映画館へGO
前半は夏葉視点です。ちょっと口調修正してます
「本当にごめんなさい!」
私は今、必死に隣に座っている男の子に、何度も頭を下げて謝っています。
その男の子の名前は水瀬湊くん。私と同じ学校に通う同級生で…その、一週間前から付き合い始めたばかりの、私の彼氏さん、です。
好きになったきっかけは入学式の時、友人と一緒に体育館に向かう途中で、彼の姿を見たこと。
小説や漫画の中だけだと思っていた雷に打たれたような衝撃というものを、私は15年の短い人生の中で、始めて体験しました。
――綺麗な子だなと、本当にそう思ったんです。一瞬だけ、自分は実は女の子が好きだったのかという考えが頭をよぎりましたが、彼がブレザーを着ている姿を見て、ほっとしたのをよく覚えています。
さすがに女の子同士はちょっと私にはハードルが高すぎるというかなんというか、初恋でいきなり難易度ルナティックモードは勘弁かなーって。
と、とにかくそれからすぐに私は彼のことを調べました。
湊くんは実は結構な有名人で、すごく綺麗な幼馴染さんが二人もいるという衝撃の事実に、私はしばらくヘコみました。
なにそれラノベ主人公かよ攻略難易度高すぎじゃんと。
…読んでいる書物に毒されてる気がするのはきっと気のせいでしょう。
でも私は諦めません。立ち直りが早いのが私の数少ない長所です。
湊くんと同じクラスに、私と同じ中学だった前原健人くんがいたことは本当に幸運でした。
しかも同じ部活とかマジグッジョブです前原くん。
中学の時のグループチャットを介して前原くんに頼む込み、湊くんを呼び出すことに成功した私は、勢いに任せて告白しました。
…あっれー、おっかしいなー。まずはお友達からお願いするはずだったんだけどナー
頭を下げながらあ、これ完全にやっちゃったやつだ。玉砕する流れじゃん失敗したと思い、震えていると、彼は告白を受け入れてくれました。
そのあとのことはよく覚えていません。気付いたら家にいて、私はガッツポーズしていました。
あと妹に怒られました。幸せ者でごめんね妹よ、彼氏がいる幸せをあなたにも分けてあげたいくらいだぜ!
…また怒られました。
それからなんやかんや毎日一緒に帰ってなんやかんや幸せ気分を味わいながら迎えた初デートの日。
私は完全にやらかしました。
「私、一度本を読み始めると周りの声が聞こえなくなっちゃうみたいで…いろんな人からも注意されてるんだけど、どうにも直らなくて。本当にごめんなさい!」
あれから20分ほど経ち、ようやくひと区切りついたのか、顔を上げた佐々木さんは隣に座っている僕に気付き、今必死に謝ってきている。
彼女の前で項垂れていた僕を気の毒に思ったらしく、隣に座っていたおじさんが席を譲ってくれたのだ。
去り際に頑張れよと励ましながら肩を叩いてくれたおじさんの優しさを、僕はきっと忘れることはないだろう。
「気にしなくて大丈夫だよ、僕もちょっと遅れたのが悪いんだし。こっちこそごめんね」
「いえいえ、湊くんは悪くないです!」
さっきからずっとこの調子だ。埒があかない。
ちらりと広場に備え付けの時計を見ると既に11時に近づいている。
予定していた映画の上映時間が確実に迫っていた。
「ここはもうお互い様ってことにしてさ。そろそろ行こうよ。このままだと、映画に間に合わないかもしれないし」
僕がそういうと、彼女も時計を見て気付いたようで、しぶしぶながら頷いてくれた。
「分かりました…それじゃ、行きましょうか」
そういいながら佐々木さんはストールをたたみ、本と一緒にハンドバックの中にしまいこんだ。
スタートダッシュでつまづいたが、ようやく今日のデートが始まりそうだ。
立ち上がった僕らは並んで歩きながら映画館へと足を向けた。さすがに今日は恋人繋ぎなどせず、僕らは手ぶらだ。この人の多さでやるのはさすがに恥ずかしかったのだ。
適当に会話をしながら歩いていると、すぐに目的の大型ビルへと着いた。
ショッピングセンターと併設しているこのビルの最上階に、目的地の映画館がある。僕らはエスカレーターで登りながら、今日観る予定の映画について話し始めた。
「湊くんは本当にあの映画で良かったんですか?何度もリメイクされてるので内容を知っているかもしれませんけど」
「大丈夫だよ、知っててもネタバレとか気にしないし。僕もちょっと楽しみにしてるから」
「それなら良かったです。あ、良かったらあとで原作もお貸ししますね。名作ですしオススメなんですよ」
フンスと鼻息を荒くしながら、佐々木さんは軽くあらすじを解説し始めた。本当に本が好きなのだろう。
僕達がこれから観る予定の映画は男女の痴情のもつれを描いた昔の名作のリメイクらしい。
複雑に絡み合ったドロドロの三角関係が主題らしく、何故か僕には他人の事と思えなかった。
R指定ではないみたいなので、まぁ主人公もそこまでひどいことにはならないだろう。
僕がまだ見ぬ主人公の生存を祈っていると、ようやく最上階に着いた。
やはり映画館はデートの定番スポットだ。明らかにカップルと思われる人達で賑わっている。
少しオロオロしている佐々木さんに笑いかけながら、僕は券売機まで向かった。
こうなることは予想していたので、既にネットで席は予約済みである。
無事購入したチケットの片方を僕は佐々木さんに手渡した。
「はい、どうぞ」
「あ、ありがとうございます…湊くんって要領いいんですね。私、なかなか外に出かけないのでこういうことには疎くて。あ、お金渡します」
そう言って彼女はバックから財布を取り出し、千円札を手渡してきた。
僕はありがたく受け取った。見栄を張ろうとしても、逆に彼女みたいなタイプは気にするだけだろう。僕もそういうタイプだからなんとなく分かる。
「どういたしまして。あ、先に中に入っててくれないかな。僕は飲み物を買ってからいくよ。なにが飲みたい?」
「あ、それなら私も…」
「大丈夫だよ、もしかしたら遅れちゃうかもしれないし、明るいうちに座っててもらったほうが、周りの人にも迷惑かけないだろうし」
僕の説得に彼女はしばしの間迷いながら、では烏龍茶で、と口にして劇場の中へと入っていった。それを見届けて、僕は列に並ぶ。
上手く軌道修正はできたな、と感慨にふけっていると横から声をかけられた。
「あれ、湊じゃん」
「お、湊くんおっすおっすー」
そこには僕の友人国枝圭吾と、その彼女である二宮幸子がいた。
二人も映画を観にきたのだろう。幸子は既に左腕に抱えているポップコーンにパクついていた。
…行儀が悪いよ幸子。そして止めなよ圭吾くん。
僕が非難の目を圭吾に向けると、彼は目をそらした。
…彼女に甘すぎだろ、このイケメン
お察しのとおり夏葉はポンコツです
そして割とラブコメ脳です
そういう子が曇るのが自分は好きです
短編も投稿したのでよろしければそちらも見てもらえると嬉しいです
https://ncode.syosetu.com/n9044fw/