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第三話 妖精島への小冒険

 ちょっと暑さも感じるようになった春の日差し。

 学校のカフェテリアは、お昼を食べに来た大勢の人たちで、ごった返していた。

「うむむむ……」

「ちょっとリンちゃん、怖い顔しながらカツサンド食べないでよ」

 何やらチャルが怯えているのだが、気にしない。

 わたしが今持っているのは、カツサンドだけではないのだ。

 左手にカツサンド、右手に専門書という、まさに勤勉な学生の鏡のような姿なのである。

「うむむむ……」

 本のページをめくり、カツサンドをひと口。

「何をさっきからうめいているんだ」

 ペティアはスープをすくう体勢でスプーンを止め、わたしを見ていた。

「呻いているんじゃなくて考えてるのよ」

「考えてる?」

「そう」

 言って、残りのカツサンドを口の中に放り込む。

 それをカップスープで流し込んだ。

有翼人ルーファレティウス撃退法」

「また何をする気? この前、無茶しまくったばっかりなのに」

「そーだよ。あの時、どっか行っちゃったリンちゃんのこと、二人で心配して待ってたんだから」

 心配させてしまったのは申し訳なかったな。

「けど撃退法って、有効な手段なんてこの国には神器しか無いじゃない」

 ペティアの言う通り、この国では一つしか方法が無い。

「まさか、神器の使い手になる気?」

「わたしもそれは考えてた」

「考えてたんだ。さすがはリンちゃん、自信満々」

 チェルの拍手に、わたしは首を横に振る。

「けどねー、この国で一人しかなれないって、狭き門過ぎだよねー。だから別の方法を考えたの」

「別の方法?」

「これ」

 二人に、読んでいた本を見せる。

「妖精島?」

「えっと、リンちゃん、魔法技師アーティファクターになる気なの?」

 この国は西島の妖精国との交流が盛んで、向こうで魔法技師アーティファクターとなる人もわずかながらいるのだ。

「実は先日の襲撃のさなか、妖精の魔法技師アーティファクターに救われたのよ。その時見たけど、魔道具アーティファクト有翼人ルーファレティウスに一定の効果を出していたの」

「その話は再開したときに聞いたけれど、それで憧れちゃったんだ」

「そんな感じ」

 三つ目のカツサンドにかじりつく。

「向こうに行って、アテはあるの?」

「その救ってくれた妖精さんとこに行こうと思う」

 少々性格に難があり、貞操的にも不安があるんだけど、他にアテが無いからな~。

「行っちゃう気なんだ。寂しくなるよ~」

 横に座っていたチャルが抱き付く。

「ちょっ、チャル!」

「わたしも寂しくなるよ~」

 棒読みで嘆きながら、ペティアもすり寄ってきた。

「二人とも落ち着け~」

 昨日の妖精キャロルといい、わたしは女の子に抱き付かれやすい体質なのだろうか?


 ――それから一週間後。港がようやく復旧したので、さっそく行くことにした。

 白のブラウスに赤を基調としたケープとスカート。腰には皮のポーチ。旅道具一式を詰めたザックを背負う。うむ、完ぺきな装備である。

 ちょっと女の子ぽ過ぎるかなとも思ったが、チャルとペティオから餞別せんべつとしてもらった赤のケープに合わせたら、こうなったのだ。仕方ない。

 二人曰く、わたしには赤系が似合うとか。

「リンちゃん、向こうに行ってもわたしたちのこと忘れないでね」

 チャルは早くも涙を流している。

「今生の別れじゃないんだから、泣かないでよ」

「ひっど~い」

「リンの言う通り、明るく迎えてあげようじゃあないか」

 ペティオは逆に、軽過ぎる感じがするのだが……

「向こうに行く以上、最強の魔法技師アーティファクターになってこい!」

 こちらに拳を突き出してきた。

 それに自分の拳を合わせる。

「もちろん!」

 これは女の子のあいさつかな?

 それはともかく、いよいよ!

「さて行くぞ、新天地!」


 人生初の船旅は順調に進んだ。

 西海は故郷の超能力国ファルプス・ゲイル妖精国イシュフィーン有翼人国ルーファレティウス巨人国キアルゴラの国境と接しているため、魔境みたいな様相かと思ったが、何とも無かった。

 船長曰く、有翼人国ルーファレティウス巨人国キアルゴラに近寄らなければ、死ぬような目には合わないとか。

 さすがに死ぬような目には合いたくは無いが、見たことないような出来事に遭遇できればよかったなと思う。なにせ妖精島までは三日かかり、その間することが何も無いのだから。


「国境線が見えて来たぞ!」

 暇過ぎるから寝ていようかと思ってたら、船員の上げた叫び声が耳に入った。

 国境線! 本やテレビでは見たことがあったが、実際に見たことは無い!

