1章:妖精族のアルー6
みぃくんに無理難題を出された翌日、ジュリアたちは用意を済ませた後、アルーの力を借りて幻界にある真実の森へ向かっていた。再び妖獣にアルーと乗って移動している最中、ジュリアは何度も後ろ髪を触る。みぃくんが紹介してくれた技師の腕は良く、短く手触りが良くなった髪に、短くなれば楽だという認識しかなかったジュリアも悪い気はしないのだった。
何度も髪を触るジュリアへアルーは微笑みかける。
「気に入りましたか?」
「うん。気持ちがいいって言った理由、わかる気がするの」
「それは良かった。さて、そろそろ着きますから、降りますよ」
3度目ともなれば慣れたもので、ジュリアはアルーの手を借りつつも、地面へ降りた妖獣の背からするりと降りた。そのまま力なく立つロイへ近寄る。
ジュリアとロイの後ろから、アルーは目の前に広がる真実の森を眺めた。
「さて、昨日も相談しましたが、改めて確認しましょう。ここ、真実の森で無垢の珠を手に入れるには森の主である妖獣の問いに全て嘘偽りのない真実で返す必要があります。……真実で応えることができなければ、永遠に問いから逃げられず、衰弱死すると言います。準備はいいですね?」
「いいわ」
ジュリアはアルーの手に自分の手を伸ばしかけ、すぐに引っ込めた。視線をロイへ移すと、表情を確認し、代わりにロイへ手を伸ばす。
「手を繋いでくれるかしら」
「……ああ。ありがとう、姉ちゃん」
体格相応の手をジュリアは握る。ロイの手の皮は所々固かった。手を取ったまま、アルーに誘導されつつジュリアは森の中へと歩みを進めた。
しばらく歩き続けると声をかけられ、ジュリアたちは足を止めた。前から後ろから、下から上から、四方八方から均一な複数の声で話し掛けられる。ゆらゆらと動き続ける枝が木を動物のように見せ、まるで木から話し掛けられているような錯覚を覚えた。
アルーがジュリアとロイを庇うように立ち、口を開く。
「僕はルディッカの民のアルー・リベセニック。無垢の珠を貰いに来ました」
ジュリアも口を開く。
「わ、私は人族のジュリアです」
「ロイ」
ロイはジュリアに続いて名前のみ名乗った。それを咎めようとアルーが振り返るが、それよりも早く返答が来る。一つではない。複数の声だった。
「珠の収穫ね」
「無理そうだわ」
「大きな大きな珠を採れそう」
「おかしな子がいるわ」
「久しぶり楽しそう面白そう」
声は様々な方向から聞こえて来た。首を回して辺りを見るが、一つとして発生源を見つけることができない。
臆することなくアルーは話を進めた。
「早く無垢の珠を下さい」
「そうね。始めましょう」
「ぶしつけね。ぶしつけね」
「じゃあみんなに」
「実りを収穫を!」
その言葉が放たれた直後、ジュリアの視界は暗転し、荒れ狂う豪雨の中に放り込まれたかのような錯覚に襲われた。一歩でも動いたら死ぬ。そんな恐怖に包まれる。
完全に独りぼっちだった。
そのままジュリアは左上を見た。最後に見た母の顔がそこにある。
反射的に強く拒絶したジュリアは、いつのまにか元の場所へ戻っていた。
「どうして……」
ジュリアは呟く。まだ一つの問いすら投げかけられていない。
「あなたは戻っちゃったの?」
声と共に目の前にするりと半透明の人型の少女が現れる。宝石のような瞳がジュリアを見つめていた。目の前の存在がおそらく例の妖獣なのだろう。
「あの、真実の問いは……?」
「それはこっちが訊きたいわ。あなた、わたしたちの力を押し出しちゃうんだもん」
「力を押し出す?」
「そう。これじゃ収穫できないわ。あの子だって」
そう言うと妖獣はロイを指差した。そこには、ジュリアの目の前にいる妖獣と同じ妖獣に複数囲まれているロイがいる。とても困った表情をしていた。
「神様の力が強すぎるの。わたしたちでは呑み込めないわ。神族かしら」
その言葉を聞き、ロイが顔を向けてくる。
「そんなとこだ。てかお前ら、神と人間の子孫な神族レベルでもダメなのか」
「そうよ。神様とはサイコーに相性が悪いの!」
「姉ちゃんもダメ、つうことはだ。アルーにかけるしかないのか」
ロイの視線の移動につられながらジュリアはアルーを見た。妖獣に抱きつかれたアルーは宙を見て立っている。そして、その目からはハラハラと涙が溢れていた。