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いつも一緒だったのに。  作者: くろねこどらごん
第一部 一学期
21/62

ファーストキス

お    ま    た     せ

―――あたしは間違えた。



まさか前原のやつがあんな行動にでるとは思わなかったのだ。

いや、これはただの言い訳だ。人の行動なんて完全に読み切れるはずがない。

人の気持ちなんて、本人ですら理解できるものではないのだ。


そんなことはあの人の時に分かっていたはずなのに、そう心がけていたはずなのに。

あたしは自分なら大丈夫だと、心のどこかで自惚れていたのだ。

理解していた気になっていたあたしは、ただの馬鹿だ。



―――だけど、まだ大丈夫だ



間違えたなら、その間違いを今後に活かせばいい。

今回の件を糧にして、学習して、成長する。

まだ取り返しはつく。大丈夫だ。


そうだ、それでいい。だから、あたしは今だけ必死に歯を食いしばる。


目の前で眠る湊、あたしの湊、あたし達の湊。


ごめんなさい、あたしが間違えた。本当にごめんなさい。


ベッドに横たわる湊の姿を目に焼き付けて、あたしはもう一度自分に言い聞かせた。





―――あたしはもう、間違えない。








目が覚めた時、見上げたものは見知らぬ天井だった。

なんてことはなく、そこは学校の保健室だった。


部活で捻挫した時などに、何度か訪れたことがあるため、見覚えがある。

なんでここに、と考えた瞬間、記憶が脳裏に蘇ってくる。


―――そうだ、僕は確かあの時、渚をかばって…

渚を突き飛ばして、彼女が無事であることを確認したことまでは覚えている。

だけど、もしかしたらどこかに当たって怪我をさせてしまっているかもしれない。

渚は自分とは違うのだ。あの時は無我夢中だったけど、どこかにぶつけてしまっていたりしたら申し訳が立たない。

あれから時間も経ってるだろうし、もしそうなら謝らないと――


現状を把握しようと、ゆっくり体を起こすが、その際に側頭部に痛みが走った。思わず、こめかみを押さえてしまう。触れた箇所は微妙に盛り上がっている。

どうやら腫れているらしかった。


「痛っ」


「あ、湊!駄目だよ、急に起き上がったら!」


そんな僕に慌てて近づいてくる人影があった。

指の隙間から見える金色の髪。渚の髪だ。


「渚!大丈夫?怪我はない?」


僕はこめかみの痛みを強引にこらえて、渚へ声をかけた。

僕からの問いかけに、渚は困惑しつつも呆れたように答える。


「湊のおかげで大丈夫だけど…起きていきなりあたしの心配とか、もっと自分のこと考えなよ。湊らしいっちゃらしいんだけどさ」


「湊くん、大丈夫ですか?」「みーくん、良かった。良かったよぉ」


顔を赤らめ、急にモジモジし始める渚を尻目に、佐々木さんと綾乃が僕に抱きつくような勢いで迫ってきた。二人とも涙目だ。

三人とも、どうやらずっと僕に寄り添って看病してくれていたようで、もう夕方だというのに、僕が起きるまで帰らないと引き下がらなかったらしい。


保険の先生の話では、どうやら僕の症状は軽い脳震盪(のうしんとう)であったらしく、幸い大事にはならないだろうという話だった。

それでも念のため、病院に検査に行ったほうがいいとのことなので、明日は学校を休んで病院にいくつもりである。三人とも着いてくる気満々であったのだが、それは丁重にお断りさせてもらった。

