第二話 戦場での大冒険
自分では気付いていなかったが、衝撃を受けたとき、階段に倒れこんでいたみたいだ。
起き上がり、体にかかった砂埃を払う。痛みも無いし、見た限り傷も無さそうだ。
手持ち袋にも砂埃がかかっているが、中のお菓子たちは個包装されているし、食えなくはなっていないだろう。
「リン! 大丈夫!? 生きてる?」
階下から、ペティアの声が聞こえた。
チャルの嗚咽のような声もかすかに聞こえているから、二人とも生きてはいるのだろう。
「ちょっと汚れたけど、体は何とも無さそうだよー! そっちは?」
「こっちは大きく揺れただけで、特に何ともないわ。怪我も何も無し! リンも早く降りてきなよ。すぐにシェルターに入らないと」
新たな轟音が鳴り響いた。わたしたちはお互い口をつぐむ。
外を見ると、有翼人たちから、光の矢のようなものが飛んでいくのが、いくつも見える。
彼女らは名前の通り、一対の羽を背中から生やしている。凛々しくも整った顔立ちの少女たちであり、ミスリル銀製の武具に身を包んで飛来するその姿は、神々しくもあった。
この学校の他にも、崩れた建物がいくつも見える。破壊が一か所に集中していない。無差別攻撃のようだ。
見ていると、一点に違和感。地に落ちたガレキの中に、動くものが見えたような気がした。
何故か気になる。もっと間近で見たくなり、一歩前へと足を踏み出す。
「リン! 急いで!」
ペティアの声に、我に返る。
いけないいけない、何をする気だ、わたし。
自分で言っていたではないか。今の自分たちでは、有翼人には絶対に敵わない、戦えないって。
自身の手のひらを胸に当て、静かに念じる。【平静】の力が働き、心臓の鼓動や呼吸が穏やかになっていく。冷静に考えられるようになった。
続いて【遠視】の力を使う。
有翼人たちは、持っている槍は使用せず、みな破壊の魔法をまき散らしているようだった。
逆に彼女たちに向かって飛来していく影も見える。わたしたちの国の軍隊による、砲撃だろう。
改めて、この街が戦場になっていると理解する。
深呼吸を一つ、先ほど気になった場所に視線を向けた。
その一帯の建物が崩れ、ガレキの山を形成している。そのガレキの下、人影が見えた。
逃げ遅れた人かな。埋もれて動けなくなっているように見える。距離があるので、未熟なわたしの【遠視】では、性別も体の大きさも判別出来ない。
近くに軍隊はいなさそうである。つまりは、まだそこは戦場になっていないということだが、いつ戦火に巻き込まれても不思議ではない。
一歩を踏み出す。
ほんと何を考えてるんだ、わたし。
「ペティア! チャル! 先にシェルターに行ってて! わたしのことは待たなくていいから!」
「ちょっと、リン! 何する気?」
「リンちゃん、一緒にシェルター行こうよぉ~」
二人の声を背に受けながらも、前へと駆け出す。
壁に空いた風穴を抜け、飛び出した。
【空中浮遊】の力により、ゆっくりと着地する。
【空間転移】みたいな高等能力は使えない。見ていた方角を再確認。靴裏で大地を強くけり、駆け出した。
周囲に見える破壊の火線からは距離をとる形で、目的地へと走る。
見慣れた街並みなのに、遠くで響く轟音と、それにともなう空気の震え、それと反比例して感じられなくなっている生活の音や人影、それらが相まって、夢の世界を漂っているかのような、不思議な感覚が身を包む。
何もない道を全力疾走するのは、場違いではあるが気持ちがいい。気分が高揚し、叫びたくなる衝動に駆られるが、戦場という恐怖がその気持ちを押さえつける。
まだ距離あるな。無事だといいけど。
そう思いつつ、角を曲がった。
「げっ!?」
思わず急ブレーキ。
曲がり角の先、そこに兵士たちの姿があったのだ。それも一方に向けて、みんな戦闘態勢に入っている。
有翼人たちがここに来るのか。
その場で立ち尽くして見ていると、誰かの号令が聞こえ、兵士たちの持つ銃火器が火を噴いた。地球から流れてきた武器だろう。マシンガンとか言ったか。
