第八話 有翼人との戦い その一
「あー暇なのですー」
星界人騒ぎの後、キャロルさんのところに戻ってきたわたし。
「ここにはデータベースも何も無いのかー」
かなり腕が上がってきたということで、キャロルさんも教育に熱を入れてくれている。いいことだ。
「ここ、もー飽きたよー」
ただ、一つだけ問題が発生していた。
「ねぇー、リンちゃん。なんか歌ってー」
「うるさいわね! ちょっとは黙りなさいレッドちゃん」
毎日うるさいのだ、うちのペットこと星界人が。
クリムさん曰く、本来なら音一つ漏れない設計らしいのだが、どういう原理か、会話が出来るし、外界のいろんな情報も取得できているらしい。
神器の力でも封じきれないとか、やっぱり星界人は規格外である。
「リンちゃん、大声出してどーしたの?」
お茶のカップを二つ持って現れるキャロルさん。
「ちょっとレッドちゃんにしつけを」
「わたしは犬か」
レッドちゃんの抗議は無視し、キャロルさんから渡されたカップに口をつける。
お茶のいい匂いが鼻腔をくすぐる。熱いので、少しだけ口に含んで味を楽しむ。苦みとフルーティーな甘味ともいえる味が、口の中に広がる。砂糖の甘さは感じられない。この茶葉独自の風味なのであろう。
「レッドちゃん、リンちゃんで遊んじゃダメだよ」
「リンちゃん、すぐムキになって可愛いから」
わたしはペットにおもちゃにされてたのか。
「♪きょうのお肉はなんだろな~♪」
「うん? どうしたのリンちゃん」
「レッドちゃんから歌のリクエストがあったから」
「ちゃんと歌ってくれるんだ、可愛い」
「茶化すな、歌わないぞ」
「ごめんなさーい、ささ、邪魔しないから続き続き」
まったく。
「♪きのうは、とり肉、今朝は、ぶた肉~つま~り~、お昼には牛肉~だーなー♪」
お昼ご飯に牛ステーキが出た。
「リンちゃん、リンちゃん」
「はいはい、レッドちゃん」
「リンちゃん、レッドちゃんと仲良すぎる~妬けちゃうわー」
「ちょっ、キャロルさん! 抱き付いてスリスリしないで下さいって! ちょ~ヨダレが垂れてる! 顔に付くから!」
クリムさんところから戻ってから、キャロルさんのスキンシップが激しくなってるような。しかも、それが嫌じゃなくなってる自分が怖い。ご無沙汰だったので、やられるとホッとしちゃうのかな~?
ただ、エスカレートされても問題なので、とりあえずキャロルさんは引きはがしておく。
「えーと、レッドちゃんどうしたの?」
キャロルさんは頬ずりは諦めてくれたが、腕にまとわりついて離れなくなった。
「朝、歌を聞かせてくれたお礼に、いいこと教えてあげる」
「いいこと?」
「今日これから――」
「これから?」
「――とんでもなく楽しいことが起こる」
突然、街に警報音が鳴り響いた。
警報――昔の記憶がよみがえり、体がこわ張る。
キャロルさんは、いつになく真剣な表情になり、ユーカリアさんに指示を出していた。
「えっと、キャロルさん……この、警報って……」
「敵の襲撃警報よ。迎えが来るだろうから準備してて」
やっぱり襲撃なのか……
しかし、迎えとはなんぞや?
とりあえずステッキと靴は準備しておこう。
ドアをノックする音が聞こえた。お迎えとやらだろうか?
