1章:妖精族のアルー9
「びっくりした。戻ってきたのね、私」
安心し、ジュリアはほっと息をするつく。首を傾げるアルーへ向かって、ジュリアはしっかりした足取りで歩いた。
「はい。お帰りなさい、ジュリア」
アルーも歩みより、入口の陰に誘導しつつジュリアを迎える。そして、ジュリアの手を取ると両膝をつけてジュリアを見上げた。
「あのときは申し訳ありませんでした。突然襲うなど、あなたに酷いことをしてしまって」
「えっあ……、別にいいのよ。それより、無垢の珠はどうしたの? 手に入れることはできた?」
気になるところはそこである。アルーの姿が戻っていることから、おそらく真実の問いは終わったのだろう。それならば、今回の目的である無垢の珠が入手できているはずだ。
「無垢の珠ですか? 手に入れるもなにも、初めから得ようとしていませんよ」
「そんなこと……いえ、なんでもないわ」
ほぼ間違いなく真実の問は終わっていない。ジュリアはアルーの様子を見てそう判断した。騙している様子もなければ、騙す理由もないのだ。
では、次の問いは何かとジュリアは頭を巡らす。トミアとのやりとりを考えると、アルーへの新しい問いをジュリアがしなければならない。
「とりあえず立ってもらえる? 落ち着かないわ」
「はい、わかりました」
アルーはジュリアの手を取ったまま立ち上がった。その動きに合わせ、ジュリアはアルーを見上げる。その慣れた角度に少しだけ安堵するのだった。
「ジュリア、聞いてください。僕は結局、神子になってしまいました」
アルーは手を自分の口元へ寄せた。
「そう、結局それを選んだのね」
「はい。あの後、妖獣となんとか契約して戻ったら僕以外全員死んでしまっていまして……。僕がなるほかなかったんです」
「逃げなかったのね。大変だったでしょうに」
「後悔はしていませんよ。最終的に神子になると決めたのは僕自身ですから」
迷うことなく言い切ったアルーから目をそらす。その潔さがジュリアには辛く感じた。
再び声が囁きかけてくる。
「それならどうして、神子の職務を放っておいてまで魔王を倒す旅に出ると決めたの?」
「どうしてそれを」
アルーの顔が強張る。握る手に少しだけ力が込められ、僅かに下された。
「はは、またですか。そうですね…………。僕の一族を護るためです。このままではいずれ、僕の一族は魔物に潰されてしまう。僕がこの可能性を潰せるなら、出ない選択肢はありえません」
アルーは言い切った。自分のためではなく、他人のために動くアルーの志しの強さに、眩しさにジュリアは目が昏みそうだった。
その表情が気になってジュリアはアルーの顔を見る。顔はジュリアに向けつつ、視線は外していた。
これは違う。ジュリアはそう感じた。アルーの言葉にも態度にも嘘はないようにしか思えないが、アルーの言葉は嘘だとジュリアは確信した。なにより、真実の問いがまだ終わっていない。
「嘘はダメ」
「嘘?」
アルーは手を放し、ジュリアを見た。
「本当のことしか言ってませんよ」
「でも、でも、違うと思うの。そう感じるの。うまく言えないんだけど……」
最大の根拠は真実の問いが終わっていないことなのだが、さすがにそれは言えない。
「そんなに僕は挙動不審でしたかね」
「そんな……」
「大丈夫、本当ですよ」
「でも、無理をしているように見えるわ。私はアルーに無理をしてほしくないの」
無理をしている、という表現は口から出まかせだが、今はこう言って問いから目をそらさせない方法しかジュリアは取れない。
遠い昔、心暖まる記憶を頼りに、ジュリアはそれと同じようにアルーを抱き締めた。身長差の都合上、両親のように包むような抱き方はできないが、人の温もりには心を溶かす効果があるだろう。
アルーの両腕がジュリアの背中へ上がり、しがみついた。
「あなたが苦しいのは嫌よ」
まだまだ短い付き合いだが、アルーが苦しむと、ジュリアも苦しくなってしまう。
「なんですが、それ」
アルーが微笑んだのが気配で伝わる。
「……そうですね、僕は、僕は本当は外に出たいだけなんです。前にも言いましたね。僕は外の世界を見たい。ついでに、みんなを護れたらなぁ、なんて」
「いいと思うの、それでも」
動機なんて大抵自分勝手なものだ。無理して、嘘を吐いて、真実から目を逸らす。それがなんになろうか。
「ジュリア」
アルーがそっとジュリアを離す。目が合い、アルーが再び口を開くと、ジュリアは元いた場所に戻っていた。
起き上がった瞬間、ころりと落ちた珠をジュリアは反射的に拾った。素材はわからないが、白に紫色が少し溶け込んだような色で光り、ゆったりと中身が動いている。綺麗な珠だった。
「収穫よ」
「しゅうかくしゅうかく」
「粘ったわりには小さいわ」
「でも、収穫」
そう言いながら、妖獣たちはジュリアから珠を奪った。おそらく、これが無垢の珠なのだろう。物珍しいオモチャを見つけた子供のようにわらわらと集まっていく。
しばらくその様子を見ていたジュリアだったが、アルーが身じろぎしてすぐそちらを見た。
「アルー、無事なの?」
ジュリアはアルーの肩を掴んで揺さぶる。それをロイがそっと止めた。
「倒れるぞ、やめとけ」
「あ……うん」
「っと、起きたか?」
アルーがゆっくり目を覚ます。意識が戻った途端、バランスを崩して倒れかけたが、ジュリアはすぐに支えた。
2人の視線が重なる。しっかりとしたアルーの視線に、その身の無事を感じ、ジュリアの体から力が抜けていった。
「ジュリア……」
「なあ、悪いんだけどさ、2人とも」
アルーの言葉を遮ってロイが話しかけてくる。その手には無垢の珠が乗っていた。
「あいつらが仕舞い込もうとしてたから、奪い返しといた。で、そのせいで視線がこわいんだけど。さっさと帰ろうぜ」
ジュリアとアルーは2人揃って妖獣たちの方を見た。恨めしそうな目でこちらを見ている彼女らがいる。
珠を受け取り、ジュリアは先に立ち上がった。
その後に続き、アルーもゆっくりと立ち上がる。ずっと同じ姿勢だったせいで体が固まってしまったらしく、ロイの助けを借りてようやく立ち上がれている状態だった。
「僕が話をつけてきます。ジュリアとロイは待っていてください」
そう言うと、アルーはよろめきながらも、妖獣たちに説明しに行く。その間、ジュリアは無垢の珠をしっかりと抱き抱えて待っていた。
その後、粘られ苦戦させながらもなんとか説得しきったアルーは、来たときと同じように妖獣を呼び出した。来るときとは違い、ジュリアはロイと一緒に乗るよう促す。
「体がまだ本調子ではないので、ジュリアはロイと乗ってください」
「わかった」
アルーに言われるまま、ジュリアはロイと一緒に妖獣の背に乗る。ロイの後ろから手を回してしがみつくと、ロイは苦笑する。
「どうしたの?」
「いや、ちょっとね。姉ちゃんももう少ししたらわかるって」
「ふうん?」
こうして、ジュリアたちはみぃくんとの交渉カードを入手したのだった。