銃を撃ちつつ前進している。こちらからは、相手の姿は見えない。
ロケット砲を構えた兵士がその場で身構え、その強力な火砲を打ち出す。見た目とは裏腹に、発射音はそれ程大きくは聞こえない。
一瞬後、着弾の轟音が鳴り響く。
焦ったような号令の声が上がった。
兵士たちは前方を注意しつつ、後退を始める。
後退しだした兵士たちの中で、爆発が起きる。悲鳴が上がり、兵士たちは全力で逃げ出した。
爆発がそれを追い、二度、三度と発生する。
建物の影から現れた、その姿を見た。こんな間近で見たのは初めてだ。そのきれいな顔立ちには傷一つ付いていない。
その美しい女性に向かい、無数の銃弾が飛んでいくが、すべてはじかれる。これが噂に聞く、有翼人たちの結界か。傷一つ付いてないのだから、ロケット砲も通用しなかったのだろう。
兵士たちへと歩みを進めつつ、左手をかざす。巨大な雷の塊が周囲にまき散らされた。
強い光を目の当たりにして、我に返る。慌てて【姿隠】の力をまとい、その場から逃げ出す。
人よりはるかに高い精神耐性を持つ有翼人に、術が効果を表したかどうかは分からなかったが、わたしを追っては来なかった。
全力で走る。ペースなんて考えずに無茶苦茶走ってるので息が苦しい。
どれだけ走ったか、息が続かなくなり、足を止める。
呼吸を整えながら、自分の現在地を確認。今いる場所は、あまり通ったことのない場所ではあるが、学校、向かうべき場所、そして今の戦場、それらの方角は把握できた。距離感は今一つかめなかったけど。
今は【平静】は使わない。あれは気持ちを整えるだけで、呼吸や疲れは癒されない。
ふと思い立ち、手提げ袋からドリンクを取り出し、一気に飲んだ。モカロールも取り出し、押し潰して一口で食べきる。
さらにドリンクを飲むと、大分気持ちも体も休まった。
「もうひと頑張り!」
自身を鼓舞し、再び駆け出す。
目的地は近かったようで、すぐにたどり着く。
ガレキに埋もれた道を歩いていくと、人影が見えた。この人だ!
下半身にガレキが圧し掛かっている。学校から見ていた時は動いていたが、今は疲れ果てたのか、動かなくなっている。
わたしよりも小柄な、十歳にも満たないだろう女の子だ。
「大丈夫?」
少女に歩み寄り、声をかけると、体が小さく反応した。
「あ、……ぅわあああぁぁぁん」
こちらを向いたかと思ったら、盛大に泣き出した。
「ああ、大丈夫だから、助けてあげるから」
とりあえずガレキを、どかさないといけない。
持ってみて、力を入れる。うーん、動きはするが、ガレキが積み木細工のように重なり合ってて、これを抜くと他のガレキがなだれ込んできそうだ。どうしよう。
【気配感知】【敵感知】を同時に使う。
敵は近くにいない。けど、この少女以外に何人か近くにいる。移動のテンポから歩いているのが分かった。有翼人ではなく人だ。
「おーい! 誰かいるのー? 助けてー」
人の気配がした方へ、助けを求め走った。
走りっぱなしで、超能力も使いまくってるから、そろそろバテそうだ。
「せーのでいくぞ。……せーの!」
数人の兵士たちが、ガレキを持ち上げる。
その瞬間を狙い、わたしは素早く少女を引っ張り出す。
少女はしばし呆けていたが、すぐに泣き出し、わたしにすがり付いてきた。
「ありがとうございました」
「いいよ、こっちは市民を助けるのが仕事なんだから」
二十代か三十代か、歳は分からないが、兵士の一人が明るく返してくれる。
六人ほどの兵士たちは、傷だらけで汚れてて、特に語りはしなかったが、出会った時に困っているような、焦っているような雰囲気だったから、たぶん敗走中に本隊からはぐれたかなんかだと思う。
「安全な場所はあります?」
「この地区のシェルターの位置は把握している。すぐ近くだし案内するよ」
助かる。ここからまた学校に戻るには距離があるし、何より、抗戦のあった場所にまた近付くというのは嫌だ。
怪我をしている少女は、兵士の一人が担いでくれた。
