決断
……痛てぇ。
首元に響く鈍痛に顔をしかめる。どうやら剣の柄で叩かれたらしい。
「やぁ、目が覚めたみたいだね」
「あんたは……」
ソファの上で気を失っていた俺に延髄打ちをした騎士から声が掛かる。その騎士は鎧取っていたためサラサラとしたゴールドの髪が輝いており、端正な顔を引き立てていた。イケメンめ、と内心で愚痴りながら辺りを見渡すと質素とは言えない程に装飾品のある部屋にいることが見て取れた。
「ここは、領主様の屋敷か……」
その騎士はご名答、と肩を竦めて笑いかけてきた。でもなぜ俺は領主様の屋敷なんかにいるのだろう?それにココは無事なのか?俺は困惑の表情を浮かべる。
「まぁ君も急な事態に困惑しているだろうから説明しようか」
その騎士はそう前置きしてから事の顛末を話し始めた。その話によるとどうやら俺は異端者として村八分決定らしく折檻するという名目で俺を保護したのがユーリ、目の前の騎士らしい、そしてココは今現在自宅で待機しているという。
やはり唯一神が選んだ勇者の否定はアウトだったか、だがそんな事よりもココのことを聞いておかないと、最悪戦うことになることを予期しいつでも武器を出せるよう準備する。
「ココをどうするつもりだ」
話を聞いた後、そう騎士に問いかけた。もしもココの身になにかあったらと思うとゾッとする。
「その話なんだがね、君。勇者にならないかい?」
……は?
「一体どうゆう事なんだ。勇者はココじゃなかったのか?」
その時俺は言葉の表面上は冷静であるようにしていたがユーリの言葉から導き出されるとある憶測に腸が煮えくり返りそうになっていた。
「あぁ、そうだね、それじゃヒントだ。勇者というのは地位の名前だよ」
やっぱり、勇者は神が選んだのではなく人が選んだ存在だったってことか……
「それで、なんで俺が勇者にならないかと勧誘を受けるんだ」
ユーリが俺の手を取る。その余りに真剣な目に若干気押される。だがその口から出た言葉に先程まで感じた怒りが吹き飛ぶ程の衝撃を受ける事となる。
「それは……君が、私達と同じように神を信じていないからだ」
「……は?」
なぜこの短時間で二回も衝撃で空いた口が塞がらないような体験をしなければならないのか非常に意義を申し立てたいがそんな事よりも騎士が神を信じていない事に驚きを隠せなかった。
「驚いてくれて嬉しいよ、そもそも私はこの王国付きの騎士ではなく神聖レーナ帝国からの助っ人でね」
「なら余計信じられないんだが……」
当たり前である。そもそもから始めて宗教の総本山の国の名前出されて信じる方がおかしいということにユーリは気づいていないらしい。
「それもそうか、まぁ今代の教皇があれだからなぁ……」
そうユーリは若干疲れた表情で愚痴る。え、待ってその話しすごい気になるんだが、教皇が無宗教とかもう終わりでは?
「まぁその話はどうでもいいか」
どうでもいいの?ねぇ更に困惑した哀れな子羊一匹ここに居るんだけど!そんな俺の魂の叫びを無情にも無視してユーリは話を続けた。
「ともかく君は妹を助けたい、そして勇者と言う名前に惑わされない無宗教、更に実力も兼ね備えている。だから君には勇者の代理としてこちら側に勧誘するには充分でね」
ツッコミたい部分は大いにあったが理解できない話ではなかった。そうしてユーリはもし話に乗ってくれるなら握手を、と手を差し出してきた。
ため息をつく。俺はもっとゆっくりしたいんだけどなぁ、不本意だがココを助ける為にはしょうがないか、俺はユーリの手を取った。
その後、俺はユーリに明日には出発するから最後の晩になる。と言われ人目を避けながら我が家に帰ってきた。
「おかえりなさい」
夜遅くだというのに明かりが付いていたと思ったら母さんが帰りを待ってくれていた。全く、俺が向こうで泊まってたらどうするつもりだったんだか……嬉しさを誤魔化すために皮肉げにただいまも言わずに語りかける。
「でも帰って来たでしょ」
そう母さんは笑いかける。不思議とほんわかした空気が流れ、俺は母さんの対面の椅子に座る。
「お父さん、どうすればいいか分からないって寝ちゃった」
親父……母さんに任せて不貞寝したのかよ。思わず失笑してしまう。母さんもあの人は本当に、とクスクスと笑う。だが直ぐに話が途切れてしまう。
どちらも話しかけようとしない無言の時間がすぎる。ある程度たった頃母さんが話し始める。
「本当なら私達が守らなきゃいけなかったのに、ごめんなさい」
母さんが唐突に頭を下げる。まさかの出来事に慌てて母さんの頭を上げさせた。
「そんなことないって!俺は……お兄ちゃんだからな、妹を守るのは俺の役目だって」
そう言うとありがとう、と母さんはか細い声で言った。それもそうか、娘が勇者で息子が異端者だもんな、そりゃこたえるだろう。
「ともかく、後は俺に任せてよちゃんとココは守るからさ」
「アレン、それって……」
まぁまぁ、と誤魔化して母さんの背中を押して室へと向かわせる。母さんがベッドに入ったのを確認して俺はココの部屋へと向かった。
「よう、よく寝てるか」
小声でココに話しかける。大変な事があっただろうに寝顔は穏やかで安心したよ、頭を撫でる。
「絶対に、守るよ」
少しでも楽になるようにお兄ちゃん頑張るからな、そう念じ、額にキスして俺も自分の部屋に戻った。
その十分程後、ココの部屋から二度三度程床を叩いたような音が響いた。その時起きている人は誰もいなかった様で気づく人はいなかったが。
翌朝、まだ空が白んだばかりの頃、俺は支度をして村の外れに居た。もうじき帝国の馬車が来る。
「いたのか、アレン」
「……エレインさん」
まさかのエレインさんだった。村八分決定の俺になんの用なのだろうか?
「お前はよくやったよ、よく、兄としての役目を果たした。励めよ」
それだけ言ってエレインさんは村の方に戻って行った。
「今まで、ありがとうございました!」
その背中に向けて礼をする。片手を挙げて応えてくれたエレインさんはじきに見えなくなっていった。
馬車の音が近づいてきた、俺は村の門をくぐる。名残惜しくもあるがさよならだ。
そんな俺を背中を陽光が暖かく照らしていた。