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未来創造社シリーズ

安定C

ある日の事です。わたしが飼っている猫『バンブー』が何か物音に気付いたのか両耳を開き気味に音がした窓の方に向けているの見た時に、



<珍しくお客さんかな?>



と思いました。その日誰かと約束していたわけではなかったので、誰か来たとしたらさしずめ音信不通気味な愚弟かなと思っていたのです。音信不通というか面倒臭がって極端に連絡をしないだけなのですけれど、忘れたころに突然家に遊びに来たりする困った弟は来たら来たで『バンブー』を存分に愛でて満足すると帰ってしまうちょっと変わり者です。だからこの日も、



<弟がまたアポなしでやって来たかな?>



と自然と想像したのです。けれどドアを開けた人は弟ではありませんでした。少し背の低いセールスマン然とした人で、



「こんにちは。私、未来創造社から参りました角律雄と申します」



と名乗ってわたしに名刺を渡してきたのです。確かに『未来創造社』の『角律雄』とプリントされています。



「はあ」



タイミング的に虚を付かれたようなカタチになってしまったので、どうしたらいいのか分からないでいたのですがそんなわたしの様子をまるで親戚のおじさんのように親しげに見つめて彼はこう言いました。



「今、猫ちゃんがいらっしゃるお宅を探してこの辺りを歩いていたのですが、長年の経験からの勘なのですが、猫ちゃんと一緒に暮らしていたりしませんか?」



「え…?分かるんですか?」



咄嗟に答えてしまいましたが、何故かこの『角さん』はこの家に猫がいると思ったようです。それは事実なのですが『勘』で分かるものなのでしょうか。



「確かにうちには一匹、オスの猫がいます」



『角さん』の雰囲気的なものでしょうか何か悪い人のような感じはしなかったのと、ちょうどリビングからこちらをちらちらと見ている『バンブー』を見つけた角さんが、慣れた様子で優しく少し高めの声で、



「あら~かわいい。こんにちは」



とちょっとおばさんのような口調で『バンブー』に語り掛けているのを見たのと、『角さん』がそのまま彼の自宅で飼っている二匹の猫の話を嬉しそうに始めて、これは猫飼いのわたしの『直感』で「この人はかなりの猫好きだな」と確信しました。




「おっと、すみません。猫の話をしていたいのですけれど、今日はうちの商品を紹介に上がったのです。安心してください、猫グッズですよ!」



猫グッズだから安心するというわけではないのですが、少なくとも用途がはっきりしている物なのでそこで警戒は殆ど解けてしまったかも知れません。そのままわたしにある商品の紹介を始めた『角さん』。



「猫のような動物には第六感があると言われています。最新の研究では『磁覚』、磁石の磁の覚という第六感が人間にもあると証明されたそうですが、人間のそういう能力を増幅して猫の気持ちが分かるようになるんじゃないかというアイディアを商品にしたものがあるのです。自社と研究機関で実験した結果ですが、このデバイスを装着して猫の名前を呼んだ時に猫が返事の「にゃ~」と返してくれる確率が30%ほど上昇したというデータがありました。これがそのパンフレットです」




いきなり理数系の話が始まったかと思いきや、すごく堅苦しそうな商品紹介のパンフレットを手渡されました。彼は『デバイス』と言っていましたが、ケースから取り出したのはごくごく普通のイヤリングに思えます。しかも猫のカタチのイヤリングで、微妙に物欲を刺激してきます。ただ幾ら難しい資料とにらめっこしてもそんな大層な商品には見えず、わたしはこう訊ねずにはいられません。



「本当にそんな効果があるんですか?」




「…と勿論、私もそんなに簡単に信じていただけるとは思っておりません。ただ恥ずかしながら私も実際に使ってみて確かな『効果』があったので猫好きの人に使っていただきたいなと思いまして、今回はですね『モニター』というカタチで提供させていただきたいなと思っているのです。」



「え…?ってことは頂けるのですか?」




「はい。研究機関などで実験された結果を疑うわけではありませんが、私としても色々な方に試していただいて効果があると実感してから正式に販売した方が良いと思っているのです」




なんだか少し不思議な話だけれど一応筋は通っているし、色々なことを差し引くとしてもその猫のカタチのイヤリングというだけでグッズとして欲しいと思っていたのも確かです。わたしは素直に『モニター』になってもいいですよと『角さん』に伝えました。