「はーい」
扉を開ける。
「キャロル! 準備はいい!?」
丁寧に閉める。
「ちょっと! 何で閉めるのよ!」
クリムさんが勢いよく扉を開けた。
「ああ、勢いに思わず……あ、ミュウちゃんもこんにちわー」
「こんにちわ、リンさん」
ミュウちゃんは、いつ見ても可愛いわ。
「クリム、来たの?」
ユーカリアさんと共に姿を現すキャロルさん。
「キャロル! 相手は何? この前の報復で巨人族かしら?」
「クリム様、やる気をお出しになるのは結構ですが、もう少し落ち着かれてもいいかと」
「ちょっ! ユーカリア、丁寧口調で何キツイこと言ってるの!?」
ユーカリアさん、クリムさんに対しては遠慮ないな。
「わたしたちで迎撃するんですか?」
「わたしたちというか、軍と合同で迎え撃つの。そのためにわたしたちは神器のカケラをもらったんだし」
そっか、最強の兵器を渡した理由って、戦うためだもんね。
と、なんか嫌な予感するな。
「ねえレッドちゃん。来る敵が何か分かるんでしょ? 教えて」
「ふふふふっ、とーぜん分かるわ」
ただの箱がドヤ顔してるように見える。
「何が来るのかしら? レッド」
「もうすぐ来るから、すぐに正体分かるだろうけど――有翼人の軍勢よ」
あいつらかー!
「どうする、クリム?」
クリムさんは忌々し気にレッドちゃんの箱を見つめている。
「今の装備じゃあ、キツイわね。わたしの神器は、そこで笑ってるやつ専用になっちゃったし」
「にゃはははははは」
「レッドちゃんは黙ってなさい」
「リンちゃんこわーい」
レッドちゃんはどこまでもチャラけてるな。
「普通の魔道具で対抗出来ないんですか? 前にうちの国で、キャロルさんは有翼人を退けてましたが」
わたしは、やつらに一泡吹かせるために、ここで魔法技師になったのだ。それが通用しないとか言わないでほしい。
「あれは退けたというよりは、逃げる隙を作っただけよ。普通の魔道具でも、使い手によっては雑兵くらいは相手できるだろうけど、隊長クラス以上の奴や、複数人に攻撃されたら厳しいわね」
うちの国の軍隊よりはマシってレベルなのか。
「そうそう、今回の戦いではリンちゃんが主役なんだからね」
「わたし?」
「そのステッキの力、かなりのものよ。それの魔力弾なら、一般兵くらい一、二発でぶっ倒せるはずよ」
そんなに凄いのか。この前、レッドちゃんにいいようにあしらわれたから、あんま凄く感じないんだけど……
「キャロル、リンちゃんに有翼人の部隊全部相手にしろっていうの? それは無茶でしょう?」
「向こうの意表をついて、撤退したくなるように仕向けることが出来ればいいんだけどねー。この街で神器持ちはリンちゃんだけだし、なんとかがんばってもらいましょう」
なんか適当だけど、がんばんないとな。どうせ、いつかは奴らとやり合うつもりだったし、それが今日になっただけだ!
「そういえば、街の人たちはどうしてるの?」
「共同避難シェルターがあります。リンさんの国にもあったかと思いますが」
この国にもシェルターあるんだ。
とりあえず教えてくれたミュウちゃんの頭をなでておこう。
「魔法技師キャロル殿、キャロル殿はおられますか?」
扉の向こうから、大きな声が聞こえた。キャロルさんの言っていた迎えだろうか。
ユーカリアさんが玄関に向かい、対応してくれる。
「それで、みんな準備OK?」
「わたしもリンちゃんもユーカリアもOKよ」
「わ、わたしも。緊張します」
「わたしも連れてッてー」
「箱に何が出来るの!?」
「索敵と情報伝達なら出来るわよー。それに、一人で留守番してても暇だし」
暇なのが嫌というのが理由のようだ。
ユーカリアさんが、一人の軍人を連れてきた。
金髪ロングヘアで、ちょっとキツめの表情をした美人さん。キャロルさんたちと同じホミニードの様にも一瞬見えたが、ちょっと体付きがいいだけでエルフのようである。
「東方防衛軍第二大隊所属、ジュエリ大尉です。キャロル殿、クリム殿をお迎えに参りました。」
さてさて、行きますか。どこまでコレが通じるか試してやる!
