛ばして、大きな音をたてて消えたのだ。
その音が、みーくんが倒れた時に出た音だということに、私はすぐに気付くことができなかった。
周りが騒がしくなって、渚ちゃんがしゃがみこんでいる姿を見て、私はようやく動くことができた。
私の手を掴んでいる誰かを振り払って、私はすぐに倒れているみーくんに近づいた。
周りの声は、もう聞こえてこなかった。
血は、出てない。でも、動かない。
こういう時は揺すったり、動かしてはいけないという知識はあったから、その体にすがりつきたい気持ちを必死に押し殺して、わたしはみーくんの名前を呼び続けた。
周りの人のことなんて、どうでも良かった。
みーくんが大事なんだ。
みーくんに死んでほしくなんてない。
みーくんに生きてほしい。ずっとそばにいてほしい。
私は、みーくんには隣でずっと笑っていてほしいんだよ。
(あ、そっか…)
なんで私はこんな時に気付くんだろう。
私はなにをしているんだろう。
私は、私の本当に大切な人は
こんな近くに、ずっといたのに
多分、その時、私は泣いていたんだと思う。
みーくんへの気持ち、自分への苛立ち、みーくんに怪我をさせてしまったことへの申し訳なさ。これまでのみーくんとの思い出。
いろんな感情がぐちゃぐちゃになっちゃって。
先生がくるまで、私はただみーくんの名前を叫び続けることしかできなかった。
あれから結構時間が経って、私はようやく落ち着くことができた。
今、私がいるのは学校の保健室。少し消毒液の匂いがするこの部屋で、白いベッドの上で眠り続けているみーくんを見つめていた。
隣には渚ちゃんと、佐々木さんの姿もあった。話を聞きつけてすぐにとんできたのだそうだ。
周りが見えていなかった私には気付くことができず、ようやくその存在に気付いたのは先生と圭吾くん達が協力して、みーくんを保健室に運んでいる姿を見守っている最中に、声をかけられた時だった。
佐々木さんは今もみーくんを、心配そうに見守っている。
当然だろう、だってみーくんの彼女なのだから。
そう、彼女だ。みーくんの。
佐々木さんは綺麗な人だ。それに、いい人なんだろう。何度か話したこともあるし、それは分かってる。悪い噂だって聞かない。
幸子ちゃんの話だと、おっちょこちょいなところはあるけど、優しくて面白い子でもあるらしい。
うん、佐々木さんはいい人で優しくて、このままいけば、きっとみーくんを幸せにしてくれる人なんだろう。
そんな佐々木さんを見て、私は
…邪魔だな、と心のどこかで思ってしまった。
そんなことを考えてしまったからだろうか。起き上がったみーくんに気付くのに、私は遅れてしまった。
起き上がったみーくんに最初に話しかけたのは、渚ちゃんだった。
…その役目は私がやるはずだったのに
一瞬だけ親友に対して思い浮かんでしまった考えを振り払うように、私もみーくんに声をかけた。
なんでだろう、さっきから私は、どこかおかしい。
こんなこと考えるなんて、私らしくない。変だ。その自覚は、確かにあるのに。
みーくんが話している姿を見たら、さっきまで抱えていた黒い感情が、全て消えてしまっていた。
みーくんが大丈夫だよって優しく笑っている姿を見たら、胸が暖かくなる。
綾乃も大丈夫って心配してくれる声に、嬉しくて飛び上がりたくなった。
―――そっか、これが
私にとっての、恋なんだ
その後、私達は四人で並んで家に帰った。
でも、私はみーくんにお願いして、今はみーくんの家にいる。
どうしても、やらなくちゃいけないことがあったから。
みーくんも怪我をしちゃってるし、無理させたら駄目だっていうことは、頭ではちゃんと分かってる。
私がこれからしようとしていることが、みーくんにとってはただの重みにしかならないことも、私は理解できている。
でも、駄目だった。気付いてしまったこの感情を抑えることなんて、できそうにない。これは本当に、私のただのワガママだった。
「嫌な子だったんだな、私」
出来上がった料理を見ながら、私はそう呟いた。
今日作った料理はオムライス。昔から、みーくんのが好きな料理だ。
きっと佐々木さんは知らないだろうと心の中でほくそ笑む自分がいることに気付いて、私はまた笑ってしまった。思っていたより、私はずっと嫉妬深い性格だったようだった。
そんな醜い部分からも、みーくんへの気持ちからも、私はずっと目をそらして、気持ちに蓋をし続けていた。
(でも、もう無理だよ)
作った料理をテーブルに置いて、私はみーくんに声をかける。
立ち上がったみーくんの背は、いつの間にか私より大きくなっていた。
でも、少し背伸びをすれば、きっと顔まで届くはず。
いくつかの質問をみーくんと交わして、私はいよいよ本題に入った。
どうしてもやらなくちゃいけないこと。
どうしても伝えなくてはいけないことが、あったから。
その言葉を言うために、私はみーくんに向かって、一歩足を踏み出した。
また一歩、もう一歩。
そのたびに言葉を紡ぎながら、私は胸のうちにしまっていた想いを、みーくんに伝えていく。
そして、みーくんの前に立つ。
もう、目と鼻の先ほどの距離。ここまで近づいたのは、いつ以来なんだろう。
そして私は、最後の言葉を口にした
「私、霧島綾乃は」
ずっと前から
「幼馴染ではなく」
わたしにとって
「ひとりの男の子として」
みーくんは
「水瀬湊くんのことが、大好きです」
ただの、おさななじみじゃ、なかったんだ
私の言葉に戸惑うみーくん。だよね、そう言うと思ってた。
みーくんは真面目だから、彼女さんがいたら私の告白なんて受けれないよね
うん、今はそれでいい
「でもさ」
私はみーくんの肩を掴む。思っていたより、ずっとガッシリしていた。
だけど、目の前にあるのは、とても綺麗なみーくんの顔だった。
「あや…」
「好きって気持ちの前じゃ、関係ないよね」
絶対に、取り返してみせるから
ブクマありがとうございます
もうちょっとだけ綾乃視点続きます
次は健人のターンです