「ありがとうございます。では一つだけお願いがありまして、そのイヤリングは差し上げるという事ですが一週間後にこのハガキの『使用感』という欄に使用した感想を書いて頂いてこちらに送付していただきたいのです。感想というか使っていただいて何かエピソードがありましたら具体的に書いて欲しいのです」



「大丈夫ですよ。えっと…」



「切手を貼らなくても大丈夫ですので」



「あ…はい」




何故かわたしが切手が必要かどうかを気にしていたことを了解していたらしい『角さん』。それはともかく『角さん』はそのまま帰ってしまって、残されたのはイヤリング。約束した事なので使わないのも変かなと思って、さっそく装着してみる事に。



「バンブー!!」



効果を確かめるために呼び掛けてみます。



「にゃ~」



返事をしました。というかわたしが呼びかければ基本的に『バンブー』はこうやって返事してくれます。



「バンブー!!」



「にゃ~」



機械的に繰り返し呼びかけると答えてくれますが、明らかに段々面倒臭そうになってゆきます。当然と言えば当然です。終いには「もう勘弁してくれ…」とでも言いたそうに尻尾を振る『バンブー』。『角さん』は「確率が上がる」と言っていましたが、正直よく分かりません。




「なんか…わたし」




<騙されたかも>と言いそうになった時です。再び玄関のベルが鳴りました。



「はい。あ…」



「よう」



絶句してしまうわたし。そこに居たのは弟でした。弟だったのですけれど…



「みゃー…みゃー…」




何という事でしょう彼は子猫を腕に抱えて、申し訳なさそうな表情でこちらを見ています。




「隆…もしかして…」



「ああ。そのもしかしてだ…さっき橋の下に段ボールがあって…」



そうです。弟、隆は仔猫を…



「思わず拾ってきちゃった…」



「えええええええええええええええええええええええええええ」




☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆




「とにかくだ。俺の家では猫が飼えない。飼えないからこうして遊びに来てるんだよ」



とりあえず弟に家に上がってもらって、一息つくためにお茶を用意しています。立て続けの来客で頭は混乱気味ですが、結論はほぼ一つでした。



「わたしが飼うしかないじゃん…」



飼い主を探すにしても当面はわたしが保護しなければならないことは明らかでした。



「あれ…姉ちゃん、なんかオシャレなの付けてるんじゃね?」



何故かこのタイミングで弟はイヤリングに気付きます。



「ああ、これね…」



流石に騙されたっぽいという印象を抱いていたので普通に「グッズ」として最近買ったという事にしてしまって弟に説明します。



「いいよな…女子はそういうグッズがあってさ」



「別に男の子が付けても…まあ似合わないか…」




そういえば『角さん』もこれを使っていたというから、やっぱり耳に装着したのだろうか。何となく普通のおじさんが付けていると似合うとは言えないかも知れない。




「とにかく…俺も飼い主探しとか手伝うからさ…一週間、何とかお願いできないかな?」



「まったく…」




普段はしょうがない弟とはいえ善意で保護した彼を責めるわけにもいきません。



「わかったよ。何とかする」



「ありがとう!!お姉ちゃん!!」



弟はその後新しい仲間に少し警戒している『バンブー』を一通り愛でて、仔猫用のミルクやお皿などを買ってきてくれると日が暮れる前に帰ってしまいました。



「どうしよう…」



一人残されたわたしは何から始めたものか分からずとりあえず夕飯がまだだった『バンブー』のご飯を用意します。



「バンブー、どうしよっか…」



「なおん…」




『バンブー』も困ったような声を出しています。仔猫は疲れたのかリビングで眠っているのですが、その子もオスで特に見た目が酷いという事はなく捨てられて間もない状態だったようです。



「バンブー。あの子と仲良くして上げてね…」



何気なく語り掛けたのですがその時の『バンブー』は耳をピーンと立てて何か感じ入った様子にも見えました。わたしは夕飯にちょっとは気の利いた事をしてくれたつもりなのか弟が子猫用のミルクのついでに買ってきてくれたコンビニ弁当を食べて、シャワーを浴びて後の事をあれこれ考えているうちに寝落ちしてしまいました。




