第七話 電波少女が大騒ぎ
なんか、柔らかい。それに、いい匂いだ~。
手に感じる柔らかい感触を楽しみながら、それに抱き付いた。
何かが唇に触れたので、軽くパクつく。
「……リンさん、くすぐったいです」
声をかけられ、次第に意識がハッキリしてくる。
うっすらと目を開けると、ものすごい至近距離にミュウちゃんの顔があった。
「あ、ああ……ミュウちゃん、おはよう……」
「ビックリしちゃいました。いきなり抱き付かれたので……」
おっと、寝ぼけてミュウちゃんに抱き付いているわ。
「ああ、ごめん寝ぼけてたわ」
「いえ、その……それはいいのですが……」
ミュウちゃんが顔を赤らめてうつむいちゃったぞ。
なんかしちゃったかな……。
「えっと、さっきなんか口に感触があって……、どこかに噛みついちゃったりしたかな?」
「そっ、それは……ヒミツ、です」
後ろを向かれてしまった。
なんか、やらかしちゃったかな~。
勝負に負けたからと、現在わたしはクリムさんとこに、助手として来ているのだ。
まあ、助手と言っても、まだ未熟なわたしに課されるのは、炊事洗濯買い出しなどの雑用ばかりなのだが。
クリムさんはキャロルさんと違い、抱き付いたりしてこないため、そこらへんは気が楽であるが、最近、抱き付かれたりキスされたりがいつものことだったためか、なんか……物足りない。
いやいや、そんな理由でミュウちゃんに抱き付いたわけでは無いのだ。……たぶん。
「朝ごはん、出来てるので来てくださいね」
そう言い残し、ミュウちゃんは部屋を足早に出てく。なんか、逃げられた気分だな。
朝ごはんはミュウちゃんの担当である。
最初来たときはわたしが担当していたのだが、朝から肉三昧は重いと言われ、ミュウちゃん担当となったわけだ。
道行く人たちが種々様々な妖精であることを除けば、のどかで静かな街である。
今日はミュウちゃんと二人で買い物だ。
はぐれないようにと、ミュウちゃんが手をつないできている。
小さくて柔らかい手の感触。
歳はミュウちゃんの方が下であるが、魔法技師としては先輩である。
実際、わたしよりも能力は高く、一緒に魔道具を作るときは、いろいろとアドバイスをもらったりしている。
キャロルさん以外の魔法技師と交流したせいか、わたしの能力も飛躍的に上がっている。
今なら、先日の上級の巨人も一人で圧勝できるかもしれない。もしかしたら有翼人すらも……
まあ、わたしのレベルもあるが、キャロルさんのくれた例のステッキが強力だということもあるが。
「なんでしょう、あれ」
物思いにふけるわたしに、ミュウちゃんが声をかけてきた。
ミュウちゃんの視線の先には人だかりが出来ている。
みな、建物を囲むようにしているけど、なんだろう?
その群衆の視線の先、建物の壁に、なにか映像が映されていた。映写機で壁に映し出しているような……けど、それにしては画像が鮮明過ぎるし……。
壁に映し出されているのは一人の女性、二十歳前後くらいの顔立ちで、炎のような赤くウェーブのかかった髪が印象的だ。
その女性の像が口を開く。
「こんにちは、はじめまして妖精族の方々」
その声は、耳に直に聞こえた。スピーカー音声とは違う、どうやってるのか?
「わたしの名はレッド・レイディ。見ての通り、星界の住人です」
星界人!?
集まっていた群衆がざわめきだす。何人かは、その場から逃げ出すように走り去っていた。
ミュウちゃんの方を見ると、少し震えている。
わたしも、動悸が激しくなってはいるが、ここは年長者ということで、安心させてやろう。
「大丈夫だって、あそこから距離もあるし。羽靴履いてるから、何かあったらミュウちゃん担いで逃げてあげるから」
「けど、リンさん、星界人って……」
いつも冷静なミュウちゃんだけど、まだ動揺している。
星界人――文字通り天空の星界に、人工の衛星を浮かべ、そこに暮らす人々。問題はデタラメに高い科学力を持っていること。東島の超文明国の連中どころか、有翼人も太刀打ちできないとされる、強大な力を有しているのだ。
出会うイコール死と言われている種族である。
同じく最悪の種族と言われる幻魔たちとにらみ合いをしており、通常は他種族には無関心なはずなんだけど、なんでこんなところにいるんだ?