他の兵士たちが私たちを囲むような陣形で、シェルターへと向かう。
兵士たちの緊張が、肌に感じる。
無理もないだろう、相手は銃弾がまったく効かない上、魔法でビルも倒壊させられるバケモノたちだ。守ってもらっている身で申し訳ないが、今遭遇したら、何も出来ずに全滅だろう。
そう思ったのが悪かったのか、【敵感知】に反応があった。
「兵隊さん!」
「しっ! 静かに」
彼らの感知にも掛かった様だ。
みな無言になり、静かに近くのガレキへと身をひそめる。
飛来音と飛び行く影。それがわたしたちのいる道に降り立った。距離は十メートルほど。位置は超能力で確認出来るが、何をしているのかは不明。
今の状況を整理する。戦える人員は六名。ただし、彼らの武器は一切通じない。威嚇とか意識を逸らせるのがせいぜい。彼らの超能力の技量は直接聞いていないが、少女の傷を癒せないところを見ると、わたしとそんなに変わらないのかもしれない。
『みんな静かに聞いてくれ』
隊長さんと思われる人から【念話】が飛んでくる。
『今の戦力では、有翼人には対抗出来ない』
隊長さんの緊張感と恐怖心も、言葉と共に伝わってくる。思いを伝えるのだから、しゃべるよりも感情が表れやすいのかもしれない。
『この近くで、敗走した兵士たちが集まって、部隊を再編成しているようだ。今そこの部隊と【念話】で連絡が取れた。数は三十。助けに来てもらえる』
助けが来るのか。けど、一方的にやられている戦場を一度目の当たりにしているため、それで助かるのかはなはだ不安だ。
『十分間。救助隊到着まで持ちこたえなくてはならない。みんな、声を出すな、動くな、悟られるな。見つかったら終わりだ。一般人の少女も、協力を頼む』
待ちかー。一番いいのは、ここに来ている災厄がどっか行ってくれることなんだけど。【念力】で石を動かして遠くで音を出す?
いやいや、わたしの【念力】は数メートルしか届かないのだ。逆に呼び寄せるだけだ、意味がない。
陰にしているガレキ越しに【透視】で様子を伺う。
ここにいる有翼人は、前に見たヤツと比べ、鎧のデザインが違った。なんというか神々しいというか、装飾が多い感じだ。
彼女は、わたしたちの隠れている辺りは見向きもせず、天を仰ぎ、何か呟いていた。
すると、有翼人特有の金色の目が輝きを増す。
『総員退避だ!』
隊長の念話が飛んだ。
隊長や他の兵士たちが、一斉にガレキから飛び出し、元来た道を走り出す。
何ごと!?
「ど、どーいうことですか!?」
わたしも走り出し、手近な兵士に声を掛けた。
汗をたらし、引きつった表情の兵士が、空を指さした。
見上げて絶句する。
炎に包まれた巨大な岩が落ちてきていた!
半壊していた建物に直撃し、爆破音と大きな衝撃がわたしを押し出した。
「ちょおおぉぉ! 死ぬ! 死ぬぅぅぅ!」
少し宙を舞ったが、なんとか着地できた。
「【隕石衝突】だ」
近くを走る兵士が教えてくれる。
「メテオ? え!?」
「無数の隕石を星界から召喚し、叩きつける魔法だ。隊長クラス以上の有翼人だけが使える、強力な力だよ」
無数の隕石?
上空を見上げると、いくつもの火の玉が飛来してきていた。
今度は横殴りの爆風が、体を叩きつける。あんなの直撃したら即死だな、これは。
「ぐわぁっ!」
一緒に走っていた兵士が血を吐く。
何!? 思わず足を止めてしまった。
彼の腹から、ミスリル銀の場違いな綺麗な光沢が生え出ている。それを持つ、有翼の人影の、金色の瞳と目が合う。
「ひっ!」
腰が抜け、しゃがみこんでしまった。
前を行く兵士たちが気付き、一斉に銃弾をまき散らす。危ない! わたしも射線上にいるんだぞ!
だが、それらの銃弾はすべて弾かれてしまう。
有翼人は、手をかざし、またも呪文を唱える。
五つの閃光が飛び出し、兵士たちが皆倒れた。
これはヤバイ!
「結果が同じなら、悪あがきだけでもしてやる!」
有翼人に向けて、圧縮した念力【気弾】を打ち出した。
しかし何も起こらず、のけぞりすらしない。
武器も超能力も効果無いか!
