第5話:二人の大馬鹿は、バカのために走り出す
「ねえ、獅子神くん」
「何だよ」
「何かついさっきにもこんなことがあったような気がするんだけど」
「奇遇だな。俺も今、まったく同じことを考えていた」
タクトと少女の二人は、いまだに音鳴りやまぬ開かずの扉から十分に距離をとった位置でひそひそと話しあっていた。
「この屋上って『大事な話の核心の部分を言おうとすると直前になって邪魔が入ってくる』っつうジンクスでもあるわけ?」
おどけた調子でそう問うタクトに、少女は首をひねりながら答える。
「いやあ、わたし、ここで結構な時間過ごしてるけど。う~~ん。やっぱり、今までこんな珍現象はなかったよ」
「ふぅん?」
少女の返答に引っ掛かりを感じるタクトだったが、今はそんな事より、扉の向こうだ。
「あのガンガンやってる人、獅子神くんは味方と敵どっちだと思う?」
「希望的観測で言えば助けを求める生徒。現実的に考えればキ〇ガいな敵さん」
「その心は?」
「生徒だったら、『誰かいませんか? 開けてくださーーい』とか何とか言うだろ。あの野郎、無言かつ一定のリズムでガンガンやってるぞ。普通に怖ぇよ」
タクトの答えに少女は「なるほど~~」と言いながらうなずいている。そんな少女にタクトは「それに、」と続ける。
「俺たちがあれだけやっても開かなかった扉が今にも倒れてきそうだ」
タクトたちが文字通りに身を削ってアタックしてもどうにもならなかった扉が今では不吉な音を立てて揺れている。
「これじゃあ、踏み込まれるのも時間の問題だな」
と、タクトが苦虫でも嚙み潰したような顔をしていると少女は明るい声で言った。
「だったらさ、入口の所で隠れておいて、扉が開いた瞬間にガオ――――!って襲い掛かろうよ!」
「は? お前何言ってんだよ。どんな武器を持っているか未知数な上に、敵の数もわからない。それに、向こうはあの扉をぶち破れるんだぞ! 体格差は歴然だ」
明るい声と幼稚な表現でとんでもないことを言い出す少女に、タクトは否定的な意見を並べる。
だが、少女の方は自分の意見に絶対の自信があるかのように言葉を続ける。
「だからこそだよ獅子神くん」
「どういうことだよ栗くん」
「わたしたちは真っ向から向かって向かって行っても敵いっこないんだよ」
少女のその言葉にタクトはハッとする。
「だったら、不意打ちでもなんでもついて、敵の数を少しでも減らすべきだよ!」
少女の意見は突拍子もないものだと思いきや、タクトは「もしかしたら。もしかするぞ」と思い始めていた。
「何よりも、わたしたちには時間がない。一刻も早くユアちゃんのところに行かないと! そのためにはあの扉を突破する必要があるの!」
少女は扉を指さしならそう言う。
「だったら、多少のリスクは負うべきだよ」
少女のその顔は真剣そのもので、少女のその瞳には一切の揺らぎがなかった。
タクトは少女のことをじっと見つめた後、さっき以上に少女の髪をぐしゃぐしゃに撫でまわして言った。
「そうだな。確かにその通りだ」
少女にはその時のタクトが不思議と、うれしさと寂しさがない混ぜになったほほ笑みを浮かべているように見えた。
「よしっ。だったらお前はこれを持っとけ」
そう言うと、タクトはこれまたどこで拾ってきたのか、鉄パイプを少女に投げてよこした。
「おっとっと。…………獅子神くん、いいの?」
少女は危うげな手つきでどうにかそれを受け止めると、か細い声で言った。
てっきり、鉄パイプを投げたことに文句を言われると思っていたタクトには彼女が何を言いたいのかがうまく伝わってこない。
「わたしも…………やっていい、の?」
ぼそぼそとした声でそう続ける少女に、タクトは彼女が何を言いたかったのかを理解したようだった。
タクトは笑いながら言った。
「おいおい、お前さっきまでの意気込みはどうしたんだよ?」
そう言うタクトに少女は戸惑いを隠せない。
「い、いや。だって、獅子神くんだったら、『邪魔だからその辺でおとり役でもやってろ』って言うかなって」
「ハハッ。お前、俺に対する印象ひどすぎだろ」
「ご、ごめん! わたし、ひどいことを…………」
少女は自分がもしかしたら冗談じゃすまない事を言ったのでは、と不安になる。
確かに、噂の中でのタクトだったら今ので何の間違いもなかった。しかし、タクトと接している内に、少女はその噂に何か違和感を感じていた。
今、こうして話している彼と、噂の中での彼とでは印象が違い過ぎる。もしかしたら、彼には何か理由があって、そのせいで嫌われ者になってしまったのではないか。
もし、それが事実であれば、今の発言は無神経かつ彼に対しては最大の刃と成り得るものだ。
「あの、その、わ、わたし…………」
タクトはどもる少女を前にして言ってのけた。
「まあ、本当はそうするつもりだったけどな!」
「え!?」
明るい声で、さらには胸を張って、そのようなことを言ってのけるタクトに、少女は驚愕のあまり、口が開いてしまうのを禁じ得ない。
「でも、お前、助けたいんだろ?」
少女には彼がどのような顔をしているのか、わからなかった。いっそ、不気味な程にさんさんと輝く太陽がタクトの顔を少女に見せようとしなかった。
「ユアのことが大切なんだろ?」
しかしそれでも、少女の耳はその優しくて温かい声をしっかりととらえ、少女の強張った体と心を溶かしてくれた。
「だったら俺には何も言う資格なんてねぇよ。お前のやりたいようにやればいい」
そして、少女の背中をたたくと言った。
「さあ、あの手のかかるバカ野郎を助けに行こうぜ!」