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風下に立つ。

作者: 那波 源

「……はぁ。」

 光が目にしみる、なんて嘘だ。だって、カーテンがあるじゃないか。この遮られた明るさは、今は好きだ。

「暑い。」

 夜のうちにタイマーで止まった扇風機のスイッチを、ベッドの上から足で押した。

 この部屋の遮られた明るさは、おれをいつまでもだらけさせる。やる事がないわけではない、やりたい事もないわけではない。ただ今は、この睡魔に勝てない、それだけだ。

「……はぁ、夜か。」

 とうとう夜になったな。一日中寝てしまった。夜は少し寂しいな。ひとり暮らしをしてから三年ほど経つが、夜は本当にひとりになった気がする。

「腹、減ったな?」

 何もしなくても不思議と腹は減るが、本当に腹が減っているのか自分でもよく分からない事も不思議だな。そんなことを思いながら食べ物を探すが、何もないのは知っている。

 コンビニへ行こうと外へ出る。一番近くのコンビニはあまり好きじゃない。というか行けない。前にそこで鼻血を出したからだ。何年かぶりの鼻血を、一番近くの一番よく行くコンビニで出してしまった。ある意味、赤くなった。

 仕方なく、別のコンビニを目指す。夜風に吹かれながら、ふと小さかった時の事を思い出した。

 昔はよかったな。単純で、楽しかった。地面を蹴るだけで、川に魚がいるだけで、山にカブトムシがいるだけで、楽しかった。お風呂上がりに扇風機の前にいるだけで、幸せだった。扇風機の風は、シャツと汗ばんだ胸や背の間を爽やかに吹いていた気がする。

 そんな事を思い出しながら、今使っている扇風機の風はなぜかそう感じないなと思った。製品は進化してるはずなのに、そう考えるにとどめた。

 横断歩道を渡ったら、もうコンビニだ。信号が変わって横断歩道を渡りながら、向こうから渡ってきた腰の曲がったおばあちゃんとすれ違う。今日あった事を話せ、なんて誰かに聞かれたとしたら、きっと何も話せることがないなとふと思い、おばあちゃんに定番のアレをやろうとしたが、おばあちゃんは何も荷物を持っていない。そのまますれ違った。

 コンビニに着いて商品を見ると、猛烈に腹が減った。値引きのシールが貼られたチャーハンと唐揚げを取りレジへ。今日もポイントカードを持っていないか聞かれた。作らないかとも聞かれた。たまに彼らがロボットに見えるが、仕方ない。それが彼らの使命であるし、おれの生活の方がひどいのは分かっている。

 コンビニを出て横断歩道の信号が変わるのを待つ。チャーハンと唐揚げを迷わず取って、すぐに会計を済ませたからか、さっきすれ違ったおばあちゃんが向こうを歩いているのがまだ見える。信号が変わって横断歩道を渡っていると、あのおばあちゃんに近付く、どこからともなく現れた黄色の全身タイツの人が見えた。

 おばあちゃんがいる方角は、横断歩道を渡って左の、おれの家に帰る方とは反対だったが、おれの足は自然とおばあちゃんの方に歩みを進めていた。いや、正確には全身タイツの方に。

「遠慮しないで。」

 黄色の全身タイツがおばあちゃんに言っている。おそらく笑顔だ。よく見ると全身タイツではなく、何かの戦隊モノの格好をしていた。

「それではお願いします。」

 おばあちゃんはそういうと、黄色の人におぶさった。どうやら家まで送り届けてもらうようだ。

「取材させてください!」

 誰かがそう言った。でも、おれの声に似ていた気がする。いや、おれの声だ。

「どうぞ。いいですよ。」

 黄色の人が、おそらく笑顔で言った。

 そのあとは、もう引き返せない。何も話さずにとりあえず付いていった。おばあちゃんを送っている間、さっきの事を振り返る。なぜ取材などと言ったのか。

 怪しげな格好に驚いたからか?

 荷物を持っていないからと見逃したおばあちゃんを助けていたからか?

