第四話 妖精国の神器
「ようこそいらっしゃいましたリンちゃん! 遠くから大変だったよねぇ! 偉いぞ偉いぞ、お姉さんがハグしてあげよう」
家の奥に通されたわたしは、家の主に歓迎のハグを受けてしまった。
キャロルさん、髪の中に顔をうずめて、深呼吸するのはやめてもらいたいのだが……
「えっと、今日からお世話になります。それで、あちらのメイドさんは?」
「あ、あの子はユーカリア。なんと、わたしの作った魔力人形なのだ!」
「魔力人形なんですか!? 人にしか見えない……」
「ユーカリアです。何なりとお申し付け下さい」
キャロルさんに抱き付かれたまま、ユーカリアさんをまじまじと見る。うーん、やっぱりどう見ても生きてるようにしか見えない。
「えっと、ユーカリアさん。ちょっと手を握らせて」
「ええ、リンちゃんさっそく浮気!? ダメよ、リンちゃんはわたしと結婚するんだから~」
妄言はとりあえず無視して、ユーカリアさんの手に触れてみる。
柔らかい感触。人の手となんら変わらない。顔を見ると、笑顔を向けられてしまった。可愛過ぎて、キャロルさんじゃあないけど、変な気分になってしまう。
「どう? すごいでしょう、うちのユーカリア」
「はい、とっても凄いです。それと、そろそろ解放してもらってもよろしいでしょうか?」
「もーちょっと、ダメ?」
「小首をかしげて可愛いアピールしてもダメです」
やっとキャロルさんが解放してくれた。
わたしはちょっと思い付き、ユーカリアさんに抱き付いてみた。
「ちょおおおっ! リンちゃんが、わたしのリンちゃんが、ユーカリアに取られたー」
キャロルさんはホントに、リアクションの激しい人である。
当のユーカリアさんはというと、わたしを優しく包み込むように抱き返してくれた。言われなくても、自分の意志で最適の行動を取ろうとするようだ。
なんか優しい匂いもする。
「ほんとうに、魔力人形なの? 優しいお姉さんにしか見えないです」
「はい、人工皮膚に覆われているため、簡単には中身をお見せすることは出来ませんが、魔力人形なのです」
「ユーカリアさんを作ったのは、キャロルさんなんですか?」
後ろを振り返って聞いてみると、涙目でこっちをうらやましそうに見ているキャロルさんの姿が見えた。
「そうよぉぉぉ~。それよりも! わたしには自分から抱き付いてこないのに、ずるいよぉぉ~」
「分かりました。ご主人様を後で抱いて差し上げましょう」
「あなたじゃない! リンちゃんよぉぉぉぉ~」
「どんだけわたしと抱き付きたいんですか、キャロルさんは!」
ユーカリアさんに家の中をざっと案内してもらう。
二棟に分かれており、今いるところが居住棟。もう一棟が工房になっている。
わたしは居住棟の三階の空き部屋をあてがわれた。
空き部屋と言っても、綺麗に掃除されており、ベッドや棚など一通りの家具も揃っていた。
「家事全般は、わたしが受け持っています。リン様に快適に過ごして頂けるよう、尽力いたします」
食っちゃ寝して、あとは魔法技師の修行時間に当てられるのか、快適である。
今日は、この国の一般的な説明を受けただけ、明日から本格的に話を進めることとなった。
自分で思っていた以上に疲労していたのか、その日の夜はベッドに入ってすぐに、意識が夢の世界へと旅立っていった。
――翌朝。
「さっそくリンちゃんを最強の戦士にしてあげよう! と言いたいところなんだけど、まだ魔道具の材料が揃って無くてね。完成するまでは普通の魔法技師の修行をしてもらおうと思うの。魔法技師レベルが高い程、魔道具の性能も向上するから、がんばってもらうわよ」
「はい、よろしくお願いします!」
修行は、魔道具の講習から始まった。
「この妖精国は力の源――精霊力に満ちていて、その力を魔力石というものに圧縮封入し、それを動力源として取り付けたものが魔道具になるんだ」
ふむふむ、地球国の電子機器に付いている電池みたいなものか。
「あとは魔力石と動力源を結ぶ道を作れば完成だ」
見せてもらった設計図など見ると、電子回路にそっくりであった。
電気機器関連は、学校でも少しやったな。
