第零話 怪しい勧誘の世界
「――空を行き交う有翼人たちの攻撃。その無慈悲な閃光は、街を、人を焼き尽くし、まさに、まさにこの地上を地獄へと変えて――」
天を舞う、白銀の美しき悪魔たち。
地上からは彼女らへと、雨のような銃弾を叩き付けていた。
しかし、それらは無情にも、彼女らの張る結界に阻まれ、何の効果も示すことは無い。
逆に、彼女らから打ち出される破壊の魔力により、その場所は一瞬で炎の海と化す。有翼人なら誰もが使えるという、【炎の嵐】だ。
その様子に、リビングのソファーに寝転がり、クッションを抱きながら、見入っていた。
恐るべき光景だ、わたしたちの武器も超能力も、一切通用しないのだ。
「――ああっ……我々は、有翼人に対し、なんと無力なのでしょう――」
うむ、ナレーションも迫真の演技である。
すでに視界内は見渡す限り廃墟となっており、応戦している部隊も撤退戦を始めていた。
わたしは視線を外すことなくコップを手に取り、中の液体を飲もうと……したけど、すでに空だったので仕方なくテーブルに戻す。
「――銃撃を繰り返していますが、少しずつ兵士たちが後退を始めています。このまま……おおっ! 彼らの間を走り抜け、一人飛び出す姿が!」
「よっしゃ来た!」
わたしは思わずソファーの上に乗り上げ、ガッツポーズをとった。
「――早い! 大地を駆け抜け、飛び上がった! 彼が持つ大剣が、有翼人を切り裂く!」
やった! 形勢逆転! これが見たかったんだ!
「――有翼人たちが放つ魔弾を結界で防ぎつつ大規模魔法! 凄まじい威力です! さすがは我が王国の神器リーシェイン! 持つ者を神に変えるという最強の武器です!」
「おおぉー! いけいけー!」
わたしは大声で声援を送った。画面に向けて。
そう、画面にだ。これは東にある地球から輸入されてきたテレビであり、流れていたのは過去の戦争記録映像である。
過去の出来事とは言え、何度見ても熱い展開には違いない。
この国は、何度も有翼人の侵攻を受けている。
やつらは諸外国の中でも、有数の戦闘種族であり、まともな力では抗うことが出来ない。
唯一有効なのが、神器による攻撃だ。ただ神器は一つしかなく、【空間転移】の使える有翼人の侵攻状況は把握し難く、一進一退の攻防がずっと続いているというわけだ。
しかし、いい気になってる奴らを、圧倒的な力で吹っ飛ばすというのは、見ていて爽快である。
神器というのは使い手を選ばない様で、わたしでも軍に抜擢されれば、使用者になることはできる! やってみたい! 変身ヒーローになりたい!
愉快な情景を妄想しながら、わたし――十四歳美少女学生リンは、長い栗色の髪を踊らせながら、はしゃぎ回るのだった。
さて、興奮して動き回ったためか、腹が減ってしまった。食材を手に入れるため街へ繰り出したのだが……いや決して、階下の住人から「うるさいぞ! 静かにしろ!」とか苦情を言われて、ビックリして逃げて来たわけではない。
海が近いためか、潮の香りを含んだ風が、わたしの鼻腔をくすぐる。
何というか、分厚いベーコンブロックを焼いて噛り付きたい気分だ。
さて肉屋はどこだっけ、っと、視線を巡らしていたら、何かと目が合った。ここらでは見ない変わった民族衣装、そしてサングラスに、フードで口元を覆い、顔が見えない。
ソレが、変な機械を持ってキョロキョロしているのだ。思わず視線を逸らす。回れ右だ。
「ちょっ! そこのお嬢さんちょっと待って! 逃げないで!」
なんか走って追いかけてきた!?
これは怖い、思わずわたしも全力疾走してしまう。
「ええい、逃げるな!」
「怖いから! 何者!?」
わたしは比較的足が速い方だが、向こうはそれ以上だ。段々と距離が狭まってくる。
「この!」
手のひらを謎の人物に向ける。【念力】の力を圧縮して打ち出す【気弾】だ!
「ぎゃおっ!」
謎の人物は、体が変な方向にねじれ曲がり、ふっ飛んでいった。
「やったか!」
足を止めて様子を見ようとした瞬間、無数のロープが飛んで来た!