 パニックだ。ただ、おばあちゃんをおぶって前を歩くこの黄色の人を、あの場で逃したら後悔する。そんな理由かなというのはなんとなく分かってきた。しかし、変だ。子供の頃、男なら誰しもが憧れた戦隊モノ。現実では、ヒーローがこれほど怪しく見えるとは。やはり、パニックだ。

「ここです。どうもありがとう。」

 おばあちゃんの家に着いた。どうしよう。次はおれの番だ。

「場所を変えましょうか?」

 黄色の人がそう言い、二人で近くの知らない公園に移動した。

「それでは取材を始めさせて頂きます。」

 やばい。またパニックだ。知らない公園で、知らない黄色の人と、二人でブランコに掛けながら、記者でもなんでもないおれが取材。こうなった経緯を黄色の人に説明するのも面倒臭さいし、うまく伝えられる自信もないから、とりあえず自分に、自分はこういう仕事の人なんだと言い聞かせ、記者になりきって取材を始めた。

「まずですね……」

 言葉が詰まった。聞きたいことが多すぎる。

「あの、なんとお呼びしたらいいですか?」

 黄色の人が聞いてきた。

「ああ! すいません! 私、日野透と申します! 名乗ってませんでした。すいません……」

「いえいえ。大丈夫ですよ。日野さんですか。よろしくお願いします。」

「よろしくお願いします……」

 そうだ、おれも名前を聞こう。

「お名前を伺ってもよろしいですか?」

「イエローです。」

 ああ、確かに。聞くまでもなかった。というか完全になりきるそういうスタンスか。

「あの…………本名は?」

「イエ……ローですけど?」

「そ、そうですよね。すいません。あ、これチャーハンと唐揚げなんですけど、食べますか!?」

 気まずさに耐え切れず、つい持っていたチャーハンと唐揚げを勧めてしまった。本当はあげたくない。おれのだ。どうか断ってくれ。

「いいです。」

 イエロー!! 心の中で喜んだ。

「食べれませんから。」

「ああ、顔のマスクの関係ですか?」

「いえ……」

 それにしても設定が凝っている。だからか、設定に触れるような話は気まずくなる。話を変えよう。

「なんでイエローなんですか?黄色好きなんですか?」

「いや、特に……」

「お仲間というか、レッドとか他のメンバーも一緒にボランティアとかされてるんですか?」

「いや、今は……ひとりです。」

「昔は何人かいらしたんですね……」

 ダメだ。設定的なことしか聞けない。贅沢な言い方だけど、というかそこしか聞くとこない!

「…………ぐっ……」

 泣いてる?イエロー泣いてる?

「どうかされましたか?」

「ごめんなさい。」

「大丈夫ですか?」

「はい。ちょっと昔を思い出して。」

「そうですか。私もごめんなさい。つらい事を思い出させてしまって。」

「いえ……」

 気まずいな。どうしよう。イエローは何か下向いてるし。

「…………」

「…………」

「あの……やっぱり聞いてもらっていいですか?」

 イエローが前を向き言った。何か吹っ切れたように。感じが変わった印象を受けたが、それは正しかった。

「はい。いいですよ。」

 おれが答えた。

「あの、僕ね。いや、俺ね。あ、もう敬語やめません?自然に話した方が楽だし、言いたいことも伝えやすいし。」

「あ、はい。分かりました。」

「敬語はやめって言ったじゃん!敬語になってますよ!」

「イエローも、なってますよって敬語だよ。」

「あ、ごめん。」

「いいって。」

 おれは驚いた。あのイエローがさっきとは全く違う別人になったことに。だけど、別人と言うならおれも同じだ。堅苦しい敬語は疲れるし、できれば使いたくない。それに今のイエローの方が前より好きだ。二人の間にあった壁も少しは薄くなった気がする。

「で、聞いてほしいことって?」

 別人のおれが言った。

「待って。なんか別人みたいだな。」

「それを言うならイエローもだろ!」

「ああ、そうだな。俺もか。でも、今こうして話してると、さっきまでこのブランコに座って話してた、あの二人の方がよっぽど別人だな!本当の別人はむしろあっちだしな。透もだろ?」