期末テストが終わった直後というのが不幸中の幸いであったが、さすがに夏休みが近づいている今のタイミングで、僕のために学校を休ませるなどというのは気が引けたのだ。



だったらせめて家までは送らせて欲しいという、佐々木さんからの申し出をしぶしぶ受け入れ、僕達は四人で家路についていた。

その途中、どうしても気になることがあったので、僕は聞くことにした。

それはもちろん、健人のことだ。三人とも、彼の話題を避けていることは明らかだった。


「ねぇ、健人のことなんだけど…」


「前原くんは帰ったよ」


渚が遮るように、平坦な声で答えた。僕も聞いたことがないような、冷たい声だった。


「えっと、あの後前原くんもみーくんに謝りたいから起きるのを待つって言ってたんだけど、渚ちゃんがいいからって言って、帰ってもらったの」


「正直私はまだ信じられないんですよね。前原くんって、どっちかというと大人しい人でしたし。そりゃ、最近はちょっと浮わついている感じもありましたけど…」


そんな渚をフォローするように、綾乃が言った。佐々木さんは消極的な様子で口ごもっている。昔からの友人を、表立って非難することはできないようだった。


そんな佐々木さんを睨むような目つきで見ながら、渚は口を開いた。


「あたしもそうだと思ってたんだけどね。綾乃と付き合ってちょっと浮かれてるだけだって。でも、見込み違いだったみたい。親友と幼馴染を傷つけるようなことされて、あたしはちょっと許せないかな。湊の怪我については、あたしにも責任あるけど」


