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ジュリアよ君は何を選ぶ!  作者: 星野昴
序章
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序章

繋ぎとは言えこの役回りが命じられたのは前任者が発狂したことが原因だった。殺処分を受ける赤ん坊を運ぶ役回りにさせられたジュリアはぼんやりとカートを押す。柵で覆われたカートの中では沢山の赤ん坊が泣いていたが、そのどれもがジュリアの心を乱すことはなかった。ジュリアはただ任ぜられた役割を果たすのみである。


ジュリアがいる場所は魔物が管理する魔石の精製工場である。魔王の配下により瞬く間に支配された大陸で、ジュリアは7年前に捕まり、家畜としてこの工場で生かされていた。


無事、担当の魔物へ赤ん坊を渡したジュリアは空になったカートを置き場へと戻しに向かった。背後から赤ん坊の泣き声が一人また一人分と減っていく。赤ん坊は魔石の良い材料になると魔物が零していたが、魔力が低くて廃棄処分になった赤ん坊なのに良い魔石になるのだろうか。


カートを戻したジュリアは再び他の赤ん坊の面倒を見始める。明日加工予定の赤ん坊は、今まで十分な栄養を与えられなかった分、必死で哺乳瓶から乳を貪った。


慣れた手つきでジュリアはたくさんの赤ん坊の世話をする。悲惨な状況は日常へとなってしまい、もう流す涙すらなくなった。最後に泣いたのは8歳の時。母が衰弱死した日だった。


その夜もジュリアは他の世話係たちと一緒に赤ん坊と共に寝た。夜中の赤ん坊の変化にいち早く対応できるようにするためだ。赤ん坊は最低限、死なないようにしなければならない。


疲労に押し流され、微睡み始めたころ、ジュリアは肩を叩かれ、現実へ引き戻された。


赤ん坊のどれかが死んだのだろうかと、それならば起こされるのも仕方ないとジュリアは重い目蓋を押し上げた。不愉快極まりないことだが、役目は果たさねばならない。


「なあ、オレに運命を捧げてみないか?」


不機嫌なまま起きたため、ジュリアはこのあり得ない状況についていくことができなかった。


目覚めたジュリアに声をかけてきたのは10歳になるかならないかぐらいの少年だった。まず、ここがおかしい。ここまで成長させてもらえるほど魔力の高い男性は通常、隔離されている。こんなところにいるはずがない。


「ね、聞こえてる?」


次におかしいところは、誰も起きずどの魔物も来ないことだった。声を潜めることなく喋っていれば、その煩さからジュリア以外も気づく。


勇気を出してジュリアは非日常の象徴のような彼へ返答すべく口を開いた。


「聞こえてる。あなた、誰なの?」


 ジュリアの問いかけに少年はニッカリと笑った。


「この世界を管理してるモノのひとりさ」

「管理……?」

「そう。分かり易く言うと神様だな。この度、オレたちは禁忌を犯してでも現世に介入することにした。魔王を滅ぼすためにね。そこで、君に協力してもらいたい」

「あなた、頭がおかしいんじゃないの」

「悪いな。オレは至って正常だ」


神と名乗る少年の手がジュリアに差し出された。ジュリアはその手を取らない。それでも、少年は手を差し出し続けた。


「魔王率いる魔物に支配されつつあるこの世界を救い、正常な日々を過ごせるようにする。そんな未来を手に入れるためにオレに運命を捧げてくれないか」


ジュリアの脳内にこれまでの日々が巡った。繁殖用として育てられ、屈辱的な検査を定期的にされ続けた日々、殺されるとわかっている赤ん坊を育てる日々。どれほど辛くても、生きるために心を殺し続け、その果てに自分が何かすらもわからなくなった日々。


もう迷うことはなかった。ジュリアは少年の手を取る。


「捧げるわ。辛いことが無くなるならいくらでも!」

「よく言った。さあ、行くぜ」


そう言いながら少年はジュリアを引っ張った。思いの外強い力について行くため、ジュリアは必死で走り続ける。


気づけば、2度と出られないと思っていた工場の外に出ていて、小さくなっていく工場を異様な速度で走りながら振り返って見ていた。


「すごい……」

「これくらいはなー。よし、ここまでくれば大丈夫だろ」


工場が見えなくなってしばらく経ったころ。少年は足を止めた。気づけば朝日が出始める時間となっており、影が薄っすらとその存在感を主張し始めている。


少年はジュリアを見上げた。頭一つ分低い少年の無垢なその笑顔はどこからどう見てもただの子供だ。


「よろしくな、ジュリア」

「はい。あの……何とお呼びすればよろしいでしょうか?」

「名前? 何でも良いよ。ま、君たちからはよくロイって呼ばれてたから、それでいいよ」

「ロイ、様?」


ジュリアは心当たりの無いその名前に頭をひねるが、7年前から教育を受けていないジュリアには当然のことながらロイが何の神なのかわからない。


「呼び捨てでいいよ。その方が自然だし」

「はい。そうします」

「敬語も無しな」

「わ、わかりました」


手を繋ぎ続けていたロイはジュリアを導き、再び歩き始める。


ロイの背を追いながら、ジュリアは朝日の眩しさに目を細めた。

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