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一夏の幻

作者: ぽんた

何もない田舎町。見渡す限り田んぼしかない。吹き抜ける秋風にはキンモクセイのいい香りがした。そんな「ど」がつくような田舎に一つポツンとそびえ立つ高校の校舎。

高校3年生最後の夏、夕日に彩られた校舎から感じたのは明るさや活気ではない。自分を攻め立てるような冷たい冷たい圧力だった。私は泣いた。久々に声を出して泣いた。

〜3ヶ月前〜

私の通う高校はいわゆる自称進学校。一応、県内でも公立高校一位の座についていたから自称と言うか普通に進学校だったのだろう。先生も生徒も絵に描いたような優等生しかいないこの世界。私は退屈していた。クラスで飛び交う冗談やボケは何が面白いのかイマイチ分からないし、先生の授業はまるで他の国の言語であるように聞き取れもしなければ理解もできない。毎日が地獄ですとはこのようなことを言うのだろう。しかし、そんな世界にも楽しみはあった。

「ま〜た死んだような顔しやがって。」

そう言って顔色も見てないくせに後ろから話しかける声。ゆうきだ。ゆうきはサッカー部のエースであり、頭もいい。自分とは似ても似つかない人気者。そんなゆうきと自分のような冴えない人間が仲良くなったのは帰り道が同じだったと言うこれまたしょーもない理由からだった。

「今日、部活休みだから一緒に帰ろうぜ!放課後、正門集合で!じゃ!」

「はいはい。」

彼が休み時間自分に自分に話しかけにくるのは一緒に帰る時か、もしくは暇つぶしに最近あったことを報告する時くらい。でも、友達のいない自分にとってそんな他の人から見たらどうでもいいようなことがどうしようもなく嬉しくて楽しかった。


放課後、正門に行くとゆうきと見知らぬ女の子がいた。

「遅い!何分待たせるんだよ!」

「ごめん。ちょっと長引いて。その子は?」

「こんにちは。りかって言います。一昨日一軒家に引っ越して帰り道近かったから一緒に帰ろうかなって思って。一応同じクラスなんだけど…」

「あ〜そうなんだ。クラスメイトって言うのは分かってたよ。よろしく。」

嘘だ。本当はこんな子見たことない。と言うよりもクラスに興味のない僕はクラスメイトの顔なんてほとんど覚えてない。さっさと帰って欲しかったけど、黙っておいた。

「よろしくね〜。これから3人で仲良くしましょ!」

そう言ってりかという女はニコッと笑った。

最初はどうなるかと思っていた3人だったが、ゆうきを中心に会話は回った。知らない人が1人、友達になった気がした。


次の日からゆうきは部活が再開した為、友達の女の子と2人で帰ることが増えた。7月になる頃には2人でいる時間はかけがえのない時間になっていた。


「ゆうき、ちょっといい?」

人生で初めてゆうきに自分から話しかけた。びっくりして目が丸くなっているゆうきの顔は笑えたが、笑みを押し殺した。ビー玉みたいな目だった。小学校の時、貯金箱を紙粘土で作ったことがあるからわかる。でも今はそんなことどうでもいい。私はゆうきを階段まで連れ出した。

「実は…その〜…ほら最近りかと2人で帰ってるじゃん。それのせいもあって…その〜…」

いつものはっきり言えない性格が出た。ゆうきは私の話が終わる前に

「わかった!!好きなんだろ!りかのこと!!!」

階段に声が反響した。デリカシーのないのか。この男は。

「声大きいよ!」

「ごめんごめん。まさかお前に好きな人ができるとはね。でも、そういうことなら任せろ。アドバイスなら何でもするからさ。いや〜、まさか〜。」

これ以上話させるとろくなことがないと判断した私は「じゃ、よろしく!」と返事をし、教室に急いだ。こういう時は自分がその場を去るのが一番だ。

その夜、ゆうきから件名に「♡」がついたメールが届いた。そこにはりかのメールアドレスが添付されていた。半分ありがとうという気持ちになった。もう半分は言葉に言い表せないが、手がグーになっていたので、高まる気持ちとでも言っておこう。何はともあれ今までずっと欲しかったアドレスをもらったのだ。もちろんテンションが上がる。気がついたら、りかにメールしていた。返信は次の日の朝返ってきた。


