無力
周囲の時間が止まる。その時、百メートル程離れた場所にいた筈の巨人も沈む音が響いた。
「「ウォォォォォ!!」」
歓声が上がる。遊牧民共は怖気付いたのかこの時の止まった戦場の中一目散に逃げようと駆け出す。
「今だ!殲滅しろぉぉぉぉ!」
兵器の戦意が回復したことを見計らったのか後方から将軍からの命令が大声で響き渡る。一斉に遊牧民を追って兵が駆け出す。
よし、やる事はやったからな、ユーリに指示を仰ぐため走る兵の合間を縫い一瞬で隣に立つ、痛っ!立ち止まった瞬間右足に痛みが走る。右足で立ち止まった時に負担がかかりすぎたか……
「アレン、私達はこのまま撤退しよう。武功を挙げすぎても権力闘争に巻き込まれる、今のお前には足枷にしかならないだろうからね」
おっ、ユーリの口調が戻った。普段は優男の様な口調だが戦闘中は口調に隙が無くなる。まるで乙女ゲーに出てくるキャラみたいだな、やったことは無いけど。
「了解、魔力、解放」
まぁ、そんな事はどうでもいいが、エンチャントを解き俺達は兵士とは真逆に歩き始める。
その後は戦闘によって馬を殆ど失っている遊牧民を王国兵が殺し尽くす文字通り殲滅戦であった。
俺達帝国騎士団は奇襲も無かった後方で身体を休め、俺は次のクシュー廃都への準備を整えていた。ユーリには行きに乗ってきた馬車を丸々貰っているので備蓄等には心配が要らない、だからする事といっても馬車で馬の世話や汚れた服を着替える程度だが
「馬車貰えるのは嬉しいな、ユーリもたまには気が利くじゃん」
馬車の荷台で寝転がりそう1人呟くと
「因みにその馬車代、ツケだからな」
……マジですか?
「今回の戦争での報奨金にしたってアレンはまだ勇者として名乗ってないから一般兵と同額、馬車の馬代は何とか賄える程度だから荷台と備蓄分、ツケとくよ」
そう言うと何時もより二割増ニッコリ笑って去っていった。
「えぇ……」
余りの塩対応に呆然としながらも馬を操り南方へと歩を進める。
勇者とは敵対種族である魔族の討伐という任務が最終目標ではあるが、それ以外にもあくまで大司教レベルの地位のため教皇から任直轄の任務、各国からの要請もある。要請に関しては教皇が選別してから任務を与える事となっているため数は多くはないだろうがそれでも各地を飛び回らなければならない事には変わりなく多忙な職である。
そして気を付けなければならないのが魔族の中にも人間と同じ宗教、コルス教を信仰している種族もあり全ての魔族が敵という訳でないということだ。つまり勇者とは体のいい外聞でありその実、異端者は人でも殺す異端審問会の様な立ち位置だ。
「面倒な事になったなぁ……」
先程の戦場から数キロ離れると最早血の匂いもしなくなり街道沿いののどかな平原を歩いているだけとなった。馬達もゆっくり歩いて草木の爽やかな香りを楽しんでいるようだ。
王国は東部の平原地帯を広く治めており、逆に西部の山岳地帯は遊牧民も多く未開拓地域となっている。今回の戦争も度々ある遊牧民の強襲というやつだ。
そのためこの国は王都を西部に置くことで脅威度の低い遊牧民との闘争はあるが他国からの侵略に余裕を持って対応できるようになっている。
そして今向かっているクシュー廃都へは王都から地図をみても軽く二百キロある。そのため馬で向かっても大体一週間もかかる。
話し相手もいないし暇だなぁ、何処で今日は休もうか手網から片手を離し隣のバッグから取り出した地図を見るとここから更に二十キロ程行ったところに村があるようだ。このペースで行くと夕暮れには着くかな、なんだかんだで久しぶりにゆっくりできるので馬車の旅も満喫しているのだった。
「寂れてるなぁ……」
村に着いたと思ったらその村ではどんよりとした雰囲気が漂っていた。それもそうだろう見るも無惨に田畑が荒れ果てている上に村には若者が殆どいなかった。今の文化レベルでは農民はすべからく土地に縛られるというのにはっきり言って異常である。
「宿屋は……こっちか」
ともかく休もう、そう思い宿屋に向かうとそこには手入れも最小限のボロボロな宿が一つ、馬車から降り宿屋へと入る。少々埃っぽいが気にしない事にする。
「すみません、泊まりたいのですが」
ロビーであろうカウンターから声をかける。すると老婆が一人出てきた。
「こんなところにわざわざよくいらっしゃいましたねぇ、夕飯は食えないようなところで申し訳ありませんがゆっくりしていってくださいな、部屋は一番手前の部屋、鍵をどうぞ、あぁ、馬車がある?家の隣に小屋があるから停めてきてくださいな」
それだけ言うと奥に引っ込もうとした。慌てておばあさんを呼び止める。
「お金、まだ払っていませんよ」
「あぁ、お金は構いませんよぉ、なんせもう閉めようと思ってた所でねぇ、若いのは皆出ていってしまった。残った一部の子らは金の為に戦争で逝っちまった。田畑はどれだけ耕しても端から魔獣に荒らされちまう、こんな村に住んでるのは家を捨てられなかった頑固者くらいさ」
だからもういいのさ、そう言い残しその老婆は奥へと見えなくなっていった。
俺は馬を小屋に繋ぎその部屋の布団にダイブする。その布団からは埃一つ立たなかった。
夜も深け村には起きているものが一人もいなくなった頃、一つため息をつき先程まで寝ていた頭を叩き覚醒させる。よし、やるか……
村には日が昇ろうとし空が白む頃、俺は馬車に乗り村を後にしていた。馬が不満そうに嘶く
「悪かったって、だがこんなことしかできないからなぁ……」
俺は昨晩宿の礼、と書き置きを残しこの辺りを荒らしていた魔獣、ランページボアを狩り尽くした。
ボアの皮は防寒に優れているし肉も食えないことは無い、血抜きもちゃんとしてあるから後一時間は死後硬直で不味くはならない。これでまだほんの少し残っていた田畑は荒らされることは無くなるだろうし、経済的にも多少の余裕は出るのではないだろうか。
魔獣の生息分布的にあの辺はボアの縄張りだったのか殆どと魔獣はいなかった。これなら他の魔獣が住み着くまで数年程は稼げるだろう、その間にどうするかは彼等次第か
「全ての人間を救う事は出来ない……ね」
前の世界では使い古された言葉を口で転がす。代理だが勇者だから人を救うものだと思ってたがな
結局俺は俺か。畜生、妹を守るとか言ってゲームやアニメに出てくる勇者になれるのかと憧れを消せなかった。やっぱ俺は俺がとことんまで嫌いみたいだ。前世から一歩も成長してねぇじゃねぇか。