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収穫  作者: 時帰呼
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迷宮

迷宮のように 入りくんだ学園。

そこに住まう者もまた、迷宮のように 人を惑わす。


セイという名の少年が言った「君は僕の花嫁だ」という本当の意味は 未だ謎であった。



いくつもの 幾つもの廻廊。

数えきれない扉が 等間隔で連なり、その中には 繚子の教室と寸分たがわぬ造りの部屋があった。


それらが、幾重にも折り重なり歪曲した階段や 例の古色蒼然としたエレベーターで 複雑に絡み合うように構成されたさまは、 まるで悪夢の中のラビリンスに迷い混んだようにしか思えない。


しかも、それは 初日に繚子が足を踏み入れた正面大門の前に建つ ひとつの洋館の構造にしかすぎないのだ。


エリスの弁によれば、こうした複雑な造りの何十もの洋館が 地上や地下 あるいは空中廻廊によって 複雑に連絡され、あたかもひとつの巨大な建築物のように構成されているのだそうだ。


そして、その中央に天を突きさすように屹立し その四面に機械仕掛けの大時計が下界を睥睨するように見下ろす巨大な尖塔。


それが、この学園都市『聖アントニウス学園』のすべて。



目眩がする。


だが、エリスは 事も無げに言う。


「必要な物は 手近なところに全て揃っているし、学園の生活は 毎日 同じパターンの繰り返し。 決められた事さえ こなしていけば 何の問題もないわ」


「でも、もし 迷ってしまったら…」


こんな広大な建物の中で 何処かへ迷い混んでしまったら 冗談抜きに遭難してしまいそうだ。


「大丈夫。 心配ないわ。 いつも私が 傍にいるから」


「傍にいるから…?」


「そう、声の届くところには 必ずいるから心配しないで」


エリスの笑顔は 初めて会った時と同じ 無邪気な子供のような笑顔だったが、その言葉に 繚子は 微妙な違和感を感じずにはいられなかった。




*****



この日も いつも通りの ごく短い(けれど濃厚で 耐え難い苦行とも言える) セイ先生の授業が終わると 繚子は 丁寧に先生への礼を述べ 教室を退室した。


いつもなら 教室の外には エリスが 出迎えに来ていて、二人連れだって いつもの食堂へと 少し遅めの昼食をとりに行くのだが、この日は どうしたわけか エリスの姿が見当たらなかった。


この学園に入学してから 既に 数週間の時が経ち、自分の行動範囲内ならば 大まかな洋館の構造を把握していたから 自分一人でも 食堂へ行けるから なんの問題も無いともいえるのだが、こんなことは初めてだった。


「エリス…」


彼女の名を呼んでみる。


けれど、左右に続く廊下の向こうへ 虚しく自分の声が吸い込まれてゆくばかりだ。


「エリス!!」


今度は 少しだけ声を大きく。


けれど、なんの返事もない。


不意に心細くなり、どうしようかと思いあぐねる。 そして、ひとつの違和感が持ち上がると 次々に 不思議なことに思い当たる。


学園と言ってみても、今までに出会った人は、アイリーン先生とセイ先生とエリス…、それに食堂で給餌をしてくれる名も知らぬ女性。 そして あれが夢でなければ、初めての夜に 窓辺へ訪れた少年…セイだけだ。


考えてみれば、セイ先生の教えてくださる授業の内容も ほとんどが この国の歴史と科学の発展史、あらゆるジャンルにわたる膨大な文学など。


だがそれは、過去の文化遺産の継承にしか過ぎない。


これまで暮らしてきた村や街の学校教育の中で 切磋琢磨し 勝ち抜いて、ようやくたどり着いた憧れの最高学府の教育内容としては いささか お粗末過ぎるのではないか?



セイと名乗る少年の言葉が 脳裏をよぎる。


「君は 僕の花嫁だ」



けして、成績が誰よりも優れていたわけでもない私が ただ一人 この学園へ送られてきたのは、もしや なにか別の…



「エリス!!」


もう一度 エリスの名を呼んでみる。


返事はない。


それどころか、先程から 教室の扉の前から動けないでいるのに まだ室内に残っているはずのセイ先生も 教室から出てこない。


いつもは エリスと一緒に 学園内の探検に出掛けるから 気にも止めなかったけれど、セイ先生が 授業が終わったあと 教室から退出するのを見たことがあっただろうか。


記憶が ぼんやりとして思い出せない。


急激な不安に 胸の中で心臓が 煩いほどに ドキドキと脈を打ち、耳鳴りがするほど静寂な廊下に響き渡るように感じられた。


繚子は ゆっくりと振り向き、何十人 何百人が握ったために 滑らかな鈍色に光るドアノブを見つめた。


鼓動は 更に激しく 胸殻を打ち破りそうなほどだ。


(馬鹿げている…)


繚子は そう小さく口の中で呟くと 勇気をふるい ドアノブを回すと 扉を押し開けた。



いつもと変わらぬ 午後に差し掛かろうとする時刻の柔らかな陽光が、繚子の机と椅子を 仄暗い教室の中で 明るく浮かび上がらせ、窓辺には 古いけれど よく手入れされたレースのカーテンが ふわりと揺れている。


「先生…」


繚子は 誰も答えてくれないことを知りつつも、そう呼び掛けずにはいられなかった。



To be cotinued……

突然消えた あの少年と同じ名をもつ教師。


繚子は、ますます迷宮の奥へと足を踏み入れていくのだった。

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