勧誘
思ったよりうまくいかない
その言葉を私は理解することができなかった。
だってそうでしょ。誰だって、世界を終わらせようと誘われて、それを本気だと思うはずがない。
窺うように彼女を覗き見て、思わず、後ろへと数歩下がってしまう。
先程まではどこにでもいるような少女にしか見えなかったのに、その瞳の奥は暗く、狂気を孕んでいるようだった。
気のせいだろうと、もう一度確認してら、全身を這うような恐怖はもう感じられなかった。
それでも、心が感じてしまう。彼女は本気だ‼
「これは君自身が感じていることだろう。
この世界は一本の終わりへと続いている。それを最も顕著に表しているのが私と君さ。
そこにはルートによる分岐はあれど、結末はあらかじめ用意されている。
ぞっとするだろう、朝起きて、学校に行って、友達としゃべって、勉強して、おっと、これは前世の生活パターンだったね。
それら全てが他人によって規定された路線を歩いているだけというのは、酷く退屈だ。
ならば、その終末を壊したいと思うのが人間というものだろう。
私と共に立て、そして神へと反逆しようじゃないか。今こそ人間の尊厳を取り戻す時だ」
あの瞬間感じ取った彼女の言葉は、先程感じ取った暗い何かと打って変わって、共感が可能なものだった。
もしかしたら世界を壊すというのは、決められた路線から脱却することの比喩なのかもしれない。
この世界を気に入っている私からしたら、あまり歓迎はできないが、それでも、ある程度の妥協点は提示できるかもしれない。
「確か、世界を終わらせるって言ったわよね。それっていったいどういう意味。そこから分からないと協力しようもないから、詳しく説明してよ」
「成程、成程。そこから聞くか。ならば教えて差し上げよう。
まず第一目標が、宇宙ごと吹き飛ばす。何をどうすればいいのか分からないからね、第一目標にしてはいるけど、まぁ、達成はしないだろう。
次の作戦案だが、この星そのものを吹き飛ばすだね。
ある程度道筋も見えるし、このルートがメインとなるだろう。
第三目標が人類そのものを皆殺しにすることだ。前に挙げた二つと比べれば、大きく見劣りはするものの、それでも私たちにしてみれば、種そのものが滅ぶんだ、世界が終ったといっても違和感はないだろう。
どうだい、協力はお願いできそうかな」
気が付いたら、瞳の中に潜んでいた闇が、その姿を克明に表していた。
嘘を言っていない、見ていれば分かる。でも、理解できない、理解を求めていない。
ただ自分勝手やる。彼女のうちにあるのはそれだけだ。
その姿の何て傲慢なことだろう。
勧誘だと初めに彼女は言った。
だが、これはあまりにも不適切だ。
言うだけ言ったといった風情で、私のことをはじめから見ていない。
加えて、淡々というものだから、不気味さがより一層濃くなる。
「ごめんなさい、はっきりと言わせてもらうけど、あなたが何を言っているのか一切分からないわ」
「だろうね」
そういって、大げさににうなずく彼女はどこか嬉しそうだ。
「それになに、運命が決まっているから、神様に反逆する、人間の尊厳を取り戻したい、なんで、その程度のことに他人を……」
そこまで言って、私は言葉を止めた。
彼女の視線にの中には恐ろしいまでの無があった。
「その程度、その程度だと!?」
語られたのはたった二言、子供の癇癪のようにも見えるが、全身が恐怖に縛られて動けなくなってしまう。
あまりの怒りに、秀麗だった容姿が般若のように歪み、私に掴みかかったかと思うと、壁へと思いっきり押し付けてきた。
幸い相手も私と同じ年頃の少女だ、痛みを感じたというよりも、驚いたという程度で、実害などはない。
それよりも恐ろしかったのは、目の前の人間が人を殺しかねないほどの狂気を持って私に詰め寄ってきていることだ。
「なんなんだよ!! 一体なんなんだよ、この世界は!!
アカシックレコード、運命、宿命。楽しいだろうな、神様は楽しいだろうな!! だが言ってやる、言ってやるぞ。そんなものはクソだ。最悪だ。
まだ三文芝居のほうが見ごたえがありやがる!! そこで見ている神様!! この私がつぶしてやる、お前の野望全てをだ!?」
そこまでまくしたてると、彼女は急に静かになった。
「おっと失礼。私としたことがとんだ醜態をさらしてしまったようだね。立てるかい、それと痛い所はありはしないかな。もしあるとすれば大変心苦しいな」
なんなんだろう、この少女は。先ほどあれほどの激情を見せたというのに、今では見る影もない。きっと、彼女が抱いている怒りは私ではないどこか、きっと神様に対して向かっているのだろう。だから、こんなにもあっさりと怒りを鎮められたのだ。
そして、理解した。彼女をこのまま放っておいたら、とんでもないことになると。
途中で力付きるだろうが、それでも彼女は大きく傷つくことになるだろう。
そして、彼女は被害者でもあるのだ。
だからこそ私は彼女に呼びかけなければならない。この世界の主人公として、一人の少女として。
それが私の影として、ありとあらゆる幸福を奪われた彼女に私がしなければならないことだ。
「あなたの思いはよく分かったわ。
つらかったのでしょう、悲しかったのでしょう。
私だって破滅が決められていたら耐えられないでしょうから。
あなたは勧誘に来たのよね。なら、私からあなたを勧誘するわ。私と共にこの世界を救いましょうよ。
あなたは確かに悪役よ。でも私は、この世界を救う主人公、不可能だって可能にして見せるわ。
だからきっと、あなたの運命だって変えてみせる。たとえ運命を変えることが出来なかったとしても、人を助けるために行動したという結果は残るわ。
あなただって、心のどこかで後悔しているはずよ。一人の少女を犠牲にしてしまったことを、だから私と来て」
そういって、私は手を伸ばした。目の前の人に。
「ふぅ~~ン」
けれど、彼女がとったのは私の予想とは大きく外れた行動だった。
唇に指を当て、心底意外そうに首を傾ける。容姿も合わさって非常に可愛らしいが、話がまるでかみ合っていない。
歯車は全く別方向に動き、何を言っても今のままでは、彼女を動かすことはできそうにない。
壁ドン来ました。