ひとりぐらし
ローファーを脱ぎながら土間から家へと上がり、僕は手探りで照明のスイッチを押した。
最近白熱灯から変えたばかりの頭上のLED照明が点灯し、すぐに廊下に光が広がっていく。
軽く後ろを振り返ると、渚が屈みながら僕のローファーと自分の履いていたスニーカーを、綺麗に並べて揃えているのが見えた。
普段は大雑把なのだが、行儀のいい綾乃の影響なのか意外と彼女はこういう作法はきっちりしていた。
「ありがとう。先に部屋に上がっててよ。僕もすぐに行くから」
「どういたしまして。それとお邪魔しまーす。あたしは手伝わなくて大丈夫かな?」
そう言って立ち上がりながら、僕の持つビニール袋に目を向けるが、特に問題はなかった。
いつもやっていることだし、一種の作業だ。むしろ二人だと我が家のキッチンは、少し狭いかも知れない。逆に手間取りそうだった。
「大丈夫だよ。それより外はまだ寒かったでしょ。家の中とはいえ、体も冷えてるだろうし部屋にいってエアコンをつけて待っててくれたほうがありがたいかな」
僕は答えながら降ろしたカバンの中から一つの袋を取り出した。書店の名前が散りばめられてる袋の中には、今日発売したばかりの漫画の新刊が入っている。最近人気のでてきたラブコメものだった。
彼女は待ってましたと言わんばかりに目を輝かせている。普段は猫みたいなのに、こういう時はご主人様を待つ犬みたいだな、と思いながら僕は袋を手渡した。
ここで待てなんて言ったら噛み付かれてしまうかもしれない。彼女は忠犬というよりはリードを引っ張って爆走するワンコタイプだった。
そのほうが、渚らしいのだけど。
「ありがとー!ほんと湊は気が利くなー、いい旦那さんになれるよ。あ、カバンも一緒に持ってくね」
返事も待たずにひょいと僕のカバンを掴むと、ステップでもきざむように二階へ駆け上がっていった。危なげのない、慣れた足取りだ。
僕はその足音を聞きながら、リビングに向かった。閉じていた扉を開こうとすると、上からバタンと大きな音がここまで響いた。
…靴だけじゃなく、部屋のドアももうちょっと丁寧に扱ってほしい。僕は軽く嘆息した。
キッチンについた僕は、荷物を片付けるより先に、電気ポットのスイッチを入れた。渚を待たせている以上、夕食に時間をかけるつもりはない。
今日は一人暮らしの心強い味方、カップラーメンに手をつけることにした。たまにはいいだろう。日頃の食生活より、今は時間のほうが大切だ。
冷蔵庫に食材を放り込んでいると、そういえば彼女持ちなのに幼馴染とはいえ、女の子を夜中に家に入れるのはまずいんじゃないかという疑問が、今さらながらに湧いてきた。
とはいえ、あの状況では渚を家に入れる以外の選択肢はなかったし、なにより渚は人との距離の詰め方がとても上手い。
気付いたらすっと隙間に入り込むように、自然に相手から警戒心というものをなくしてしまうのだ。分かっていても、結果は変わらなかっただろう。
天性の魅力というのだろうか。そういうところも、僕が彼女に勝てる気がしない要因の一つだった。自然と顔が曇っていくなか、ピーという電子音が部屋に響き、僕は我に帰った。
…こういうことは今考えることじゃない。思考を切り替え、僕は冷蔵庫からレタスとキュウリ、ミニトマトの入ったパックと牛乳パックを取り出す。
野菜をまな板の上に並べてから、備え付けの収納棚に手を伸ばし、猫のイラストの描かれたコップとボウルを手に取った。
この猫のコップは、以前幼馴染達と一緒に買い揃えたものの一つだ。他に綾乃用の犬が描かれたコップと僕用のペンギンが描かれたコップがある。
このように我が家には常用している幼馴染専用の小物が他にもいくつかあり、僕の家には幼馴染との思い出がそこかしこに染み付いていた。
コップにココアを入れ、ミルクを注いでいく。ココアに対し、ミルクを多めに入れるのが渚の好みだった。それを電子レンジに入れ、ホットのボタンを押す。
ココアが温まるまでの時間で、サラダも作ることにした。とはいえ別に手間でもなく、レタスを適当にちぎってボウルにいれ、キュウリを切ってミニトマトを添えればほら完成。
あとはドレッシングをかけるだけというお手軽さだ。
野菜は取らないと駄目だと綾乃からも口酸っぱく言われているので、毎回食べるようにはしていた。僕も野菜は嫌いじゃない。
ちょうど盛り付けが終わったタイミングで、背後からまた電子音が聞こえた。
レンジの扉を開けながら壁にかけてある時計を見ると、既に10分近く経過していた。ちょっと待たせてしまったかなと思いつつ、コップを脇に置き、軽くまな板と包丁を濯いだ。明日の朝食と弁当については、冷凍食品でいいだろう。
いつもは夕御飯を多めに作り、弁当のおかずにしているのだが、たまにはこういうこともある。後でご飯を炊かないとな、と脳内メモも忘れない。
長期出張で家を空けている両親に変わって、僕の世話を焼こうとする綾乃を押しとどめるためにいろいろと覚えたのだ。その甲斐あって家の鍵を綾乃に渡さない程度の信頼を両親から勝ち取ることができた。
…綾乃は思い切り不満そうにこちらを睨んできてたけど。
そんな苦い思い出に苦笑しながら、シンクに立てかけていたトレイを手に取る。
緑色のトレイにサラダボウルとお湯を注いだカップラーメン。熱々のホットココアを置き、それを両手で持ちながら僕は二階の自室へと上がっていった。
ちょっと書き慣れてきた気がします。でも気のせいかもしれない
場数を踏むって大事ですね、書けば書くほど本筋から離れたことも書いてしまってる気がします
既にプロット崩壊中。でも内面描写は大事だと思います
処女作なのでどうか生ぬるい目で見てくださいお願いします_(´ཀ`」 ∠)_