「大丈夫、みなさん怖がらないで。わたしのお願いを聞いてくれれば、何も危害は加えませんから」
つまり、お願いを聞かないと危害を加えるのか。
「各国に神器があるのは、みなさんもご存知ですよね。神器は強大な力を持っていますが、一カ国に一つだけ。ですが、この国の神器は分割し、複数に分けることが出来る。つまりは強大な力を複数持てるわけです」
その言葉を聞き、戦慄が走る。
「ちょっと、それって……」
「リンさん、まずいですよ……」
レッド・レイディの言葉は続く。
「神器を道具に組み込む、その技をぜひとも手に入れたいと思い来たのです。その魔法技師の名は、キャロル。彼女の居場所を誰か教えてくれませんか?」
キャロルさんが標的か!
「知っている方は名乗り出て下さいな。ただ、もし知っていて教えないという方がいるのであれば……」
像が投影された建物が、一瞬で砂となり崩れ落ちる!
壁が無くなっても、像は消えずに、その場に浮いていた。
「わたしがその気になれば、一瞬でこの街をまるごと砂に変えることが出来ますので、お忘れなきように」
その言葉が終わる前に、わたしはミュウちゃんを抱えて走り出した!
わたしのレベルは飛躍的にアップしている。羽靴の速度も最初のころの倍以上だ!
「リ、リンさん」
突然の高速移動にビックリしたのか、ミュウちゃんはわたしにしっかりと抱き付いている。
移動しながら【敵感知】で、レッド・レイディの動きを確認。まだ、あの場からは動いていないようだ。
というか、像自体が敵感知に引っかかるということは、あれ自体が本体のようだ。なんとも奇妙な種族である。
通りを抜け、角を曲がり、道行く人を避けていく。
安全装置的なものは、まだ付けてなかったので、いつもの如く緊張した高速ランニングが続く。
すぐにキャロルさんの工房に到着。
【敵感知】の効果範囲外なので、今のレッド・レイディの居場所は不明だが、ゆっくりはしていられない。
扉を蹴破り、中へと飛び込む。
「キャロルさん!」
「おかえりなさい。いったいどうされたんですか、リン様」
わたしを出迎えたのはユーカリアさんだった。
「ユーカリアさん! 星界人が現れた! 狙いはキャロルさん!」
わたしの言葉に、ユーカリアさんは作業場へと猛ダッシュで走っていく。
「リンさん、わたしは師匠に助けを求めてきます」
「お願い、ミュウちゃん」
出ていくミュウちゃんと入れ替わりに、ユーカリアさんがキャロルさんを抱き上げてきた。
「リンちゃんお帰り~」
「お帰りじゃないです、急いで逃げないと!」
「慌ただしいねぇ~」
わたしはユーカリアさんからキャロルさんを受け取る仕草をする。
「リンちゃん、ステッキの力を使えば、早さもパワーもアップするわよ」
「そうだった!」
さっそく、腰に付けていたステッキを振りかぶる。
ピンクのハートの光に包まれ、服が魔法繊維へと入れ替わっていく。
「魔法少女リンちゃん、爆誕!」
「なに下らないこと言っているんですか!」
筋力も上がっているからキャロルさんも軽い! わたしは、羽靴の力を発動させた。
「ユーカリアさんも、一旦どこかに逃げてね」
「分かりました。キャロル様を頼みます」
キャロルさんも、わたしほどではないけど、人間より早く走れる。一気に走り去り、その姿は見えなくなった。
さて、わたしたちも!
「って、わわぁ、やばい! 【敵感知】に反応あり! こっちに来てる!」
移動方法は分からないが、ゆっくりとはしていられない。
わたしは一気に加速した。
速い! さっきの三倍以上のスピードは出てるなコレ! 全速力の浮遊車くらいかな。
ただ、精密動作性も飛躍的に上がっているので、障害物に当たることはない。
「とりあえず、このまま一気に街を抜けます!」
「オーケー! 頼むぞリンちゃん!」
【敵感知】の反応を見ると、レッド・レイディはキャロルさんの工房にいるようだ。このまま十分に撒ける!
