第五話 自称ライバル現る
角切りにしたベーコンから漂う香ばしさ。そのベーコンの油で揚げたフライドエッグは、黄身に少し熱が入った程度のいい半熟状態だ。
黄身を崩して、揚げた角切りパンとベーコンにまぶし、スプーンですくい、口へと運ぶ。
ベーコンの塩気が玉子のまろやかさで中和され、いい塩梅になっている。軽く振ったコショウの苦みが、いいアクセントだ。
「今日の朝食もおいしいよ、ユーカリアさん!」
「ありがとうございます、リン様」
食卓を囲んでいるのは、わたしとユーカリアさんの二人だけ。
キャロルさんは最後の詰めだとか言って、徹夜で工房に籠りっきりだ。
恐らく、神器を利用した魔道具を作っているのだろう。わたしが妖精国に来た理由が、まさにそれを手に入れるためなのだ。待っているだけでわくわく感がたまらない。
あの日の夜、帰ってきたキャロルさんは、あっさりと神器のカケラをもらえたことを教えてくれた。
コッソリと後を付けたわたしの労力は、何だったのだろうか。
なお、ユーカリアさん曰く、神器自体はどれだけ削っても自己修復されるため無くなることはないが、含まれている精霊力の強大さから、この国でも有数の魔法技師にしか与えられないということだ。
キャロルさん、この国でもトップクラスの魔法技師らしい。とてもそうは思えないけど。
どんなものが出来上がるのかな? キャロルさんがうちの国で見せてくれたキャノン砲みたいなものなのかな?
まあ、どんな形状であろうとも、今以上に魔法技師の技能を向上させなきゃならないのは間違いない。
妖精国に来て特に思ったのが、同じ魔道具でも、使い手の技量によって効果が違うということ。それも何倍も。
例えば、キャロルさんが持っていたぐるぐるロープ君。
キャロルさんは十本位同時に操れるのに、わたしは二本で限界だった。
わたしが作った羽靴も、わたしとキャロルさんでは五倍くらい速度に差が出るだろう。
それくらい、技能レベルというのは大事なのである。
そんな物思いにふけながら、チリビーンズスープをひと口。朝食は続いているのだ。
わたしは豆のスープは好きで、特にこのトマトの酸味が効いたスープが大好物である。十分に火が通してあるためか、酸味が程よく抑えられており、たくさんの豆が入っているので十分なボリューム感もある。すっごくおいしい。
「ユーカリアさん、このスープ、わたし好みですっごくおいしいよ!」
「ありがとうございます、リンさんの好みに合わせて作らせて頂いたんですよ」
もうわたしの好みの味に、仕上げられるようになったのか。優秀な子である。
しかし、ユーカリアさんも食べてはいるのだが、いかんせん味が分かる機能が無いらしく、旨いと分かるのが、この場ではわたしだけだ。なんか味気ない。
「できたああああ!」
突然の大声に、思わず飲んでいたスープを吹き出してしまう。
「あああ、ユーカリアさんがお豆だらけに」
「いえ、おかまいなく」
真顔で淡々と顔を拭きだす。
「ええっと……」
声の主の方を向いてみる。
徹夜明けだというのに、物凄い元気な笑顔を振りまいて、キャロルさんはそこに立っていた。
手には、なんというか……子供のおもちゃみたいな、ピンクでハートと羽が付いたステッキが握られている。先端には綺麗にブリリアンカットされた黄金色の輝きを放つ宝石――神器のカケラがはめ込まれていた。
「リンちゃん! ユーカリア! ついに出来たわよ! わたしの神魔道具!」
「おめでとうございます、キャロル様。とりあえずお話は後にして、朝食を食べてください」
「そそ、まずはご飯を食べちゃおう」
「二人とも冷めすぎだよー」
その場にくずおれるキャロルさんはそのままにして、朝食を再開した。ご飯冷めちゃうし。
ユーカリアさんは、キャロルさんの分を用意するため、一旦席を立った。
当のキャロルさんは、何か疲れが一気に噴き出て来たのか、ゆっくりとした足取りで席に着く。手には大事そうに例のステッキを握りしめて。
それはともかく、サラダへと取り掛かった。シーザーソースにクルトンもかかっていておいしい。ヤングコーンが入っているのも高得点。わたしはヤングコーンも大好きなのだ。
「リンちゃんリンちゃん、ほらコレ」
「ふむ?」
キャロルさんがステッキをわたしに向ける。
「神器を使った魔道具ですか?」
「リンちゃんを思いながら作ったのよ」
「なんか、恋人に作るマフラーみたいですね」
恋人出来たことないけど。
「そーよ、愛のプレゼントなのよ、まさに!」
「キャロル様、立ち上がらずに座っていてください」
お盆にお料理を乗せて戻ってきたユーカリアさんにたしなめられ、そのままおとなしく座るキャロルさん。
そうだ!