幸い次の日は日曜日で仔猫の世話に支障はないと思われました。朝方うっすら明るくなってきた頃に、仔猫の鳴き声で目が覚めて<じゃあ、がんばんないとな…>と思ってそちらを見遣ると『バンブー』と仔猫が接近しています。




「あ…」



わたしがそこで驚いてしまったのは、『バンブー』がどこか健気に仔猫の毛づくろいをしてあげているのを見た事です。一般的に新入りに対して警戒する猫もいる中でこの反応はとてもいい傾向で、まるで『バンブー』がわたしの気持ちを推し量ってくれているかのようです。わたしは二匹に近づいて、




「ありがとうね、バンブー。よかったね…猫ちゃん」



と話しかけました。どちらかというと二匹の世界に入ってしまっているようでしたが、こういう様子を見ると心が癒されます。



「あ…そうだ。また付けてみようかな」



わたしはその時もう一度あの猫のイヤリングを付けてみようという気紛れを起こしました。なんとなく自分も混ぜてほしいと思ったからかも知れません。耳に付けてから二匹に近づいて呼びかけてみます。



「バンブー、猫ちゃーん」



するとそれまで夢中だった二匹は明らかにこちらに関心を示して、じっと見つめてきます。もしかすると『30%』という数字がここに現れているかも知れないと思った瞬間でした。




そこから約一週間、仕事もこなしつつ猫の世話をしていたのですが思いのほか仔猫も懐いてくれましたし、何より『バンブー』が色々察してくれたらしく、日中も近くで様子を見ていてくれたようなのです。これをイヤリングの効果というのか、それとも『バンブー』が偉かったのかは結論付けられませんでしたがとにかく二匹でもなんとかなると思えたのは収穫でした。




☆☆☆☆



「姉ちゃん、あのさ…SNSとかでさ探してみたんだ」



「やっぱり見つからなかった?」



日曜日に弟が家にやってきました。浮かない表情を見て『飼い主は見つからなかったかな』と予感しましたが、案の定その通りで、わたしに対して申し訳なさそうな様子で説明してくれます。



「あともう少しだけ…」



「いいよ。少しじゃなくても」



「え…?」



驚いた表情の弟。わたしはその時近づいてきた『バンブー』に、



「いいよね、バンブー?」



と訊いてみました。気のせいなのでしょうか『バンブー』は、



「うん」



と確かに言いました。弟は慌てふためいて、



「え?今「うん」って言わなかった?」



と言いましたが今や家にいる時には習慣でイヤリングをする事にしていたわたしには思い当たる節がありました。



「実はね、今朝の夢枕に仔猫とバンブーが出てバンブーがわたしにこう言ったの。『僕、この仔と一緒に暮らしたい』って」



「あ…そうなの…?でも…」



「まあ最後まで聞いてよ」



変なものを見るような目でわたしを見ている弟を制してこう続けます。




「それでね、その後に『この仔の名前は【アトラス】にしよう』って言ったの。それで起きてから仔猫に『アトラス』って呼びかけたら…」



「呼びかけたら?」



「おいでアトラス!!」



わたしの呼びかけに反応して仔猫がこちらに勢いよく走ってきました。これには弟もさすがに驚いたらしく。



「おお…すげえな姉ちゃん。超能力者かよ!」



と興奮気味に言います。でもわたしは首を横に振って、



「ちがうよ。ちょっと勘がいいだけなの」



と何かを誤魔化すように弟に伝えました。



「そうかな…」



尚も釈然としない弟ですが、ともかくこれからは『バンブー』と『アトラス』と一緒に暮らすことになったのです。




後日、わたしは未来創造社宛てに送るハガキの『使用感』の欄にまずこんな風に書いてみました。




『このイヤリングを使ってみて、確かに勘が良くなったような気がします。それでも本当にイヤリングの効果なのかどうかは断定はできません。ですが、家に居る時には殆どこのイヤリングをしている自分がいます。商品化するときには『30%』の効果ではなくて、せめて『50%』あるといいかなって思いました』




そして『角さん』にお願いされた通り、この間にあった具体的なエピソード書き加えていきます。何となく小説のようになってしまっていますが、彼はこの感想にどう思うかなーなどと想像しながら、いつもべったりくっついている二匹の猫を眺めて少し悦に浸っているわたしでした。

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