構造のイメージが明確に浮かぶため、思ったよりも早く習得できそうな気がしてきた。
「あとは、実際にやってみた方が分かるだろう」
キャロルさんから、精霊力を魔力石に取り込むよう言いわたされる。
渡されたものは親指サイズほどの黒曜石に似た石のカケラだった。
「指を石に置いて念じてみて。外から石に向かって力が流れ込むイメージで。自分からだけ流れていくようなイメージはダメだよ。力が吸われちゃうから」
普段使っている超能力は、自分から流れ出すイメージでやっている。それとは違う外から力が入っていくイメージなのか、感覚が分かり難いな。
「まずは、やってみます」
石に指をあて、意識を集中させてみる。
精霊力が溜まっていけば石が光り出すというが、輝かない。
「うーん、違うか~」
「最初からは難しいから、ゆっくりと落ち着いてやってこう」
再度、挑戦してみる。
今度は、自分から力を流しつつ、周りから自分へ力が入り込むイメージをしてみる。
魔力石に光が宿る。
「もう、出来ちゃったの! はっや! 普通は一週間はかかるものなのに」
「超能力の感覚の応用って感じですかね」
「超能力国の人には素質があるってことかな?」
「そうなんですかね?」
「ともかく、偉いぞリンちゃん! 優秀な弟子が出来てお姉さん嬉しいぞ」
またも抱き付かれて頬ずりされてしまう。
なんか嫌な感じがあんまりしない。段々とスキンシップに慣れてきてしまったようだ。危ない危ない。
そこから、精霊力回路の接続や、魔道具の機構部分の作製など、次々教わっていく。
数日経つ頃には、ユーカリアに補助してもらえば、魔道具を作れるようになっていた。
その日も、ユーカリアに手伝ってもらって、靴の魔道具を作製していた。
「リンちゃん、順調に上達していってるねー」
キャロルさんが頭をなでてきた。
過剰スキンシップさえ無ければ、優秀な人なんだと思うのだが……
「ちょっと出かけてくるから。ユーカリア、あとはよろしくね」
「かしこまりました、キャロル様」
「どこに出かけるんですか?」
「ヒ・ミ・ツ!」
人差し指を口元にあてたキャロルにウィンクされた。
「可愛げ無いのでやめて下さい」
「ひっどーい、リンちゃん!」
「冗談はともかく、なんで秘密なんですか?」
「冗談ってことは、可愛いと思ってくれてるの! リンちゃんありがとう!」
「そっちじゃなくて、秘密の方に反応して下さい!」
やっぱり優秀じゃあ無いのかな、この人……
「うーん、こればっかりは、リンちゃんの頼みでも言えないのよ、ごめんねー」
出ていく間際に、行ってきますと言い残し、そのままいなくなってしまった。
「なんなんだろう? ユーカリアはなんか聞いてる?」
「聞いてはいますが、他国の人間には言わないよう、キャロル様より指示されております」
他国の人には? ヘラヘラした態度のくせに、食えない感じだなキャロルさん。
「他国の人には言えないってことは、軍事関係かな?」
「ノーコメントでございます、リン様」
ふむ、興味が湧いてきた。
それに、今作ってる魔道具の試運転にも丁度いい。
新作が出来た! わたしの足のサイズにもピッタリ。
「これの名前は、羽靴としよう」
「おめでとうございます。リン様」
「ちょっと試運転してくるわ」
「わたしも付いていきますか? わたしならその靴に追い付けると思いますが」
ユーカリアさんは、人よりも速く走れるんだったな。
「大丈夫、そこらへん走ってくるだけだから」
「かしこまりました、気を付けて行ってきて下さい」
キャロルさんは、ユーカリアさんへ、わたしの言うことは何でも聞くように言ってくれている。悪だくみするときは大変便利である。
「じゃあ、行ってくるね」
手を振り、表へ出る。
深呼吸一つ。この羽靴は、念じれば起動するのだ。
その前に、まずはキャロルさんの位置を探る。
こちらに来てから、魔法技師の修行を続けた影響からか、超能力もレベルアップしているのだ。
【探知】の能力で、キャロルさんの位置を特定。結構遠いな、確かその位置は王都だったと思う。ますます興味が湧いてくる。
羽靴に念じ、足を動かした。瞬間、自身の体が急加速して走り出した!