学校が休みの土曜日。朝日が眩しくて目を覚ました。起きてすぐに携帯を触ってしまうのは私がスマフォ世代だからなのだろうか。寝ぼけながらメールを確認するとそこにはりかからのメールがあった。雷が落ちてきたように意識がはっきりした。つまりは目が覚めた。返ってきたメールには

「突然のメールでびっくりした!でも、最近一緒にいて楽しかったし、色々話したいって言う思いもあるから自分でよかったらぜひ!よろしく!」

短いメールだったけど、嬉しくて涙が出た。実は昨日のメールで思いが止められなかった私はメールではあるが告白した。ここでも直接言う勇気が無い性格が出たのだろう。直接告白すると言う選択肢は存在しなかった。メールで告白したせいだろうか。あまり嬉しいと言う感情は沸き起こらなかった。むしろ安心したと言う言葉がぴったりきた。私は簡単にメールで月曜日一緒に帰る約束をしてスマフォを閉じた。早く月曜日にならないかな。つまらなかった学校が楽しみに変わった気がした。


月曜日の授業はいつもより長かった。早く終われと願えば願うほど時間が長く感じるのは人間のサガなのであろうか。しかし、そんなむず痒い時間は嫌いではなかった。先生の言ってる言葉も理解はできないが、分かった気がした。変な感じだ。

放課後になった。いつものように正門にはりかの姿があった。いつもと違うのはゆうきが隣にいたこと。私はいつものように軽く「よう!」と話しかけた。

「おう!お前告白したらしいな!やるな〜!メールアドレスもらってすぐに告白かよ!さすがの俺にもできないよ。よかったな!今日はそれだけ言いにきた!じゃ部活行ってくるわ!」

そう言って颯爽と走っていった。まだゆうきには言ってなかった。恐らくりかが話したのだろう。なんだかむず痒かった。理由は分からないけど。

「ごめんね!嬉しくてつい話しちゃった。怒ってる?」

「怒ってないよ。むしろ先に言ってくれてありがとう。自分から言い出せないから助かる。それより今日どこか寄って帰らない??」

「いいよ!門限あるから18時くらいまでなら!公園とかどうかな?」

「分かった!じゃ行こっか!」

そう言って2人で歩き出した。公園は好きだった。いつも学校帰り暇な時、ベンチに座って遊ぶ子どもの姿を見ているだけで幸せになれた。いつか自分も一緒にいて楽しいと思える人と来たいと考えていた。それがついに叶うと思うと、少し足取りが速くなった。公園で色々話して別れた。学校が楽しかったことや休日何しているのかなど。とにかく話した。でも、まだ好きと直接言えてない。いつか言えるといいな。次の休日は一緒にデパートに行って服とか買いに行きたいな。

しかし、門限が18時の彼女と一緒にどこか遠くに行くことは困難を極めた。公園で話す日々が続いた。それでも私は幸せでいっぱいだった。誰かと一緒にいられるって本当に楽しい。人生の中で一番楽しい。メールで何度か休日遊びに行きたいと言ったが、りかは予定が合わないの一点張りでなかなか行けない。しかも、まだ好きと言えてなかった。メールの中でなら「好き」と言えるのだが、実際に会うと言えなくなってしまう。毎日言おうと決めて家を出るのに意気地なしの僕は「好き」の二文字を言えない。悔しい日々が続いた。意気地なしの自分が本当に嫌になる瞬間である。だからなのだろう。メールではできるだけ自分の思いを伝えることを意識するようにしていた。「今日はありがとう」「一緒にいる時が最近すごい楽しい」。とにかく書けるだけの気持ちを書いた。りかもそれについて「私も!」と同意してくれる。それが嬉しかった。気がつくと8月も終わり、新学期がスタートした。今思えば新学期など始まらなければ良かったと思う。


新学期が始まって久しぶりにクラスメイト全員が揃った。補習を受けていたりかと私は毎日学校だったので、久しぶり感はなかった。しかし、校庭に生えている木々が数枚赤くなっている様子を見ると季節はもう秋になりかけているようだ。そういえば最近肌寒い気もする。いつものように席に座る。りかは風邪で休んでいた。ゆうきもいなかった。

