2話
――は似ていた。
――に似ていた。
でも、誰も何も言わなかった。
まるで、本当に気づいていないかのように……。
何も言わない。
紆余曲折を経て、オーリア・レグリズ・メルフィト・レリスの四人はブークダッラの森に入った。
その瞬間、魔物は彼らを狙った。
獲物、彼らの気配を感じて待っていたのだろう。
「これはヤバいわよっ! どれだけいるのよ。」
魔物はどす黒くてドロドロとしていたものもいれば、小さくすばしっこいものもいる。
ドロドロした魔物のドロドロ部分に無力な者が触れると確実に触れた部分から一瞬で腐っていく。
だから、力を持っていない者は最も注意するべき魔物だ。
他にもいるにはいるが、この場では主にその魔物に気を付けるべきである。
また、力を持っているからドロドロに触れても平気という訳ではない。
元々力が弱い者たちや力を使い、弱っているときの力では抵抗力が薄くなってしまう。
そのため、力が強いからといって多くの魔物と対峙するときは安心するべきではない。
力を持っていない少女だけでなく、誰しもが気に留めて置くべき魔物になっているのだ。
ドロドロの魔物は異臭を放つ。
腐った臭いはとても強力なもので周りに広がる。
この臭いを長く吸っているのも危険なのでなるべく早く倒すべきだ。
彼らが他の魔物を相手にしている時に動きの遅いドロドロの魔物は獲物を定めたようだ。
魔物が動いている先にいるのは……。
魔物もそれほどバカではないのだろう。
少女の方に向かっていた。
レグリズが相手にしていた魔物を一体倒していたところで気づいた。
「ちっ!!」
彼は少女のもとに走り出す。
「清き水、現れて我らの敵を倒せ。」
レグリズの言葉に反応し、どこからか水が出できて少女の方に向かっていた魔物が水に飲まれて消える。
水に浄化されたのだろう。
「あっ!」
少女は自分が狙われたことに今気づいたみたいだ。
「レグリズさん、ありがとうございます。」
少女は頭を下げた。
「そんなことは、すべて終えてからにしろっ! 力を持っている者の誰でもいいからこれから最低一人の傍にいろっ!! ボーゼンと突っ立ているんじゃねえぞ。」
迷惑と言わなかっただけでも偉いと思う。
足手まといにはならないように気を付けると宣言した少女は森に入って直ぐにそれを破ったのだから。
怒られて泣きそうになっている少女はひ弱だ。
強かな面を見せたり、ひ弱な感じになったりおかしな奴だ。
レグリズはそう思った。
少女を守って魔物をたおしながら……。
森の入り口付近にいた魔物を倒し終わってから二時間は経っているだろう。
「はぁ、疲れたぁー。」
「俺の方が疲れたわ。レリスを守りながら戦ったんだからよ。」
「何を言ってる。だから、そんなに数がいかないようにしてた。」
「そんなことしたところで、人ひとりの命背負ってるんだ。意味ない。」
そこに不機嫌な声が響く。
「あら、それなら……。これからはそんな面倒なことしないわよ、私たち。意味ないのでしょうから。意味のないことをして、こめんなさいね。」
オーリアの発言だった。
誰しも、疲労が溜まっている中で自分がしたことを否定的に言われたらむかつくだろう。
「今のはレグが悪い。僕も意味ない発言は気に食わないからな。」
「悪かったよ。虫の居所が悪くても言ったら駄目な言葉だったよ。」
怯むレグリズ。
オーリアが丁寧に話すのは物凄く不機嫌の時なので謝っておくのが得策だ。
そもそも、彼女とメルフィトの二人に怒られたら、もっと疲弊する自信がある。
面倒になるのも目に見えている。
それに、そんなことをしている間に魔物が来られたら、俺たちは後手にまわることになる。
「あら、冷静になられたようでよかったわ。」
「嫌味いってくんじゃねぇ。」
これだから、素直に謝りたくはなかったんだが、面倒なことになるよりはましだとレグリズは思った。
だが、そのピリピリした雰囲気を読まなかったのか読めなかったのかは分からない。
少女はそんな彼らを見て、笑ったのだった。
少女にオーリアのお小言、嫌味または正論がとぶ。
「なんで、笑っているのかしら? レリスさん、どうしても足手纏いになってしまうという自覚を持ちなさい。 力を持たない者が足手纏いにならないように気を付けるなんてぶっちゃけ言うと無理よ。だから、自分の身を最優先に守りなさい。もし、窮地に陥っていたとしたら私たちの誰か、近くにいる一人を連れて逃げなさい。いいわね?」
彼女の言葉に力持つ者二人も少女も頷いた。
なんでも、迫力があったそうだ。
「皆さん、足手まといにならないように気を付けることは無理そうなので助けてください。皆さんの邪魔にはならないようにしますので……。」
小さな体がオーリアの威圧感でより小さくなっている。
縮まっているということだ。
そんな少女がいなければ、もっと体力を力を温存して森の最奥部まで行けそうだが、その選択はできない。
レリスだけしか知らないのだから。
元凶を絶つ方法を……。
守りながら、力ある者たちは森にある水晶の元まで辿り着くことができるのか。
入り口のところで小休憩をしてから森を進んでいる。
食料は一様持ってきてはいるが七日で尽きてしまうだろう。
いや、もっと早いかもしれない。
力を使えばお腹が減る。
その状態を放置しておくと力が上手く使えなくなるためにエネルギーの補給をしなければいけなくなる。
エネルギーは食べ物を食べることで回復する。
そのため力を使えば使うほど消費される食べ物の量が早くなる。
入り口付近で退治した魔物の数は多すぎた。
ざっと数えて五十はいただろう。
強い魔物もいたために沢山の力を使った。
森の奥に進むたびに数も強さも増すとしたら、食料なんて一日もつかどうかになりそうだ。
一人が夜の番をするとして、力を使ったら……。
数が結構いるとは思ってたけれど、窮地に立たされているわね。
森の奥に着くまでに食料がもつといいのだけれど……。
なるべく、省エネモードでいきますか。
「そういえば、レグリズさんが言ったことで水が出ていましたが、あの水は何なのですか?」
「レグリズ。咄嗟のこととはいえ、呪文を詠唱なんてしたの?」
「咄嗟だったからこそしたんだろ? それに、呪文を唱えてなけりゃあレリスは死んでたぞ。レリスに向かってきてた奴はドロドロの魔物。触れられたら死ぬぜ?」
「それは、あんたの聖水がよく効くし、被害も少なくていいわね。」
少女は首を傾げた。
「オーリアさん、詠唱をしてはまずいことがあるように聞こえます。」
「レリス、まずいことはあるわ。お腹は減るし、呪文に力を込めることは疲れるの。」
「ただ、唱えるだけでは呪文は発動しない。力を絶妙な加減でのせないと呪文は発動しない。」
「その絶妙な加減がとても疲れるのよ。ある程度は慣れている私たちだけれど、最初のころは動けなくなった。」
少女はそんなことがあるのかと目を見開いている。
そして、少女はレグリズに謝りだした。
「すみません。レグリズさん。」
「謝ることはないぜ。俺たちの食料が減るだけだし、あの魔物には聖水が必要だったしな。」
少女はホッとしたように息を吐いた。
オーリアとメルフィトは思っていた。
(よくいうよ。懐に聖水をも持っているくせにね。)
(よくいう。懐に聖水を持っている者が……。)
二人はレグリズにジト目を向けていた。
それに気づいたレグリズが目をそらすのは三秒後。