勉強会
「綾乃ちゃん、ここ分かんないんだけど、どうすれば解けるかな?」
「ええとね、ここはこの式を代入するの。あとはそれを応用すれば解けるよ」
「お、ほんとだ。教えるの上手いなぁ。さすが綾乃ちゃん!」
…僕達はなにを見せられてるのだろうか。
今日は日曜日。テスト前ということで部活もないため、両親のいない僕の家で集まって勉強会をしようという話になったところまでは良かったのだが。
始まって一時間もしないうちに、目の前でカップルのイチャつきをまざまざと見せつけられている。
なんだこれ。もう一度言う。なんだこれ。
「前原くんも綾乃もちょっとイチャイチャしすぎだよー、すっごい目の毒なんだけど」
この空気に早くも渚が根を上げた。
現在ここにいる勉強会のメンバーは僕と佐々木さん、健人と綾乃に渚と南さんの6人である。
圭吾は逃げた。学校で散々見せられてるので、休日でもあの二人のカップルを見せ付けられるのは御免こうむるとのことらしい。
今頃は幸子と二人、ファミレスあたりで二人仲良く勉強していることだろう。正直すごく羨ましい。
「あ、悪い悪い。そんなつもりはなかったんだけどさ」
そう言う健人の顔はニヤつきを抑えきれずにいる。今も口角がつり上がっている最中だ。
今が彼の幸せの絶頂期らしい。
告白が成功してから、健人は綾乃にべったりだった。
今ではリア充グループに平然と仲間入りし、休み時間の時は片時も離れないよう、常に綾乃のそばにいた。
最初は綾乃の彼氏ということで、嫉妬や怨嗟の眼差しを一身に受けていたのだが、綾乃が何も言わないことと、本人がその視線をまるで気にしないことから、少なくともうちのクラスでは二人のカップルは受け入れられつつあった。
まぁそれはいいのだが、今の僕はそのしわ寄せをモロにくらい、休み時間や昼休みは大抵圭吾と二人きりである。なにが悲しくて野郎二人で寂しく顔をつきあわせなくてはいけないのか。
その考えは圭吾とも一致していたため、最近は他のクラスメイトとも積極的に関わるようにしており、僕の交友関係は着実に広まりつつあった。
これまでの友人が離れたのを契機に、また別の友人ができる。人間関係とは複雑怪奇だ。
「どうします。一旦休憩にしましょうか」
佐々木さんが言った。休憩にはまだ少し早い気もするが、ちょうどいいタイミングだろう。
なにより僕らのメンタルが持たない。南さんも、どこかうんざりした顔をしていた。
「そうだね、じゃあ飲み物取ってくるよ。みんなは適当に休んでて」
そう言って僕は立ち上がった。それを見て佐々木さんも慌てて立ち上がろうとしたところを、渚が制した。
「佐々木さんも休んでなよ。あたしのほうが湊の家の台所事情には詳しいからさ。それに、南ちゃんをこの空気の中で置いてくのかわいそうでしょ」
その言葉に反応して、南さんもコクコクと頷く…いや、あれはもうブンブンという勢いだな。
渚は時たま話しかけていたが、まだ南さんとの仲は日が浅い。
よほどここで置いてかれるのは嫌なようである。
それを見て、佐々木さんはしぶしぶながら引き下がった。
「分かりました…それじゃ月野さん、お願いします」
「承りましたー!綾乃と前原くんはなに飲みた…聞いてないね」
休憩を告げた瞬間から、健人は綾乃にずっと話しかけていた。完全に二人の世界である。
それを見て渚は苦笑いしながらドアを開け、僕と一緒にキッチンに向かって歩きだした。
「まぁ無難にお茶とコーヒー持っていけば大丈夫でしょ」
「そうだねー。あ、湊ちょっといい?」
そう言って渚は階段を下りながら僕に話しかけてきた。僕は振り返らずに返答する。
「なに?渚」
「前原くんに、もうちょっと距離を取るようそれとなく言っておいてくれないかな。綾乃、戸惑ってるよ」
その言葉に思わず僕は振り返った。渚は神妙な顔をしている。
戸惑っている?綾乃が?
あの二人は仲が良さそうに思えたのだが。
「そうかな。付き合いたてっていうのもあるんじゃないの?相性良さそうに見えるけど」
「誤魔化さないで」
渚はピシャリと言った。下手な反論は許さないという意思表示。
明らかに今、彼女は怒っている。
「湊が気付かないはずないでしょ。明らかに今の前原くん、綾乃にお熱だもの。あたしも一応言ったんだけど彼、聞く耳持たないし。綾乃はあの性格だから、友達の湊から言ってもらわないと困るの。綾乃はあたしの親友なんだよ?」
「…善処しとくよ」
僕は逃げるように曖昧な返事をする。それが今の僕には精一杯だった。
そんな僕に対して渚は不満をあらわにするが、それを口には出さない。
そのかわり、大きくため息をついた。明らかに僕に対するあてつけだった。
「まさか前原くんがあんなに情熱的な子だとはねー。まさに好きな人以外見えてないってやつ?それとも綾乃が魔性の女だったのかなぁ。ちなみに湊は佐々木さんとはどこまでいったの?B?それともCまでいっちゃったのかにゃー」
渚が話題を変えてくる。
気を使ってくれたのだろう。
その心遣いがありがたい反面、申し訳なさが先にきた。
とはいえ、話に乗るには僕にはキツイ話題である。
「まだ何もしてないよ。せいぜい手を繋ぐくらいしかしてない」
「お、まだということはこれからする気はあるんだ?湊も男の子だねぇ」
思い切り揚げ足取りである。
…駄目だ、口では渚に勝てる気がしない。
実際、僕らはキスすらまだだった。その先なんて、考えたこともない。
今の僕に、そんなことはできるはずもない。
「このままじゃ、あの二人に先を越されちゃうよ?あの様子じゃ前原くんが強引に迫りかねないし、あたしも目を光らせとくけどさ。…ほんと頼むよ」
最後はきっと渚の本心からの願いだったのだろう。
用意を終えた僕らは部屋へと戻っていく。
僕はその言葉を胸に刻みながら、渚の背中を追っていった。
ブクマありがとうございます
一日空いてすみません
ラブコメの勉強会ならイチャラブするはずなのに
二乃推しの自分にはショックでした゜(´;ω;`)