「まあな、確かに。で?」

「ああ……。俺さ、この世界の人間じゃないんだ。」

「え?」

「まあ、人間って言っていいかも怪しいんだけど。」

「え?待って待って。どういうこと?」

「昔の話なんだけどさ。」

「うん。」

「昔は、透が普通に想像できる感じで、ヒーローとして戦ってたんだ。」

「うんうん……ぷっ!はははは!」

「なんだよ。何笑ってんだよ。」

「ごめんごめん。だって!もう敬語もやめたのに、設定だけは貫くんだもん!」

「設定?まあ、仕方ないよな。そう思われても。」

「うん!おれは悪くない!」

「設定とかじゃないんだ。信じる、信じないは透の自由だけど、信じないならこの話は終わり。あと、そのチャーハンと唐揚げ食うぞ!」

「えー!ウソウソごめん!信じる!てか、イエロー食べたかったんじゃん!一緒に食う?」

「だから食べれないって。」

「もうさ、顔とかいいじゃん。取りなよマスク。」

「取れないんだ。」

「え!?」

「顔を見せたくないとか、そういうことじゃなくて。取りたくても取れないとかでもなくて。取れるっていう概念がないんだ。なんでこうなったかを聞いてほしいんだ。」

「…………その、なんていうか、今の、ヒーローの、イエローのままで生まれてきたとか?そういう話?だから、おれの顔と首が繋がってるように、マスク取れるとかそういう概念がないってこと?」