 急ぎ船首へと走る。

 海面上に赤紫の輝きが、左右に長く続いていた。その端は見えない。

 光の高さは、対象物が無いので目測では分かりかねたが、確か本の知識では十メートルだったはずだ。もちろん国境線の影響力はそれ以上、星界まで伸びている。

 船は国境線へと近付いていく。触れても無害とは分かっている。各国の行商人が国境を渡っているのを知ってるし、妖精のキャロルさんがあれを抜けてこちらの国へ来ていたりしたのだ。

 だが、知識で知っているのと実際に体感するのとは訳が違う。思わず体に力が入る。

 船体との距離が殆どなくなっていく。船嘴せんしが……触れた!

 触れたのだが、当たった感覚がまったく無く、錯覚でも見ているような気に落ちる。

 あっけなく、国境線へと入り込み、わたしの体も通過していく。

 通過する瞬間どう見えるのか興味があり、がんばって瞬きを我慢したのだが、一瞬赤紫の光で視界が覆われたと思ったら、すぐに終わってしまった。

 後ろを振り返ると、光が後方へと過ぎ去っていくのが見える。

 空気が変わった。世界の色も。

 国境線を超えたから、世界が変わったのだ。各国は国境線を境に環境も生態系もまるで変わる。

 潮の匂いはまだするが、そこに甘さが少し加わったかのような、優しい匂いが鼻腔びこうをくすぐる。海の色も淡いものになっていた。

 空に視線を移すと、凄いものが見えた! 光のカーテンが揺らめいているのだ! えっと、確か……

「オーロラだ! 綺麗だ……」

 近くにいた他の船客の声が耳に入る。そうだ、オーロラだ!

 実際には極地でしか見られないようだが、ここ妖精族国ではよく起きる現象らしい。さすがはファンタジーの国。科学があんま通じない。

 空の光景に心奪われていたら、船体が揺らいだ。倒れそうになるが足を踏ん張る。

 船体の右舷うげん、水が盛り上がり、巨大な影がせりあがってきた。

 地球国が持つ潜水艇かと一瞬錯覚したが、違う。その表面は皮であり、生き物だ。

 そいつが尾びれで水面をたたく。

 船体が揺れ、水しぶきがわたしを襲った。

「つっめた!」

 怖さよりも、楽しさが勝ってしまい、思わず笑みがこぼれる。

 こいつは知っている。

「クジラ!」

 動く島とも形容されるようだが、なるほど島だ。

 この客船も大きいが、それと同等の巨体。こんな生き物初めて見た!

 いや、巨人族の王や、南の火山島にいる竜王に比べれば、小さいのかもしれないけど。それでも、凄い!

「妖精の世界、すっごい! 感動が怒涛どとうの如く押し寄せてくる! 最高!」

 わたしは叫び、その場で何度も飛び跳ねた!

 一人きりの旅路、深層意識下では不安があったのかもしれない。しかし、初めて見る幻想的光景の数々に、その不安が吹き飛ばされた!

 いける! わたしにも出来るはずだ魔法技師アーティファクター! そして見ていろフレイア!


 残り一日の旅程、周りに広がる見たこともない風景の数々と、やる気で高ぶった気持ちのおかげで、まったく退屈せずに過ごせた。


 妖精国の港町は、わたしたちの国とは違い、古めかしい、言ってみれば帆船とかが似合いそうなものであった。

 ただ寄港している船は、その情景とまるであってない。わたしたちの国の船が数隻と、他に妖精国の船もある。近未来的と幻想の融合したようなシルエットで、魔力のものであろう輝きが漏れ出ており、うちの国のものよりも先進的に見える。

 港で見かける人影は、当然のことながら、ほとんどが妖精族であった。

 妖精族と一口に言っても、手のひらサイズのピクシーから、人間大の耳の尖ったエルフまで、実に様々だ。これから会いに行くキャロルさんは、わたしたちに容姿が近かったから、ホミニードだろう。