遮蔽物の無い大通りを一気に爆走する。
「え!」
【敵感知】の反応が、キャロルさんの家から大通りの後方の位置へと瞬時に変わった。
「どうしたのリンちゃん?」
「【空間転移】したみたいで……」
後ろを振り返る。
通行人が悲鳴を上げながら、左右へと散っていった。
その遥か先には、例の女性の像、ではなく、黒い塵の集合体のようなものが渦巻いていた。
「キャロルさん! あれなに!?」
「……ナノマシンの集合体」
「ナノ?」
「砂粒以下の大きさの機械の集合体! あれで形成されたネットワーク上に、電脳生物として存在しているのが星界人よ!」
「なにそれ、わけわかんない!」
ナノマシンの集合体というか、砂のバケモノと化したレッド・レイディが、こちらへ猛突進してくる!
ならば!
地を蹴り、一気に上空へと飛んで逃げる。
「リンちゃん、あいつもたぶん飛ぶから気を緩めないでね」
砂のバケモノは、そのまま上空にまで追ってきた。
やっぱり飛ぶんだな。
「巨人も倒す一撃を叩きこんでやります!」
「え、ちょっとリンちゃ――」
「ふぉいやー!」
ステッキを一閃。ピンクのエネルギー弾が砂のバケモノへと突き刺さる!
瞬間、雷の塊のような壁が現れ、エネルギー弾が霧散してしまった。
「超電磁シールド。強力なものだと神器の攻撃すら防いじゃうみたい」
「そんなー」
わたしたち二人は、口を開けた砂の怪物に飲み込まれてしまった。
「リンちゃん! しっかりして!」
「……う、……むぅ……、ここ、は?」
目をゆっくりと開けると、そこには見知った面々の顔が。
「リンさん、ここは師匠とミュウの工房だよ」
ミュウちゃんの声に、段々と意識がハッキリしてくる。
「えっと、何がどうなったの?」
「あなたとキャロルは、星界人に飲み込まれたの。あなたはその場で吐き出されて、キャロルは自分の工房まで連れていかれたようね」
「申し訳ございませんリン様。わたしは何も出来ず」
「そっかー負けちゃったか」
神器のかけらの力が込められていたのに、そのエネルギー弾が通じないとは……
「さて、これからどうやってキャロルを救いましょうか」
確かキャロルさんの工房には、神器のかけらがまだ残っているはず。
レッド・レイディは、それを使った魔道具を作らせようとしているのだろう。
キャロルさんは変態だけど頭の切れる人だ。わたしたちの救出を待ちながら時間稼ぎをしてくれているはずだ。
「たとえ救出できたとしましても、あの星界人の方に帰って頂かないことには、また奪い返されるだけだと考えられますが」
ユーカリアの言葉に、みながうなずく。
しかし、追い返すって、どうやればいいんだ?
「あの、師匠、一つ聞いてもいいですか?」
「それはたぶん、わたしが言おうとしていることかしら?」
クリムさんが、悪だくみでもするような笑みをこぼす。
わたしは一人、ゆっくりと工房へと入っていった。
もう日も暮れかけてきているが、広間に明かりは付いていない。
奥の扉、作業場へと続くそこから、光が漏れ出しているのが見える。
【姿隠】の効果で、向こうには気付かれていないようだ。もう少し扉へと近付いていく。
【透視】で中を覗くと、鍛冶仕事をするキャロルさんと、それを見つめる像――レッド・レイディの姿が見えた。
キャロルさんの作業がひと段落した段階で、【念話】で話しかけてみる。
『あー、あー、キャロルさん、キャロルさん、聞こえますか?』
「えっ? リン……」
「どうかしたの?」
「ああ、いえ、何でもありませんよ」
二人の声が扉から漏れ出た。
どうやらキャロルさんを驚かせてしまったようだ。
『気付かないふりをして、自然体でお願いします。念じればそれだけで言葉は聞こえてきますので』
『これって、超能力? 魔道具もいいけど、超能力も便利そうね』
『みんなで救出に来ました。そちらの状況は?』
『星界人の目的は、神器のかけらを使った魔道具の作り方を知ること。それを大量生産して、幻魔たちとの戦いに備えたいらしいわ』
思った通りの目的である。
『すぐに突入しますんで、準備しておいてください』
一旦交信を切り、次は外にいるクリムさんにつなげる。
『キャロルさんと交信できました。キャロルさんとレッド・レイディは作業場にいます』
『了解、ユーカリアと交信して、タイミングを合わせて強襲してね』
今度はミュウちゃんと一緒にいるユーカリアさんに。
『ユーカリアさん、作業場への強襲です。いちにのさん、っで行きますよ』
ステッキを構え、準備する。
『いち、に、さん!』
作業場の扉をエネルギー弾で吹き飛ばす!