「お疲れ様です、キャロル殿、クリム殿」
「ひ、ひどかったー」
「ぐへえぇぇ」
「こ、こわかった、ですぅ~」
「きゃはははははっ!」
「楽しかったー! あれ? みんなどうしたの?」
「運転が少々、エキサイティングだったためと、思われます」
この防衛線までは浮遊車で来たのだが、緊急事態なためか、かなりのアクロバットかまされたわけだ。
わたしは楽しかったけど、他のみんなには少々厳しかったようだ。(ユーカリアとレッドちゃんは除く)
防衛線では、数百名の軍人が様々な魔道具を持ち、待機状態にあった。
「道中説明したのですが、聞かれておられなかったようですので、もう一度。」
うん、わたしは聞いてたけど、他の人たちはダメそうだな。
「敵は有翼人、数は百。【空間転移】されなければ、今から一時間後にエンカウントします。時間が無いため、詳細な作戦は無く、各自自己判断で迎撃となります」
「そっかー」
「ふわぁーい」
ジュエリさんの説明に、みんな聞いているのか聞いていないのか微妙な反応を示す。
さて、今のうちに変身しとこう。あっ……。
「どうされました? リン様」
「えっとー、こんな大勢の前であの衣装って、恥ずかしいなーって」
「大丈夫です、すごくお似合いですから」
「それは喜んでいいのか? ただ年齢よりも幼く見えるからフリフリピンクドレスもOKということか?」
ええいもう、変身しないと始まらないし。
「メイガス! ヘブンゲート開放!」
神器のかけらが光り輝き、ステッキのハートからあふれ出たピンクのリボンが、わたしを包み込む。
ピンクの衣装に白いフリルのスカート。赤いリボンに背中から生えた羽。
「マジカルリンちゃん、爆誕!」
「マジカルとか言わないで下さい!」
キャロルさんの趣味は、いろいろときわどい。
「リンさん、綺麗です」
「ミュウちゃん、ありがとう」
頭をなでてやる。
「その差は何なの!?」
「可愛さかな?」
「ひどいわリンちゃんー」
こんな最前線で泣かないでほしい。
「わたしたちや幻魔たち以外なら、いい線行きそうよね、それ」
「うーん、レッドちゃんに言われても、凄さが実感できないなー」
わたしたちはそれぞれの武器を構え、待機していた。
再びのサイレンが鳴り響く。来る!
空を見つめた。
最初は何も見えなかったが、遠くの空に黒い点が一つ、二つ、段々と増えていくのが見える。
点は徐々に増え、それらの点はさらに少しずつ大きくなる。
「リンちゃん、焦らず、自信を持ってね。あと、あまり前に出過ぎないように。空を飛べるのはリンちゃんしかいないんだから」
「分かりました」
一息、深呼吸。
視認だけではなく、【敵感知】でも有翼人の位置を補足。
さらに、あまり大きなブーストではないが、自身に【抵抗】【防御】をかける。これでちょっとはマシになったかな?
開戦は、何の言葉も無く始まった。
こちらの砲座や銃器から無数の光弾が飛んでいく。
数瞬後、上空の黒点がすべて消えた。
「やったか?」
誰かの声。
けど、当然一撃で倒れるような連中ではない。これは――
いきなり上空に巨大な影が出来る!
「【空間転移】!」
「全員退避!」
退避命令が鳴り響く中、有翼人の攻撃が始まる。
無数の魔法弾があたりにまき散らされ、人が地に落ち、砲座や車両が吹き飛ばされる。
「リンちゃん行くわよ!」
キャロルさんがキャノン砲をぶっ放し、ミュウちゃんのコンポジット弾が飛び交い、クリムさんのファンネルが周囲に攻撃を開始していた。
わたしも!