 視線を巡らしていたら、ある人影に視界がクギ付けになってしまった。

 わたしたちが乗っていた船から荷が下ろされており、それをチェックしているようだった。

 服装は何というか、紺色のメイド服っぽいデザインである。

 キャロルよりも、もっと明るい青色のショートボブで、エメラルド色の瞳。

 何よりも美術品かと思えるような整った顔立ちと、純白の肌が、とても魅力的な女性である。

 周りの船員たちも、その美貌びぼうが気になるのか、作業をしながらも視線が何度も彼女へと向けられていた。

 ずっと見ていたら、気付かれたのか、こちらに視線を向けられた。

 思わず視線を逸らす。

 何だかヤマシイことをした気分になる。いやいや、女同士だし、変な意味で見てたわけでもないし。

「――っと、そんなことしている場合じゃないか」

 とっととキャロルさんの家に行かないと。夜までに着かないと野宿だ。


 移動手段を探したら、浮遊車スピーダというのに行き付いた。

 妖精国というから移動手段は馬車かなと思ったんだけど。魔道具アーティファクトがあると、いろいろと様式も変わるようである。

 登録所に行き、世界共通貨幣で料金を支払う。

 わたしの見た目から、超能力国ファルプス・ゲイルの人間と分かったようで、初心者は前方席に座るなと言われた。

 ということで、前方席に座る。やるなと言われたらやりたくなるもの。それに、前の方が景色もいいし楽しそうだ。


 時間となり、浮遊車スピーダが浮き上がった。さすがは浮遊車というだけはある。

「みなさん、しっかり掴まってて下さいよ」

 動物の特徴を持った妖精の運転手が、定例文の注意を呼び掛けた。

 席の前の手すりを持つ。

「行きますよ!」

 浮遊車スピーダが風を切り、砂煙を上げて地面すれすれを飛んでいく。

 体が一気に後ろへと持っていかれ、風が顔にぶち当たり、目が開けられない!

「ちょっ! はやっ……はやぁぃぃぃ」

「しゃべると舌かみますよお客さん!」

 運転手に言われ押し黙る。

 手荷物から何とかゴーグルを取り出し、目にかける。

 他の乗客を見てみると、みんな手すりにつかまり顔を伏せてた。危ないだろ、この乗り物。

 ゴーグル越しに見える景色は、後ろへと次々と流れる。

 右手に見える海岸線。海には相変わらずクジラの姿が見て取れた。

 風を切る感覚にも、だいぶん慣れだしてくる。そうすると、この疾走感と風の流れ、景色の移り変わり、すべてが楽しくなってきた。

 何よりもこのスピード感! 気持ちいい! やっぱり先頭にして良かった! ざまあみろ受け付けの人!


 目的地に着いて降りてみると、なんか変な気持ちになった。

 体が重くなったというか、歩いてる速度がやたら遅く感じたり。

 最寄りの停車場でなく、キャロルさんの家まで直接行ってもらいたくなる。ああ、なんか歩きがじれったい!

「お嬢ちゃん、人生初の浮遊車スピーダどうだった? 先頭に座っちゃったんだろ、怖くなかったか?」

 運転手の動物妖精さんが笑いながら、こちらに声をかけてきた。

「めっちゃ楽しかった! また先頭に乗らせてもらうわ!」

「わはははっ! 面白い嬢ちゃんだな。楽しんでくれたのなら何よりだ」

 運転手さんに手を振って、その場を後にした。


 地図とにらめっこしながら、キャロルさんの家を探す。

 浮遊車スピーダとか突拍子もないものもあるけど、家並みとかは至ってファンタジーである。ギャップが凄いよなー。

 キャロルさんの工房があるという街は、高層建築までは無いものの、石造りの建築物が延々と並び、そこそこの規模に見えた。

 道行く人は、みなホミニードのようだ。彼らの着ている民族衣装もあって、異国に来たんだなーと改めて思う。

 そして、ホミニードの特徴なのか、それともこの街特有か、みんな美男美女ばかりである。

 自分が浮かないだろうか? ちょっとした敗北感と気恥ずかしさがよぎるが、いや大丈夫! わたしだって美少女のはずだ!

 気を取り直してキャロルさんの家の捜索を再開する。


「ここ、だよね」

 周囲の家々よりも、大き目の建物の前にたどり着いた。

 地図の表記を見る限りは、ここで間違えは無い。

 深呼吸を一つする。

 ここまで来たが、この扉の向こうに行けば、後戻りは出来ない。わたしは魔法技師アーティファクターへの道を歩むことになるのだ。

 緊張と、不安と、焦りが混ざり、扉をノックするのを一瞬ためらう。

 いやいや、ここで止まってどうするんだ!

 意を決し、扉を叩いた。

「こんにちわー、キャロルさん。超能力国ファルプス・ゲイルから来たリンさんですよー」

 しばらく待つと、扉の向こうで音がする。

 鍵が開く音がして、扉が手前へと開かれていく。いよいよだ。

 扉が開き、そこにいた人物と目が合い、固まる。

 知っている顔ではあるが……キャロルさんではない。

 青色のショートボブで、エメラルド色の瞳の……メイド。

「あ、あれ? 美人メイドさん……」

「お待ちしておりました、リン様。我が主、キャロル様がお待ちです」

 港で見かけた超美人さんとの再会であった。

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