「一緒にいるのがすごく楽しいんだってぇ〜。惚気てんな〜!」

そう言ってきたのはクラスメイトのA君だった。名前は多分、田中君。少し違和感を感じた。

「まあ、水族館いけたらいいな!」

そう言って肩を叩いて教室を出ていった。誰かが話したのだろうか。相変わらず他の誰かから言われるとむず痒い。その時同時にクラスのみんなからの視線を感じた。不思議な感覚だった。優しいと言うよりは少し蔑んでいるようなその視線は気持ちが悪かった。自分のことを笑っているようなそんな感覚。不思議なもので昔から人の嫌な感情は肌で感じることができる体質らしい。その日は早退させてもらい、家に帰ってりかにメールした。しかし、その日、メールは返ってこなかった。きっと風邪でしんどいのだろう。

起床後いつものようにメールを確認するとりかからメールが届いていた。風邪治ったのだろうか。しかし、そこには一言、「別れよう」という1文が書かれていた。何が起きたか分からなくて、気持ちは沈んで体調は最悪だったが、それ以上に何が起きたのか知りたかった。解決しないと心が落ち着くことはないと分かっていたのだろう。重い足取りで学校へ向かう。午前中、公園のベンチに座って子ども達を見ていた。何にも感じなかった。学校へ行ったのは午後から。りかは何事もなかった顔で席に座っている。しかし、やっぱり大切なことを聞こうとすると足がすくんでしまう。結局本人に聞く勇気が出ないまま放課後になり、席に座っていると田中くんに名前を呼ばれた。田中くんはいい人だった。昨日の発言で自分が肩を落としていると思っただろう。謝罪の意味も込めて、なぜクラスのみんなが自分をあんな目で見ていたのかを教えてくれた。内容は以下にまとめておく。


私とりかが出会う少し前ゆうきとりかは付き合い始めていたらしい。暇つぶし程度に2人はゲームをしようと言う話になった。その内容は、りかが他の男を惚れさせることができるかどうかのゲーム。落とせたならばりかの勝ち。落とせなかったらゆうきの勝ち。そこでゆうきが選んだのが、あまり人に興味を持たない性格の自分と言うわけだ。ちなみに引っ越してきたことも嘘でこのゲームを進める為の嘘だったらしい。本来ならば告白してきた時点で終わっていたゲームだが、ゆうきがこのまま進めてみようと持ちかけたことでゲームは続行。18時半に学校で部活終わりのゆうきにその日あった自分との話やメール内容を報告していたらしい。だからりかの門限は18時だったのだとそこで分かった。そのゲームが楽しくなってきたゆうきはその内容をクラスメイトに言いふらした。その時りかも一緒にメールを見せていたらしい。夏休みも終了に近づいて、このゲームは終わりにすることになり、自分と付き合う意味もなくなったから昨日、りかから別れのメールがきたと言うわけだ。ゲームの勝者になったゆうきはりかのお金で旅行に行っていたらしい。旅行先でも昨日のメールを見て笑っていたのだろうか。


話の後少しの間、席についてぼーっとしていた。やがて帰宅時間の18時半になり、部活動の生徒と一緒に門を出た。ふと振り返るとそこには大きな学校があった。りかとの集合場所だった正門。学校が少し楽しく思えた補習授業。学校が行けば帰り道、りかと会える!それが学校を楽園に変えていたのだろう。しかし、そんな楽園の学校はもはや存在していなった。色を失った校舎から感じたのは無言の圧力。目頭が熱くなった。涙が溢れるのに時間はかからなかった。気がついたら泣いていた。大きな声で。その日、私は1人の恋人と1人の友達を失った。周りの目線は痛かったが、そんなことを考えている余裕はなかった。そこから卒業まで私は1人の世界に閉じこもった。誰とも話したくないと感じた。


月日は流れ、私は大学生になった。しかし、私はあの瞬間から彼女をつくれないでいた。ゲームなのではないのか。ふざけてるだけではないのかと思うと好きな人ができても告白できない。好きと言われても信用できなくなった。高校の残りの学校生活に比べたらマシにはなったと思うが。今、りかは何をしているのだろう。ゆうきは元気なのだろうか。そんな感情は微塵も湧いてこない。ただただ人が怖い。信用することができない。そんな気持ちが残っているだけだ。この物語を読んでくれた方に伝えたい。あなたの遊び感覚で行ったゲームは人を一生苦しめることもあるのだと。そして同じ立場の人に伝えたい。一緒に前に進もう。誰かも頑張っていると思えれば進める気がする。だから、一歩を踏み出そうと。この物語は私に起きたノンフィクションの出来事。


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