燃えろ
城内に入ってみたがまだ何も無さそうだな、今は城内の庭を歩いている。かつての騎士団の訓練所の名残りだったであろう建物は木に絡みつかれ原型を留めておらず、外に剥き出しで長い間雨風に晒され掠れた国章が薄く残る銀製の盾だけが小さくその存在を主張する。
外壁にも蔦が絡みつき、まるで御伽噺の世界に迷い込んだみたいだ。だが城の中にいるのはお姫様ではなくドラゴンやらといった怪物だろう。
そうして本当の城の中、大広間に通ずる大扉の前に立つ。緊張感から手にじわりと汗が滲むのをかんじる。その荘厳な扉は周囲とは打って変わって欠けてる部分など無く建てられた当初の形を保っており、その違和感から余計異質なものとして引き立っており、開けるために手をかけることすら躊躇させる。
だがこのままここにいたってしょうがない、十分しっかり躊躇った後開けるしかないと覚悟して手をかける。
「鬼が出るか、龍が出るか……」
まぁ、どっちにしたってお断りだがな!扉の片側を思い切り押し一歩踏み入る。その瞬間、目の前が黒に染まった。
「危ねぇ!」
何とか横に逸れてかわしたが一体何が……
その時、雲の切れ目から月明かりが差し込み“ソレ”が目に入る。
それは地から天まで届くほどの大きく、太い幹だった。地下から伸びたそれは大広間の床をぶち抜き、全王朝の二百年の歴史は粉々に粉砕されていた。その幹から伸びる枝は一本一本が優に三メートルを超え、それがまるで蛇のように自由自在に動き回っている。夜の闇で黒く見えた色はまるで血のような赤、それは今まで食ってきた人間の血で染まったものなのだろうか。
そう、有り得ないほどの巨木が今までクシュー廃都を訪れた人間を誰一人として逃がさず食らってきた正体なのだった。
「なっ!トレントか!」
その姿に気圧されてるのも束の間、何本もの枝が一斉に襲いかかってくる。周りに目を向けると周囲には足場が殆ど無く、壁沿いに少しだけ残っている床と地下から伸びている柱が数箇所あるだけ、圧倒的に不利な状況かよ!そして考えている時間も与えないと言わんばかりに枝はその距離を詰めてくる。
「想造!エンチャント、炎!」
懐から魔石を取り出し砕く、それと同時に刀を想造する。色は赤、虹彩が赤く染まり刀も炎を纏う。
「死に晒せ!」
刀を振るう、炎が俺を守るように枝の行方を阻む。
「うぉっ!」
だが、枝は炎の壁など意に介さず俺がいた場所に突き刺さる。咄嗟の判断で別の足場に飛び移る。
「やばっ」
飛び移った足場がすぐに崩れ落ち慌てて別の足場に飛び移る。その間にも次の枝が距離を詰める。回避は間に合わない!刀を構え枝の薙ぎ払いを正面から受ける。
「おぉぉぉぉ!」
あぁ……これはキツイな。
一瞬だけ拮抗したが受けきれず地下へと叩き落とされる。背中から地面に激突し、物凄い衝撃が襲いかかる。
「グフッ」
耐えきれず血反吐が吹き出る。どうやら折れた骨が肺に突き刺さったようだ。数メートルは落とされたのか?朦朧とする意識を背中の激痛が辛うじて保たせてくれる。だがどれ程辛くても大樹は追撃の手を弛めたりはしない、もう既に枝がこちらに向かってきている。
……畜生、こんなところで死ぬのかよ。また、誰にも見て貰えないまま死ぬのかよ?
「……ぃやだ」
生きたい……二度目まで、無様に死にたくねぇ
ボロボロになった身体に鞭を入れろ。動け、動け動け!迫り来る枝が、俺の腕が、余波で崩れ落ちる瓦礫が、全ての事象がスローモーションになる。
枝が目の前僅か十センチに迫る時、袋から何とか魔石を取り出すことに成功するが、その手が止まる。本当に成功するのか?
俺が今やろうとしているのは二属性同時付与、だが基本四属性である地、水、風、炎は互いに反発する。それ故に今まで魔術師団で試したことはあるが結果は全て爆発して失敗。一度も成功したことが無いのだ。
ここで失敗したら完全に動けなくなる……どうすればいい?
俺は詰まる所、怖気付いてしまったのだ。
もう、一センチもない。
「はは……」
目には諦念が浮かび手からは折角掴んだ魔石が零れ落ちそうになる。
……大丈夫、僕を信じて
枝が圧倒的質量をもって俺を飲み込んだ。
「トワイスエンチャント、業火」
目が赤く、より紅く染まる。刀は鋳造されている時のようにその身を溶かす程の熱を発しながら燃え上がる。
一振で迫る枝が燃え上がる。だが傷から、口から血は絶えず吹き出し、暴れ出した魔力が一秒毎に俺の細胞を壊していく。
それでも……身体は、心は、魂は燃えている
砕いたのは風の魔石。これは、炎を業火へと至らしめ万物を焼き払う地獄の業火。
「これなら、燃えるだろ?」
あぁ、よく解る。次々と迫る枝を切り払う、枝に飛び乗り追撃を走り抜ける。一歩走る毎に噴出する暴力的なまでの魔力が推進力となり次の一歩を無理矢理引き出す。後ろでは風が枝を抉り炎が中から蹂躙していく。横から突き出して来た枝を見ることなく一太刀で焼き払う。風と炎により限界まで拡張された感覚は温度差や空気の流れから何処に何があるのかを正確に把握できるという副次効果を生み出した。
「……届く」
このまま枝を走り抜けて幹を……斬る。それで終わりだ。あと十歩、それで刀が届く。
その時、枝が四方八方から俺を包み込むように襲いかかってきた。逃げる術はなく、一瞬で視界が遮られ黒に染まる。
「邪魔だ。火災旋風」
一歩踏み込み力を貯め身体を回す。俺を囲むように展開された炎を風が回転を加え炎の竜巻を生み出す。取り囲んでいた枝は炎に呑まれ逃げる隙を与えることはなく焼き尽くす。
「らぁぁぁ!」
そして遂に刀が……届く。大樹からは血のような液体が吹き出す。そして、直径十メートルはある幹に刀を振り抜く。
刀から噴出する炎が幹を切り裂き、その巨躯を焦がしてゆく。炎は突き進み、遂にその巨躯を二つに……裂いた。