意思があるような動きで、わたしの体が縛られていく。
「……ふふふっ、やっと止まってくれたようね」
「これは止まったではなく、縛られて動けなくされてるんだよ!」
なんだこのロープは、こんなの見たことも聞いたこともない。
「ほどいて」
謎の人物に向かいお願いしてみる。
「今は無理ね」
声からして、若い女性の様だ。なら、イタズラ目的ということはないだろう。
「お嬢ちゃん、よく見たら可愛い顔じゃない。ね、ねえ、ちょっと触らせて……」
「ぎゃあああぁぁぁ、助けてーほどいてー!」
まったく安心出来ない相手であった。
とはいえ、こっちは身動き取れない。どうしよう。
女性は近付いてきて、わたしを抱きしめる。
「大丈夫、大丈夫、痛いこととかしないから」
「まったく、安心出来ないんですけど」
頭をなでられながらも、不信感がまったくぬぐえない。
「うーん、とりあえず逃げないでいてくれたら、ほどいてあげるわよ」
「逃げたいけど、逃げきれそうにないから……うーん、もういいや、ほどいてよ」
「よろしい」
彼女が言った瞬間、ロープがほどけた。
「それ、何?」
「このロープ? ぐるぐるロープ君っていうの。荷造りとか荷物運びに便利よ」
「えーと……」
「妖精族の作る魔道具よ」
彼女が変装を解いた。
わたしよりも長い、青色のロングヘアが風にたなびく、細面の美人なお姉さんだった。髪と同じ色の瞳に、……尖った耳?
「妖精さん?」
「そ、妖精族の魔法技師、キャロルお姉さんよ」
妖精のお姉さんは、そう自己紹介をして微笑んだ。
「どこか落ち着いた場所でお話ししましょうか。超能力美少女さん」
「それで? キャロルさんは、あそこで何をしていたんでしょうか」
目の前に出されたステーキをナイフで切り、口へと運ぶ。
そこは、先ほどの場所の近くにあるレストラン。
お腹空いたと言ってみたら、おごってくれるというので来たというわけだ。
ちなみに、わたしは三種のお肉ガツ盛りプレート、キャロルはドリンクだけを注文している。
「そんなに食べきれるの?」
「育ち盛りなので、肉一キログラムくらい食べちゃいますよ」
「そうなの……」
諦めなのか疑いなのか、良く分からない視線を向けられてしまう。
「えーと、それで?」
「えっと、フードとかしていたのは、極秘任務の遂行中で、誰にも気付かれないようにするためよ」
「逆にすごく目立って逆効果でしたよ」
骨付き肉にかぶりつく。ちょっと熱いけど、肉汁がしたたってきて、とってもジューシー。
「うーん、目立つのか。これからはやめておこう」
まあ、美人の妖精族とか、この港町でも大変珍しい存在だから、何したって目立つのは変わりないかも。
「極秘任務って、言っちゃっても大丈夫なんですか?」
「わたし、美少女からの頼み事は断れなくって」
ダメな人かな?
「それで、なんでわたしを襲ったんですか?」
「美少女ってところは訂正しないんだ」
「間違って無いので」
「……すごいのね」
「それで!?」
「えっ!? っと、人を探していたの……」
「わたしを?」
妖精族に知り合いはいないんだけど。
「超能力美少女を探していたのよ!」
「なんだそれは!?」
「正確には、高い精神力を持った少女ね」
キャロルさんは、紅茶を一口飲んだ。わたしもステーキをもう一口。
「近々、強大な力を持った魔道具を作ることになったのよ。その使い手は、高い精神力を持つ美少女でなくてはならないのよ!」
キャロルさんが熱い視線をわたしに飛ばしてきた。
「えーと、なんでわたしなんですか?」
「これよ!」
手に持っていた機械を、わたしに見せる。
「人の精神力を計測する魔道具よ。あなた、十二歳くらいに見えるけど、歳のわりに高い数値を示してたのよ」
「十二歳ではなく十四歳です」
「ええ!? ……小柄で可愛いわね」
「育ち盛りなので、今に大規模成長を迎えますよ」
ちくしょう。
「まあ、つまりは理想の存在だったわけ」
「高いんですか、精神力」
確かに、同年代の子よりも超能力は得意ではある。
「ねえ、最強の戦士になって、強敵をバッタバッタとなぎ倒すとか、やってみたくない?」
「え!?」
わたしは思わず身を乗り出した。
「最強戦士になれるんですか?」
「そう、あなたは最強の存在へと変身するの!」
それは憧れの神器使いと同じようになれるということか! いや待て、冷静に。まだ、この人とは会ったばかり。それに妖精国の住人。こちらの国の人間ではないのだ。
うまい話には裏があるというし、ここは慎重に。
「前向きに検討するよう善処いたします」
ここでの話はそれで終わった。
気が向いたら来てね、と言われ、工房の住所が書かれた名刺だけを頂いた。
その時はまだ、決心が付かなかった。
不確定要素が多いし、それに急いで決断すべき理由も無かった。
今は、まだ……。