「ちょっと違うけど。まあ、確かに、この世界にはイエローのままで生まれてきたのかも。」

「うんうん。」

「おれが存在していた場所は、たぶんこことは違う世界。それは分かってるんだ。だけど、違う世界のことなんて確かめようがないだろ?だからこの世界で生き続けてる。」

「うん。」

「おれは向こうの世界で戦ってた。ヒーローだな。でも、当然敵もたくさんいるわけで。とある敵に、この世界に飛ばされたんだ。」

「そっか……」

「もう10年もこのままだ。この格好のまま。最近はこう思うんだ。本当にこの中に体があるのかって。空洞なんじゃないかって。」

「戻りたいの?元の身体に。」

「戻りたい。」

「いいじゃん。そのままで。」

「え?」

「カッコイイじゃん、だって。ヒーローだよ?男の憧れじゃん。」

「そりゃそうだけど……」

「まあ、レッドが良かったけどな!」

「この野郎!!」

「ごめん、冗談だよ。」

「まったく。冗談にもほどがあるぞ。それコンプレックスなんだから。」

「やっぱり?」

「でも、ありがとう。透と話して気が楽になった。」

「いやいや。おれの方こそありがと。おれもちょっとは変われそうな気がする。」

「透の話は全然聞いてないけど、なんかあったの?」

「おれのはいいんだよ。ホントに。」

「そっか。」

「イエローはこれからどうするの?」

「うーん。人助けは元々好きだし。というか使命だと思ってる。」

「そうだよね。ヒーローだもんな。」

「うん。この世界に10年。怪獣みたいなやつらはいなかったけど、それでも深刻な問題は山ほどあった。」

「うん。」

「犯罪を抑制したり、困ってる人を助けたりしたいと思ってる。ヒーローとは程遠いけど。」

「そんなことない!ヒーローだよ!」

「本当に?今日おばあちゃんを助けてる時、どう思った?」

「ヒーロー……ウソ、ごめん。不審者だと思った。」

「おい!」

「最初はな!でも、今は……ヒーローだ!!」

「本当かよ?怪しいな。」

「ホントだよ!」

「さっきの続きだけど……」

「うん。」

「人助けもするし、これからは色々な人と向き合って、その……」

「何?」

「人の心も助けていこうと思う。」

「うん。」

「笑わないんだ?」

「おれも助けられたからな。イエローに。」

「あんまり助けた気はしないけどな。」

「感謝してる。イエローがめちゃくちゃ過ぎて、おれも吹っ切れた。」

「喜べねーな。素直に。」

「人生ってつまんないな、って思ってた。小さい頃が単純で楽しかっただけにね。」

「うん。」

「でも、人生なんてつらいんだよ。きっと。もとから。勝手にそこに、裸で、生み落とされるんだから。」

「そうだな。」

「神様なんているのか分かんないけど、いるならきっと楽な仕事だぜアイツ。テキトーに振り分けてこの世に落としやがって。願ったって何も聞かねーだろアイツ。」

「お、ブラック透だ。」

「おれらがここで話してることもきっと知らないしな。」

「そうかもな。」

「風が吹くとかさ。」

「うん。」

「風が吹いてきたとか言うじゃん。」

「言うな。」

「今はきっと、風下にいるんだろうな。」

「そうだな。」

「風上にある何かを目指して。」

「だから、頑張ったり、兆しが見えてきた時に風が吹いてくるのかな。」

「たぶんな。いつか風上に行ってみたいよな。」

「俺もいつかレッドに。」

「笑わすなよ。そんなんじゃ風上に置けないよ。イエローはイエローのままでな。」

「そう?」

「楽しむしかないよな。これから、人生。なんて言ったって、つらいがそもそもなんだから。」

「うん。つらいことは変わらない。あとは楽しんでプラスまで勝ち越すことだな。」

「悪いことって重なるけど、それでも楽しんで返せばいいんだ!」

「おう!シーソーゲームだ!」

「おれ頑張るわ!いや、頑張るんじゃないな。楽しむわ!」

「おう!楽しめ!」

「また会えるのかな?イエローに。」

「会えるさ。困った時はすぐにな。」

「お、ヒーローっぽい!」

「ヒーローだよ!」

「またな、イエロー。」

「おう、またな。」

「あ、待って。そう言えばイエローってさ。」

「うん、どした?」

「向こうの世界では変身したり元に戻ったりしてたんだよね?」

「おう。」

「名前は?」

「イエロー。」

「いや、本名!」

「だから、イエロー!イエ・ロー!」

「イエ・ロー??」

「ああ、そうだよ。最初に本名聞かれた時も言ったよ?イエ・ローって。」

「え??」

「まあ、あれだね。この世界っておれみたいなやつのことイエローって言うし、おれ本名がイエ・ローだし。ややこしくなっちゃってるよね。」

「え??え??」

「日本語もあれだよ。最初は全然分からなくって、かなり勉強したんだから!最初の頃なんて、あ、サイショノコロナンテ、メチャクチャカタコトデ……」

「え??え??え…………」

「アレ?トオル?ドウシタ?」


 いつもの家の天井だ。

「…………はぁ、夜か……。ふっ変な夢。めちゃくちゃだな。」

 光が目にしみる、なんて嘘だ。だって、カーテンがあるじゃないか。

「え?カーテン?」

 カーテンの色がいつもと違って見えたのは、おれの見る世界が少し明るくなったからなのか、ただ単に外が明るかっただけなのか、おれはカーテンを開けて確かめた。確かめてみたかった。

「え!?火事じゃん!!」

 確かめた結果、近くのマンションが火事だった。思わず窓を開けてベランダに出た。

「ゴホッゴホッ……ちっ、風下じゃん。」

 最悪だ、とは思わなかった。むしろ少し嬉しかった。だけど、そんなことよりも今は猛烈に腹が減っている。朝から何も食べていない。家には何もないので、コンビニへ向かう。コンビニに向かう途中、火事の野次馬が話しているのを聞いた。幸いにも、この火事でケガ人などは出ていないらしい。

 横断歩道を渡ったら、もうコンビニだ。信号が変わって横断歩道を渡り、コンビニへ入る。チャーハンと唐揚げを手に取りレジへ向かう。

「ポイントカードはお持ちですか?」

「あ、持ってないです。」

「カードは無料でお作りできますがよろしいですか?」

 今日も店員がロボットに見える。

「あ、じゃあ、お願いします。」

「え?あ、はい!ありがとうございます!」

 ロボットでもエラーがあるんだ。人間なんてなおさらだ。

「ありがとうございました〜!」

 横断歩道を渡って家に帰る。帰る時には、もうあの火事は鎮火していた。ケガ人も出なくて本当によかった。

 今思い出すと、あの火事の炎は、おれの知っている炎よりも黄色がかっていた。そんな気もしている。

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