1章:妖精族のアルー4
地面に降り立つとアルーは四つ脚の妖獣を影の中へ帰した。支えるものが無くなったジュリアはそのまま力が抜けて崩れ落ちるが、アルーに抱きとめられて事なきを得た。ジュリアは可笑しくなってしまうほどに腰が抜けていたのだった。
それを見たアルーはジュリアを抱え上げ、少し離れた場所で同じく座り込むロイへ近寄る。
「ロイ、大丈夫ですか」
「てめぇ、正気か! 幻界に来るなんてありえねぇ!」
「お静かに、妖獣が寄ってきます。それと、ボロが出ていますよ」
アルーに指摘され、はっとして口元を抑えたロイは苦虫を噛み潰したような表情で口を噤んだ。抱き上げるために伸ばされたアルーの手を断り、自分の足で立ち上がる。
ジュリアはその間、幻界と呼ばれたこの世界を見た。昼だと思っていた世界は、光に慣れてくると明け方のようにぼんやりと明るいだけとわかってくる。そこ光景は明け方のまだ世界が微睡むときのようだった。現在、森の中の空き地にいるが、葉の色が水色の木や、枝が生き物のように動く木など、普通とは言い難いものが生えている。これを森と断定しても良いものだろうか。
「なあ、さっさとこの世界から出ようぜ」
心底嫌そうにロイが言う。
「それがですね、無理なんですよ」
「はあ?」
「ここに来るのに力を使い果たしてしまいまして。大丈夫、何とかなりますから僕を信じてください」
「嘘だろ、おい!」
ロイは頭を抱えてふらふらと離れた。抱き上げられたままだという事も忘れ、思わずジュリアが手を伸ばすと、ロイはジュリアの手を取り、安心させるように微笑む。
「ロイ、大丈夫?」
「ん、まぁ、なるようにしかなんねぇからな。で、これからどうすんだ、アルー」
「そうですね、取り敢えずここは安全ですから、状況整理をしましょうか」
「どこが安全なんだよ」
そう言いながらもロイはアルーに促されて座った。アルーもジュリアを降ろし、胡座をかく。
アルーは知っていることを話した。アルーはロイと一緒にいたジュリアよりも状況をよく理解しおり、淀みなく全てを話す。その全ては夢に何度か神が現れ、説明してくれたのだと言う。
「魔物の侵攻が人間界の存在すら脅かそうとしているなんて、にわかには信じられませんよね」
「けど、それが現実なんだよなぁ」
「そうなんですよね。そうでなければ不可侵の掟を自らに課した神が人間界に手を出して来るわけがありません」
「不可侵の掟?」
聞いたことのない言葉にジュリアは首を傾げだ。アルーはジュリアに顔を向け、説明を始めた。
「はい。この世界を創った神々が、この世界を円滑に回すために自らに課した掟です」
神々は自分たちの住む天界と、創造した生物が住む人間界を創った。その後、自分たちだけで営みをできるよう環境を整えると、余計な手を加えたことで世界が崩壊しないよう、人間界に手を出すことは原則禁止した。と言うのがアルーが説明した内容である。
「ここの、幻界は神様が創ったんじゃないの?」
「それが自然発生というものでして。そのため、かなり不安定な存在なんですよ。僕の一族は幻界に精通していますが、それでもここは一度入ったら生きて出ることが難しいと言われていますからね」
「じゃ、じゃあ私たちは大丈夫なの?」
一瞬で血の気が引いたジュリアに、アルーは笑顔を向けた。自信に満ち溢れた笑顔である。
「大丈夫です。これでも僕は神子ですから。幻界には精通していますよ」
「そう、なの。じゃあ、どうして神様が手を出すと世界が崩壊するの。この世界は神様が創ったのでしょう?」
「質問が沢山ですね。良いことです。それが、神が手を出すと本当に世界が崩壊するか判明されていません。不可侵の掟自体はずうっと前の先代が神から聞いたので伝え聞いてはいるのですが……、本人たちから直接聞いてみたいところですね」
アルーはロイへ微笑みかける。
ロイはバツが悪そうに目を逸らした。
「ま、それはオレたちにはわからん事情があんだろ。それより、どう魔王を倒すかってことを考えようぜ」
「そうですね。現状、僕たちが勝てる見込みなんて神の御加護があることくらいしかありませんから。取り敢えずは、エルフに会いましょう」
「エルフ?」
再び質問を投げかけたジュリアにアルーは頷いて返した。
「はい。この国を治めている一族です。彼らなら力になってくれるでしょう」
取り敢えず今日はもう寝ましょう、とアルーが強引に話を切り上げ、寝る流れとなった。アルーは先程呼び出した四つ足の妖獣を呼び出し、ジュリアとロイを手招きして妖獣に横たわる。そんなアルーへロイは1度だけ視線を向けたが、とくに何も言わずに妖獣へ体を預けた。
ロイを間に挟み向かい合う形で、ジュリアも恐る恐る妖獣へ体重を乗せる。獣の独特の臭いがやや刺激的だが、慣れてしまえばどうということはない。妖獣の体を揺らす心臓の音が心地よかった。
「安心して眠ってください。大丈夫、全ての危険は僕らが退けます」
アルーの大丈夫という言葉を信じてジュリアは瞼を閉じた。