同時に、作業場の壁がユーカリアさんによって崩され、ミュウちゃんが走りこむ!
「ふぉいや!」
「コンポジット砲!」
わたしとミュウちゃんの攻撃が、同時にレッド・レイディに襲い掛かる。
瞬時にわたしの前に形成された超電磁バリアに、わたしの攻撃は弾かれたが、ミュウちゃんの五発の弾丸がレッド・レイディの体を霧散させる。
「ビックリするじゃない~、お嬢ちゃんたち」
霧散したナノマシンが再度集まっていく。
もう一発、エネルギー弾を撃ち込んでやる!
「ふぉいや!」
「飛べ」
レッド・レイディの言葉で、吹き飛ばされるわたしとミュウちゃん。
背後の壁におもいっきり背中打った~。
「ミュウちゃん大丈夫?」
「……っく、大丈夫、です」
なんだったのだ、今の力。
「いきます!」
ユーカリアさんがレッド・レイディに殴りかかるが、寸前で動きが止まる。
「この空間には、ナノマシンが充満してるのよ」
ユーカリアさんの体が、そのまま後方へと吹き飛んだ。
「この部屋のすべてのものは、わたしの自由に出来るわ」
ならば!
羽靴で一気に作業場から抜ける。
「ふぉいや!」
外からのエネルギー弾!
「単発の攻撃は効かないわよ」
超電磁バリアであっさりと防がれる。
その背後から、ミュウちゃんがコンポジット砲を撃ち出す!
再度霧散するレッド・レイディ。
複数弾を放つ、ミュウちゃんの砲だけは有効なようだ。
その隙をついて、部屋に入ってきたユーカリアさんが、キャロルさんを抱えてあげる。
「逃がさない」
ユーカリアさんの動きが止められてしまった。
止まる瞬間に、キャロルさんは外へと放り投げられた。
とりあえず、部屋から出すことには成功!
「みんな、外に逃げるわよ! 拡散のホーミング!」
ステッキから小型の魔力弾が無数に飛び出す。
四方八方からの攻撃に、集合しかけていたレッド・レイディの体が、また四散する。
一気に部屋に走り込み、ミュウちゃんとユーカリアさんを抱きかかえて、外へと飛び出す。
後ろを振り返ると、ナノマシンの集合体が向かってきていた。
「クリムさん! 出てくるよ!」
「封印の檻よ!」
クリムさんの持つ箱の宝石が輝き、向かい来るナノマシン群を吸い上げていく。
「ちょっ! なんなのよこれはぁ~」
「わたしのステッキも、この箱も、どちらも神器のカケラを使った魔道具よ。良かったわね、二つも体験出来て」
完全に吸収され、ナノマシンが見えなくなった。
「疲れたー」
「ありがとね、みんな。けど、ユーカリア、放り投げなくてもいいじゃなーい」
「すみません、キャロル様。緊急事態だったもので」
「文句言わなくてもいいでしょ、キャロル。浮遊場の魔道具で受けてあげたんだし」
「面白い魔道具ねこれ」
箱から声が聞こえた。
「え!? しゃべれるの? その状態で」
「この中に入ったら、完全に封じられるはずなんだけど……」
クリムさんも驚いてるってことは、やっぱ異常なことなのか。
「理由は分からないけど、しゃべれるし、箱の外の様子も分かる。けど、力が発揮できないからここからは出れないわね」
「しぶとい」
「クリム、この箱の中に入ってるものは、衰弱したり消滅したりするの?」
「封じるだけで、危害が加わるようにはなっていないわ」
「うん? 前に入れてた巨人はどうしたんです?」
「出して、わたしとミュウで殺したわ。この箱、限定一名までだから」
うーん、一回限りの必殺技だな。
「それ、うちで飼うわ」
キャロルさんが突然変なことを言い出す。
「なんで、あなたにあげないといけない!」
「だって、星界人を出すわけにいかないんじゃ、もうそれ使えないんでしょ?」
「まあ、そうだけど……」
「えっと、キャロルさんはなんで欲しいんですか?」
ミュウちゃんが不思議そうに問う。
「面白いじゃん、星界人のペットとか」
凄い発想である。
「わたしは、ペットじゃないわよ~」
当の星界人さんが抗議の声を上げるが、誰も聞いてない。
「リンちゃん、ユーカリア、新しい家族が出来たわよ」
こうして、うちに変わったペットが加わることになった。