「ユーカリアさん、チリビーンズスープおかわりー」
「かしこまりました」
「魔道具についても、気にかけて下さい」
なんか涙目になっとるぞキャロルさん。
「大丈夫です、聞いてますって。その、おもちゃみたいな形状の魔道具はどんな能力なんですか?」
「おもちゃみたいって、酷いわリンちゃん。けど、そんな毒舌なところも大好きよ」
わたしの手を握りしめてきた。
「手を離して下さい。ごはんが食べられません」
「ほんとーに、酷い子ねー」
そうは言ってるが、キャロルさんはフォークを持ったわたしの手を、なかなか放してくれない。
仕方が無いので、反対の手をキャロルさんの目の前でちらつかせた。とたんに、握る手をそっちに切り替えてくれた。やれやれだ。
「それで、どんな使い方をするんですか?」
サラダを食べつつ、再度質問してみた。
「リンちゃん、このステッキのハートマークにキスしてみて」
「はい?」
徹夜で頭が変な方向にハイになっているのか?
「リンちゃん視線がこわーい。あのね、この魔道具は所有者のみが使える仕様なの。そしてそれは、リンちゃんでなければならないのよ!」
わたし限定なのか。確か最初に会った時も、適性がどうとか言ってたし、元々選ばれた者にしか使えない仕様ってわけか。なんか熱い展開である。
「そして、所有者契約は、キスによって結ばれるのよ!」
さすがはキャロルさんの作った魔道具。無駄な変態仕様である。
「分かりました、ちょっと貸して下さい」
「はい」
キャロルさんから魔道具を受け取る。
「そいえば、これの名前ってあります?」
「メイガス・ヘブンよ」
ふーむ、それっぽい名前……かな?
手に取ってみると、軽い。形状と言い軽さといい、やっぱりちいちゃな女の子のおもちゃみたいだ。これをわたしが使うのか~ちょっと恥ずかしいかも。
そう思いながらも、神器の輝きに魅せられたためか、わたしはすんなりとハートにキスしてしまった。
その瞬間、神器部分が輝きを放ち、わたしの体の中を力が流れこむような感覚がかけめぐっていく。なにか、強大な力が感じられた。
「なんか、すごい……」
「契約完了~」
「あ、食べかけがステッキにこびりついちゃった」
「なに! なに! お姉さんが舐め取ってあげるから見せてみなさい!」
目の色を変えたキャロルさんがステッキを強引に奪い取り、そのままハートマークを舐めまわし始めた。なんなのだこの変態は……
「さあ、これで完璧よ!」
「だ液を拭き取ってから返して下さい!」
「うん、ユーカリアの作るごはんはいつもおしいいね」
「ありがとうございます、キャロル様」
キャロルさんもごはんを食べ始め、落ち着いた雰囲気が戻ってくる。
わたしは、ユーカリアさんが綺麗に拭いてくれたステッキをもてあそんでいた。
「それでキャロルさん、契約したら、あとはどう使うんですか?」
「それはね――」
キャロルさんの言葉を遮るように、突然入口の扉が開いた。
「神器の魔道具出来たみたいね! 勝負よ! キャロル!」
そこにいたのは二人の女性。
一人はキャロルさんと同い年くらいかな? 赤髪を後ろで無造作に束ね、白衣を着たホミニード。キャロルさんを名指しして、仁王立ちしている。
もう一人は、わたしと同じ年ごろかな? 淡いピンクの髪が特徴的な女の子だ。こちらは妖精ではない。同郷の人だったりして。服装はいかにも機械いじってますっていう感じの水色の作業服である。ただし、まったく汚れてなくて綺麗である。
「えっと、どちらさまでしょうか?」
「リン様は初めての顔合わせですね。ご紹介します。自称キャロル様のライバル、クリム様と、そのお弟子さんのミュウ様です」
「自称は余計よ!」
「いつもうちの師匠がご迷惑おかけしております」
「あ、こちらこそ」
ミュウちゃんが丁寧にお辞儀したので、わたしも釣られてお辞儀してしまった。
「良く分かったわねぇ、わたしが完成させてたこと」
「ふ、簡単なことよ。あなたの家に盗聴器とカメラを仕込んであるからよ!」
「へ、変態だー!」
「変態じゃなーい! ライバルの情報収集は基本なのよ!」
「徹夜で盗聴音声聞き続けている姿は、傍から見ていて大変気持ち悪かったです、お師匠様」
「ミュウはどっちの味方なの!?」
ミュウちゃんも大変そうだなー師弟環境が。
「ねえ、ユーカリア」
「はい」
「魔法技師のレベルが上がるほど、変態度が増したりするの?」
「因果関係があるわけではないのですが、何故かそのような傾向が見られます」
「ユーカリアとリンちゃんも、どっちの味方なのよ!」
キャロルさんはそう言うが、将来が心配になってくるのはしょうがない。
「大丈夫、わたしはそうはならないから。安心して、リンさん」
「ミュウちゃん、だっけか。お互い頑張ろうね」
「リンちゃんが、ミュウちゃんに取られてるー」
キャロルさん、徹夜明けでちょっとハイテンションなのかな?
