表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/26

勇者

 目が覚める。俺は何をしてたんだっけ……?薄暗く少しホコリっぽいいつもの俺の部屋、二度寝しそうになる頭を振り無理やり目を覚ます。


「そうだ。盗賊の討伐をしたんだっけな……」


 その瞬間殺した時の光景がフラッシュバックして強烈な嘔吐感に襲われる。


 喉元までせりあがったそれを飲み込んで事なきを得る。危ない、ベッドを汚すところだった。胃液によりヒリヒリとする喉に痛みを覚えながらドアを開け下の階へと降りる。


 一階に降りると誰もいないリビングに陽の光が差し込んでいた。どうやら皆出払っているみたいだな、桶に入れてあった家族の誰かが汲んできたであろう井戸水をコップへと注ぎ入れ一気に飲み干す。喉を冷たい水が通り嘔吐感を拭っていく。


「しかし、誰もいないなんておかしいな」


 普段は母さんが絶対に家にいるはずなのに今日に限っていない。何か急な買い物でもしに行ったのだろうか?それに何故か村も妙に静かだ。嫌な予感をフツフツと感じながら取り敢えず家を出ることにした。


「おいおい、なんだよこれ……」


 村の広場に向かうとそこには人、人、人。おおよそ百人ほど、つまり村人の殆どが広場に集まっていたのだ。


 そして広場の中央にある壇上には甲冑に身を包んだ騎士様、こんな辺境の村に騎士?ありえない。一体何があったんだ……


「あっ、お兄ちゃん!」


 声のした方を向くとココが駆け寄ってきていた。その顔には不安そうな表情が張り付いている。


「これは一体全体なんなんだ?」


「今ね、この国にいる勇者の素質がある人を探すために若い人を集めて騎士様が儀式を行うんだって……」


 おいおい、冗談はファンタジーだけにしとけよ……いやここファンタジーの世界だけどさ、いくら何でも急すぎる。

別段戦争が起こっている訳でもないのに随分と物々しいじゃないか。まるで何かを予期しているみたいだ。


「とにかく若者は皆広場に集まれって言われて、お兄ちゃんは寝てるからって言ってなんとか順番を遅らせてもらったの」


「そうか、ありがとな」


「うん、大丈夫だよ」


そう言ってはにかむ。相変わらず可愛いな、転生してシスコンにでも目覚めたかね、ココの将来が楽しみだ。もし彼氏がチャラチャラしたやつだったら地獄を見させてやるけどな。

そう熱意を燃やしていると


「次!ココ!」


 領主様から大きな声でココの名が呼ばれる。ココはごめんねと謝りながら広場の壇上へと向かった。そうして壇上へと上がったココが騎士の持っていた水晶に手を触れた瞬間それが瞬く間に光出した。

 おいおい、その光ってまさか!


「今、勇者が見つかった」


 騎士が厳かにそう告げる。その瞬間俺は駆け出して壇上のココを後ろ手に庇いながら騎士に向かい刀を想造していた。騎士の目がほう、と細められる。


「……なんの真似だ」


「駄目だ。そんなの許せるか」


 周囲にいた皆がざわめき騎士の傍にいた領主が俺を抑えようとしたが騎士が手を上げ抑える。

 勇者なんて言わば国公認の殺し屋と同じ、戦争に連れていかれるに決まってる。そんなの許せるかココには、妹に殺しなんてやらせない。平和にこの村で過ごすのが幸せな筈だ。


そんな、他者に強要されて戦わせたりなんか……させない。


「ココに殺しなんて、させない」


「勇者を殺し屋と断ずるか、愚か者め」


 そう騎士が言葉を放った瞬間、昨日まで友だった人、お隣さんだった人達から俺に向かい非難の声が上がる。


 クソ……しくじった。

この国は一神教、神が決める勇者を否定することは神を否定すること、か。あの騎士も言葉選びに悪意を感じるよ畜生。


 チラリとココを見る。その目は不安と恐怖に彩られていた。

妹が怖がってるんだ。なら、守らなくちゃな。そう改めて決意を固める。

敵は眼前の騎士、勝てるか分からないし勝ててもどうなるなるかなんて分からない。でも、ここで引く道もない。





 かつてココとこんな話をした事がある。十年程年前、飢饉によって不作になった事がある。村人も何人かが亡くなった。


「お兄ちゃん、教会にお祈りに行かないの?」


 そんな時だった。村の皆が雨乞いに神に祈りに教会に向かっている時、俺一人だけ森に食料を探しに行こうとしたらココにそう話しかけられた。


「おうさ、お祈りなんて無駄だからな」


 そう言うとココは怒ったように俺に詰め寄った。多分親父も母さんもお祈りに行ってたからそれを否定されたくなかったのだろう、その時ココはまだ五歳、信仰心を理解するにはまだ幼かった。


「そんな事言わないで!神様はなんとかしてくれるもん!」


「本当にそうか?」


「そうだもん!」


 多分俺もココもムキになってたんだろうな、今覚えば俺も大人げなかった。ココの頭を撫でる。ココの目がなぜ撫でられたのか分からず不思議なものを見る目に変わる。落ち着いたかな。