一気に飛び上がり、ロッドを前方に向ける。
「拡散の、ファイヤ!」
ミュウちゃんの魔道具のように、複数の弾丸が別々の標的へと飛んでいく。
着弾した全員がこっちを向いた!
全力全開! 一気に飛んで逃げる!
上空へと飛び上がるわたしを追いかけてくる、五人の有翼人!
「全然おそいよー! もう一度、拡散の~ファイヤー!」
五つの光弾がそれぞれの有翼人に着弾。そのまま失速して落ちていった。
「すごい、一般兵クラスなら二発で倒せる……」
これなら、いける!
わたしは眼下の戦場に向け、一気に降下した。
地上では無数の光弾が飛び交っていた。
だが、明らかに妖精国軍が劣勢に立たされている。
こちらの攻撃は効いてはいるようだけど、数発くらいでは敵は死なず、逆に向こうの攻撃一発で、こちらは何人もやられている。
ミュウちゃんたちもヤバそうだ。
「拡散の、ファイヤ!」
みんなの周りの有翼人は、私の攻撃でみな倒れた。
「ありがとうリンちゃん。しかし、我ながら強力だねーその魔道具」
「キャロルさんのおかげですね! 奴らに痛い目見せることが出来ました」
「わたしだって、例の箱があれば勝てるのに」
クリムさん拗ねないでー。
「キャロル様! 危ない!」
ユーカリアさんが、キャロルさんの前に飛び込んできた。
瞬間、光弾がユーカリアさんに突き刺さる!
「ユーカリアさん! この、ファイヤー!」
襲ってきたやつに全力の魔力弾をぶち込む! けど、まだ倒れない!
「コンポジット弾!」
「ファランクス!」
ミュウちゃんと、クリムさんの攻撃を受けるも、まだ動く!
さらに打ち込まれた光弾を受けるユーカリアさん。
「しつこい!」
キャロルさんのキャノン砲を受けて、やっと沈黙した。
「だ、大丈夫ですか? ユーカリアさん……」
「大丈夫です」
けっこう元気な声が返ってきた。
「ユーカリアは対防御、対魔法防御に特化して造ってあるから、あの程度じゃあ大丈夫よ」
「壁役ってことですか……」
ユーカリアさんを盾にするのがベストな戦法なのか。
周りを見ると、みんな劣勢のままだ。
「ユーカリアさん、みんなを守っててください! わたしは周りのみんなを助けに行きます!」
「了解しました」
「【炎嵐】」
突然、視界が炎に包まれた。
全身にひりつくような火傷の痛みが走る。
ロッドの力と超能力で強化した防御力、まとめて貫通して、酷いダメージを食らってしまったようだ。
「キャロルさん、みんなは……」
ユーカリアさんの姿が見えた、衣服はボロボロになっているが、まだまだ元気そうだ。ほんとに頑丈だな。
ユーカリアさんは他の三人を抱きかかえている。
みな衣服はボロボロで、意識も無いみたいだ。
「ユーカリアさん! みんなは!?」
「リン様、まだみんな生きております。それより注意してください!」
「えっ?」
ユーカリアさんの注意の意味が一瞬分からなかった。
その呆けている時を狙いすましたかのように、衝撃が全身を走る。
魔力装束を貫通こそしなかったものの、鋭い槍の突きを受け、体が宙に飛んだ。
悲鳴を上げようにも、息が詰まって声が出ない。
「妙な奴が邪魔していると聞いたが、まさかお前とは」
地面に叩き付けられる衝撃を体に感じながら、聞いたことがある声だなと、思った。
どこだったかな。
「わたしに啖呵をきってくれた娘よ、会うのは二度目だな」
あ、思い出した。
「……フレイア」
わたしの国でやりたい放題やってくれた有翼人の将軍が、そこに立っていた。
この話で終わりにしようとしたら、思ったよりも長かったので前後編にしました。
次回も見て頂けるとありがたいです。
今週中に上げる予定。