「てか、わたしのことも知ってるのね~」
「そういえば会うのは初めてよね、リンさん。改めまして、わたしがこの妖精界最高の魔法技師であるクリムよ」
「改めまして、ミュウです。よろしく」
「あ、はい、リンです。キャロルさんとこで見習いやってます」
なんだこのやりとり。
「ちなみに、先ほどのクリム様の発言を訂正致しますと、我が主のキャロル様の方が、妖精界最高の魔法技師です」
「ええええええ!」
腕がいいんだろうなと思ってたけど、最高レベルなのか。
ユーカリアさんが嘘を付くことは無いから、たぶん本当なのだろう。
「くっ! ユーカリアに言われたら覆しようがないわね。ならば、最強の座をかけて、勝負よ!」
「勝負って、こっちが勝っても得るものが無いし……」
「買った方が負けた方の弟子を一週間自由に出来るっていうのはどう?」
「ミュウちゃんを自由に出来るの!? やる! やるわ!」
キャロルさん、よだれが凄いです……
「あの、師匠……身売りなんてしたくないのですが」
「大丈夫よミュウ! 勝つのはわたしたちなんだから!」
「わたしも景品にされたくないんですがー」
「大丈夫よリンちゃん! 勝てば美少女ハーレムなんだし!」
それは何がどう大丈夫なのだ? アホなのか最高の魔法技師……
「それで、勝負方法はどうするの?」
キャロルさんやる気出してるなー。
「勝負はもちろん、神器を使った魔道具対決よ!」
クリムさんは懐から何やら取り出した。
それは、白い正方形の箱だ。上面に黄金色の輝き……神器のカケラが付いていた。
「クリムさんも神器のかけらもらってるんだ……」
「わたしと同じ日にもらったのよ。しかし、シンプル過ぎるデザインねーそれ。面白みがないわ」
キャロルさんのおもちゃステッキは、デザインが面白過ぎていけないんだけど……
「魔道具は性能が命よ! わたしのは最強なんだから!」
「こっちだって最強よ! いい機会だわリンちゃん。予行演習よ、やっつけちゃいなさい!」
「ええええ!? わたしがやるんですか!」
「だって、リンちゃんが契約したから、リンちゃんにしか扱えないんだもん」
なんでわたしがあああ!
魔道具の性能は、元の道具の力と使い手による。道具はどちらも神器使用の最高品。ただ使い手が、妖精国屈指の魔法技師対見習いって、こっちが圧倒的不利な気がするんですけど……
「わたしが使って勝てるんですか?」
「……」
「なんで無言になるんですか!」
「ここで暴れられては、後で掃除が大変ですのでやめて下さい」
ユーカリアさんが静かに、キャロルさんとクリムさんの間に割って入ってきた。
その一言で押し黙る二人。
さすがはユーカリアさん、かっこいい!
「なら、どうしろと?」
「師匠、こういうのはどうでしょう」
ミュウちゃんが二人の変態、もとい天才に視線を向ける。
「国から常に討伐依頼が出ている巨人退治、その成果で競い合えば、お互いが傷付け合うことは無いと思います」
「きょ、巨人退治~!?」
冗談ではない。有翼人より弱いとはいえ、竜に次ぐ怪物なのだ。
しかも、向こうはクリムさんが戦うのだろうが、こっちはわたしが戦うのである。
「だーいじょうぶ、リンちゃん。そのステッキの力を試すにはちょうどいい相手よ」
「他人事だと思って!」
「リンちゃんを最強にしてあげるって言ったわよね。それがそのステッキの力だから、信じて」
「最強……神剣リーシェインみたいな?」
「あー、そこまでは無理だけど……有翼人くらいふっ飛ばせるくらいの力はあるわ」
たしかに、ここに来た理由は有翼人を倒す力を手に入れるため。巨人程度で怖気づいていられないか……
「うん、わたし、がんばる」
「おお! がんばれリンちゃん! 優勝したらキスしてあげるから!」
「それはキャロルさんがしたいだけじゃあ……」
もーこうなりゃヤケだ!
目標への第一歩、まずは巨人退治で肩慣らしだ!