最後はバツが悪そうな表情を浮かべていたが、それでも渚らしくない、強い口調だった。

それを受けて、佐々木さんも目をそらしている。気まずい空気が流れていた。


「えーと、前原くんには私から後で言っておくよ。ああいうことしたらもう駄目だって。あの時はっきりしなかった私にも、責任はあるんだから」


それを打ち消すように、この場に似つかわしくない明るい声を上げるものがいた。綾乃だ。

ね、と僕らに向かって懇願するように見つめてくる。


僕達二人は、幼馴染のそんな目に弱かった。小さい頃から僕らが喧嘩したときに、最後に仲直りするきっかけは、いつも綾乃の申し訳なさそうな上目遣いだったのだ。


その効果は今も健在らしい。綾乃の視線に根負けしたらしく、渚はため息をついた。


「綾乃は甘すぎるよ…言っておくけど、あたしは許すわけじゃないからね。今後の前原くんとの付き合いも、見直したほうがいいと思うよ」


それは言外に別れろと言ってるようなものじゃないか。

さすがにそれは余計なお節介だろうと僕が諌める前に、綾乃が声を上げた。



「うん、分かってるよ」



迷いのない、凛とした声だった







「みーくん、もうすぐご飯できるからね」


そう言いながら、綾乃はキッチンでフライパンをふるっていた。

場所は彼女の家ではない、まごうことなく僕の自宅である。


あの後、家の前に着いた僕らはそこで解散しようという流れになったのだが、唯一綾乃だけが、今日は僕の世話をするといって聞かなかったのだ。


佐々木さんもそれなら私もと食い下がったが、綾乃は頑として首を縦に振らず、無言の笑顔で追い払った。

僕も異を唱えたかったが、そのプレッシャーの前には為すすべもなく無条件降伏するほかなかったのだ。

渚は我関せずとばかりに、頑張りなさいの一言を捨て台詞にして、さっさと自宅へと帰っていく。


こうなった綾乃を止めるのは不可能だと、お互い経験から学んでいたのだ。諦めるしかなかった。


しょんぼりと肩を落としながら帰っていく佐々木さんを見送りながら、僕は綾乃とともに、玄関のドアをくぐっていた。




そして現在、着替えも終え、リビングまで下りてきた僕は、綾乃の作る料理ができるのを待っている最中である。

圭吾をはじめとしたクラスメイト、そして健人には既に僕がなんともないということと、明日は病院にいくため休むことは伝えてあった。文明の利器には感謝しかない。

チャット上に次々とお見舞いの言葉が流れていくなかで、健人の返信だけがないのが、唯一の気ががりではあったが。


そんな中、綾乃の鼻歌がこちらまで届いているが、こちらとしては正直面白くはない。

別に一人でできるのに、と子供のように拗ねている自覚はあった。



――どうして僕はあの時、体が動いたんだろう



暇を持て余していると、不意にそんな疑問が浮かんできた。

目の前で危ない目にあっている人がいたから。普通ならそれが正解だろう。


でも、あの時怪我をしそうになっていたのは、渚だった。


他の誰かだったら、僕は咄嗟にあんな行動ができたのだろうか――


ぼんやりとそんなことを考えていると、背後から綾乃の声がした。

料理ができたらしい、僕は振り返ったが、思わずぎょっとした。



綾乃が後ろに立っていたのだ。思っていたよりも、ずっと距離が近かった。


「ご飯できたよ」


「あ、うん。ありがとう」


綾乃がもう一度言った。僕は慌てて立ち上がる。

…なんだろう、この違和感は。


立ち上がった僕を、綾乃はじっと見つめてきた。彼女の背後には、湯気の立ったオニオンスープと、二人分のオムライスが見えた。オムライスは僕の好物だ。


「その、ご飯食べないの?」


「今、なに考えてたの?」


僕の問いを無視するように、綾乃が言う。有無を言わせない、強い言霊が混じっている。

僕は何故か、彼女の目を見つめることが、できないでいた。


「えと、あの時のことについて考えてたんだけど…」


「それで?」


続きを(うなが)してくる。見慣れた綾乃の笑顔なのに、何故か僕は全く別の生き物の前に立っているような気分だった。その言葉に逆らう気が、起きないほどに。


「あの時、渚以外の人だったら、あんなふうに動くことができたのかなって思ってさ」


「できるよ」


はっきりと、綾乃は言った。さっきと同じ、まるで迷いのない声だった。僕は思わず目を見開く。


「なんで…」


「みーくんは、優しいから。きっと私でも、同じことをしてくれたと思う。でもね、あの時私、すごく怖かったんだ」



一歩、綾乃が近づいてくる



「みーくんが、本当に死んじゃうかと思った。今度はずっと遠く、私の手の届かないところに行っちゃうんじゃないかって思った」



また一歩



「そう思ったら、どうしようもなく怖くなって。泣きたくなって。それで私、気付いたんだ」



もう一歩



「気付いたって、何に…」



そして



「私の、本当の気持ちに」




僕の、目の前に




「本当の気持ちって…」






おい






「私の本当に好きな人は、ずっと近くにいたことに、気付いたの」








やめろ








「私、霧島綾乃は」







やめてくれ







「幼馴染ではなく」







いうな







「ひとりの男の子として」






だって





ぼくたちは







「水瀬湊くんのことが、大好きです」








ただの、おさななじみだろ








「そんなこと、言われたって…」



「うん、今はみーくん、彼女さんいるもんね。私もそうだし。浮気は駄目だよね」



綾乃はまだ笑顔を浮かべている。


そうだ


僕には彼女がいるんだ


そのために佐々木さんと付き合い始めたんだ





「そうだよ、だから」






「でもさ」






綾乃が僕の肩を掴んできた。僕はそれに反応できなかった。いや、動くことすらできなかった。


そのまま、彼女の顔が近づいている。


何故か、綺麗な顔だなと、一瞬だけ考えてしまった。





「あや…」





「好きって気持ちの前じゃ、関係ないよね」









僕の初めてのキスは、どこかケチャップの味がした

ブクマありがとうございます

ここまでくるまで20話かかってしまいました

好きな人のピンチで覚醒、王道ですね

よろしければこれからもお願いします

次は綾乃視点かもしれません

一応依存タグつけました

感想もらえると嬉しいです

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― 新着の感想 ―
[一言] まさかの綾乃からの修羅場スタート! 友人も巻き込んでの今後の展開に期待!
[良い点] ちょっと鬱屈した性格の主人公なので、重くなりがちなんだけど、話の展開が良く飽きさせない。とても面白いです。
[一言] ラブがコメって泥が沼る展開になっていきそうですねー。大好きです!! 佐々木さんはごめんだけど湊くん諦めてもらいましょう。勝てんよ…幼なじみ強力すぎる
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