「超能力大国の少女よ、見苦しいぞ。最後の時は素直に受け入れるのだ」
はじめて声聞いた!
いやいやそうでなく、諦められるわけ無いじゃん!
「ちょっと待って! あなたの名前くらい教えて!」
一瞬驚いたようだったが、すぐに笑みを浮かべた。
「フレイアだ。有翼人たちの将軍を務めている」
「フレイアさんね。わたしの名前はリン。いつかこの借りは必ず返す!」
わたしの言葉に、何がおかしいのか、フレイアは笑い出した。
笑い事ではない、こっちは恐怖で震えが止まらない。
テンパってるわたしの横を通り過ぎ、一条の光がフレイアへと突き刺さる。
それと同時に、フレイアが吹き飛んだ!
「……な、なにが」
後ろを振り向く。
やや細身の、長く青い髪をなびかせている女性が、そこに立っていた。
民族衣装の様な服を着ているその姿に、見覚えがあった。
「キャロルさん?」
先日、わたしを拉致しようとした、怪しい妖精族である。
手には、兵士たちの持つ銃火器のような形状の、黒く光沢があり所々から青白い光が漏れ出る、不思議な武器を持っていた。
これでフレイアを吹き飛ばしたのだろう。
「早く、逃げるわよ!」
「えっ、逃げるって、その……」
逃げなきゃいけないのは分かるが、少女や兵士たちを置いては行けない。
わたしが兵士たちに向ける視線で察したのか、キャロルさんはこちらを安心させるためか、親指を立てて笑顔を浮かべた。
キャロルさんが腰に付けていた複数のロープを、兵士たちに向かって投げ付けると、それぞれのロープが少女や兵士たちに巻き付き、浮き上がる。
「このまま逃げるわよ!」
わたしは手を掴まれ、そのまま一緒に駆け出した!
背後から、フレイアの詠唱が聞こえてくる。もう起き上がったのか!
キャロルさんが背後に銃器を向けると、切り裂くような音とともに、光がフレイヤへと襲い掛かった。
だが、それらをフレイヤは人では考えられない速度でかわし切る!
「避けられちゃった!」
「なら、コレ!」
キャロルさんが、謎の球体を放り投げた。同時に、フレイヤからも一条の光の矢が飛んでくる!
光の矢は球体へと吸い込まれ、強烈な輝きがあたりにまき散らされた。
キャロルさんは輝きの中に、さらに数発撃ち込む。
その間に、角を曲がり、建物の間を縫うように走り抜ける。
背後から、爆発音とガレキが落ちていく音が聞こえた。
それ以降、フレイアからの攻撃音はしない。どうやら逃げ切れたようだ。
「ふぅ、助かった……」
どっと疲れた。
「ありがとう、キャロルさん」
「おお! 名前を憶えてくれていたのね! 嬉しい!」
いきなり抱き付かれた。
「ちょっ! キャロルさん!?」
「ううぅん! 汗にまみれた少女の芳香。それに、ちっちゃくって程よい柔らかさの体! 素敵!」
「ちょっ! 落ち着いて! 待って、何なんですかいきなり!」
キャロルさんの腕の中から脱出する。
「あああぁぁっ! ごめんなさい! 美少女を見ると我を忘れてしまうのよ!」
危険な衝動である。
「お、おねがい、もう一度だけ、ちょっとだけでいいから、リンちゃんの体を触らせて~」
「ああああ、もう。まずはシェルターに行きましょう。こんなことしてないで」
怪我人がいるのだ、茶番をやるのも程々にしないと。
「わかったわ! 行きましょうシェルターに! そこで抱き付いてくれるのね!」
いちいち対応するのが面倒になったので、無言で歩き出した。それを追ってくるキャロルさん。
うーん、今までの緊張感が全部ふっ飛んだな。
シェルターに着き、皆の治療が行われている中、今日の出来事を思い返す。
戦場を体験した恐怖より、有翼人と対峙した戦慄より、色濃く残った気持ち。
フレイア。有翼人の将軍で大量殺戮者。さっきは恐怖で震えあがってしまったが、今考えると怒りが込み上げてくる。わたしがお前に何をした! なんで死ぬほどの目にあったり、無関係な少女が怪我したりしなきゃならんのだ。さっきの啖呵では無いが、いつか必ず思い知らせてやる!
キャロルさんに抱き付かれながら、ある一つの決心をした。