「お、思ったよりも怖いかもぉぉぉ!」
暴風のような風を体に受け、周囲の風景が一気に後ろへと流れていく。
浮遊車に乗った経験があったから、まだ心構えが出来ててよかったというか……。
この魔道具は、簡単に言えば速く走れるようになる靴だ。ただ、足を交差する速度を速めるだけだと足が潰れるので、負担軽減と疲労緩和の機能も付与させている。
ただ、浮遊車のような乗り物と違う点は、手すりや座席など自分を保護するものが無く、何かにぶつかったら大ダメージということぐらいか。……やっぱ怖い。
恐怖に耐えながら、よーく前方を注意しつつ疾走していく。
王都へ着いたのは、それから一時間経過したころだった。あたりはすっかり暗くなっていた。
速く走れるといっても、結構時間がかかったな。
「つかれたあああ」
その場に倒れこんでしまう。
体の疲労は無かったけど、ずっと神経集中していたので、精神的に疲労してしまった。
「障害物自動回避とか、精神の負担を抑える機構も必要みたいだわ」
道端で大の字に寝転びながら、そんなことを考える。
少し落ち着いたところで、自身に【平静】をかけて、一気に回復させる。
改めて【探知】をかけ、キャロルさんの居場所を特定。
王城の近く、巨大な建造物の中のようだ。
【姿隠】の術をかけ、羽靴で一気に走り込み、敷地内に侵入。【空中浮遊】で、目的の階の窓へと自身を浮かび上がらせる。
窓から中を見てみると、そこは大広間となっており、たくさんの人が整列していた。部屋の奥には光り輝く巨大な塊。
魔力石に似てはいるが、大きさは十m以上。黄金の輝きを放っている。まだ魔法技師見習いではあるが、見ただけで分かる。とんでもない力が圧縮されて、そこに溜められているのだ。
そこで思い出した。旅立つ前に読んでいた本に載っていた、妖精国の神器。
「神器シシュポス、強大な力が封じられている魔力岩」
これを使った魔道具は、他国の神器に匹敵する能力があるとか。
「これなら、フレイアとも戦える?」
使ってみたいと思うが、神器はその国の生命線。他国人には使わせてもらえないだろう。
などと見とれていると、その石に、見知った人物が近付いているのが見えた。
「キャロルさん?」
キャロルさんは、いつもと違うまじめな態度で、前へと進み出ている。
岩の横にいた礼装の男が、神器シシュポスを削り取り、そのカケラをキャロルさんに渡していた。
キャロルさんは一礼し、それを受け取る。
キャロルさんは、神器を使わせてもらえるレベルの魔法技師だったのか!
気持ちが高鳴る。
確かキャロルさんは言っていた、最強の戦士にさせてやる。それには材料が不足していると。
最強という言葉通りなら、その材料とは神器シシュポスだろう。そして、それを自分が使える……
気持ちが興奮しているが、もう見るものは見れた。とっととここから逃げよう。
こっそりとその場から離れ、工房へと帰った。