「何か言ってくださいよ」
「優雅になんて、ここには存在しないのかもね」
生協食堂で望めるものではない。そんなことは錠も初めから分かっていた。だから今度は大きな溜め息をついた。こんなことなら遅刻していても、授業に出るべきだったのか。そんなことを考えれば考えるほど、憂鬱な気分に陥って行くだけだった。
「違う。違う。違う。こんなんじゃ駄目だ」
酒でも飲みたい気分だ。昨夜飲んだアルコールがまだ残っている。だから余計にそんなものを欲してしまう。
「先輩!」
背後でまた声がする。壁を向いての食事は、もう金輪際するものではないなと、錠は後悔していた。
「ナ・ニ・か?」
一音ずつ区切って、今の気持ちをその声にのせて表したつもりだった。だが、足音もせずに忍び寄った人物に当て付けるには、無視されてしまうことにしかならないようなあまりにも弱過ぎる表現だった。
「先輩。扇ちゃんを見ませんでしたか?」
椅子に座っている錠を、背後から頭上越しに顔を覗き込んでくる。そんなことが出来るのは、平均よりも遥かに身長が高いからだ。身長だけではない。体格が非常に素晴らしい。特に上体が筋肉の鎧を纏っているようだった。
「ナ・ニ・か?」
当て付けだ。同じ言葉を繰り返すのは、せめてもの錠の抵抗だった。
「聞いているのかい、先輩。扇ちゃんだよ、扇ちゃん。こっちに来た筈なんだよな」
どでかい掌が、錠の頭を鷲掴んだ。
「あのね、一回生くんだったっけ?」
「そうっすよ。木森 林太【きもり りんた】。忘れないでくださいよ、鍵屋先輩」
錠の頭の上で、掌に力を込められた。
「君は新入部員だよね。この手は―――」
何だ!と言おうとして、それが遮られてしまった。
「先輩風を吹かすんですか? でも、一応敬語を使ってあげているじゃないですか。それよりも、扇ちゃんは来ませんでしたか?」
林太がバシバシと頭を掴み直す。掌が大きいので、それだけで錠の首にまで衝撃が伝わった。
「何か言ってくださいよ、先輩」
最悪。最低。最下。下の下。折角の食事もこれでお仕舞だ。食欲も無くなった。錠はムカつく胸の内を堪え切れなくなっていた。
勢い良く立ち上がると、林太の顎を見事に頭突きをすることが出来た。しかし、狙ってしたことではないので、錠は頭が割れたのかと思うほどの痛みに耐える羽目になる。
それでも痛みなどに負けてはいられない。このムカつきを言葉でぶつけなければ、とても治まる気分などではなかった。
「いい加減に―――」
「いいなぁ。男二人で抱き合ってるの?」
また唐突だった。またまた錠は言葉を遮られてしまった。