「なぁ、ココ。もし嫌な事があったり怖い目に遭ったらなんて言う?」


「えっ?あぁ、神よ!じゃないの?」


 そう、この世界でも神頼りというものがあるらしい。俺はそれが昔から大嫌いだった。ひねくれてると前世では笑われた事もある。だけどこの世界では神頼みなんかしてる時間があれば何か食料を見つけた方がよっぽど有意義だ。それをココに教えないともしかしたら飢える可能性もある。それ程生きるのにこの世界は厳しいのだ。


「その時神様は助けてくれると思うか?」


「それは……」


 ココの顔が曇る。多分神頼みをした経験があるのだろう。初めて神に不審感を抱かせてしまった。これじゃあ俺が異教徒にしてるみたいで申し訳ないな、若干の罪悪感を感じながらも話を続ける。


「いいか、神様はいる。だけど神様は俺達のことなんか気にしてないんだよ、だって神様はあくまで母体でしかないから」


「母体……?」


 ちょっと難しかったかな、またココの頭を撫でる。取り敢えずこうすれば俺も落ち着くみたいだ。これはシスコンと言われてもしょうがないな。


「そう、神様はこの世界を創り、生命の営みを整えるところまでで役目は終わり。そこから先は僕たち人間や魔物を含めた全ての生物の責任なんだ」


 前世の世界でも生活が安定している現代にには神話なんて生まれることはなかった。

かつて人は天災といった理解できないものに、魔法や神の力などを当てはめ自身が理解出来る理不尽としてきた。それが伝承や神話となり今に伝わっている。

 では現代は?現代に神話はあるだろうか?答えは否、なぜなら殆どのものは化学が証明してしまったせいで異常が、未知が無くなった……訳では無いが大体のことに化学で説明がつき、未知を畏れ、そして神格化して理解する必要が無くなったからだ。


「私たちの……責任」


「そう、だから俺たちは神様に頼らずに生きなきゃいけない、神様に祈ってるのは皆それにすがって現実を直視したくないからだ」


 自分で言ってて酷い台詞だなと思う。村人に聞かれたら殴られるだろうなぁ、日本生まれのため宗教に対してはドライなんだ、許してくれ。そう村人に心の中で謝っておく。


「だからな、ココ。今本当にすべきは生き残るために食料を探すこと。村の畑は正直今年は期待できない」


 生憎とこの世界にサツマイモはまだ無いようだし。青木昆陽が運良くサツマイモを持ってこの世界に転生してくる確率にかけるよりかは森に行って野いちごやらを探した方が懸命だろう。


「……分かった。お兄ちゃんと一緒に行く」


 そう言いココは俺の手を小さな手で握ってきた。その日からココは教会に行くことはなくなった。




 ……お兄ちゃん


 私の目の前に立つお兄ちゃんを見つめる。その背中はとても大きかった。


 初めは訳が分からなかった。急に勇者なんて言われてどうすれば良いのか分からずに頭が真っ白になってた。そして気づいたらお兄ちゃんが私を庇って壇上まで来ていた。


 いつもはぼんやりとしていて、寝坊助でだらしないお兄ちゃんが私のために壇上まで来てくれた。それだけでとても嬉しかった。もういいよ、と言おうと思ったところお兄ちゃんに目を見つめられる。その強い意志のこもった目に私は何も言えなくなる。そしてお兄ちゃんは村人からの非難を一身に受けても怯むことなく騎士様に向き合っている。私がお兄ちゃんの背中に手を伸ばそうとした。


 その時、お兄ちゃんが消えた。瞬間、村全体に鳴り響く鍔迫り合いの音、お兄ちゃんと騎士様が剣をあわせていることに皆が遅れて気づく。今、お兄ちゃんと騎士様が戦い始めた。皆がそう気付く時にはもう既に二度、三度と刃を交えていた。




 畜生、こいつかなり強い。そりゃあ態々勇者探すために派遣された騎士が弱いなんて考えられないけども!さっきから打ち合ってて分かる。


 ……剣筋が全部読まれてる、向かって行ったのに全部弾き返される。これ程絶望的なことがあろうか?


 いや、まだだ!それならそれで俺にだってやることがある。相手がそうやって剣を合わせてくれるならその手に乗った上で俺が勝つ!


 剣速を更に速くしろ!奴の剣が重くても気にするな!もっとだもっと剣を引け!刀は打ち付ける物じゃない、斬るための武器だ!腕が痺れてきたが意識をしないように剣を振り続ける。


「くぅぅぅぅ!」


 不意に奴の剣が俺を弾き飛ばし横合いから切り付けてきた。不味い!咄嗟に回避に移る。そこでふとした違和感を覚えた。こんなに熟練した騎士がこんなにも直線的な動きをするのか?兜に隠れた目を盗み見る。その目は……俺の頭を見ていた。


 上か!下がろうとしたのを中断し横に転がる。壇上から転げ落ち全身を打ち付けるがすぐに体勢を立て直す。領主様含めた村人は俺を避けるようにして輪を作っていた。それが何故か滑稽で笑えてくる。


 壇上の騎士を見ると剣を上から振り下ろしていた。


 よかった。そう安堵した瞬間、壇上にいた騎士が目の前に立っていた。


 ……えっ?


 そうして首元に強い衝撃を受け俺は意識を手放した。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