とっこちゃんの1
おじさんが来てからも日々は変わりなく進む。
変化もあまりなく僕は大学に通い、おじさんは家でゴロゴロしたり散歩したり。
おじさん曰くお互いマイペースだから、だそうだ。
そんなこんなで神様がいても変わることのない生活の中、今日の講義が全て終わり帰路についている時だった。
「純く〜ん」
「?」
後ろから声がかかった。僕は後ろを振り返るとそこには真っ白に赤い目の女の子がいた。
しかし僕にはこんな知り合いはいないし、ましてや僕のことを下の名前で君付けする人もいない。
「誰、です?」
「えー、わからない?わからない?私だよ?」
「……じゃあヒントを」
「私がヒントだよ」
どうしてだろう。お互い顔を見て話しているのに会話が成立していない気がする。
「くはー、やっと話せたね」
「やっぱり会ったことないんじゃ……」
「ううん、毎日会ってたよ」
「それってもしかしてストー……」
「純くん!まだ思い出さない?」
出かけた言葉を喉に押し返す勢いで質問されてしまった。
……言われればどこかで見た気がしないでもないけど、僕には白髪の知り合いなんていないし……。
「……石神シロ」
「え?」
僕が顎に手を当てて考えていると女の子がボソリと呟いた。その一言は聞いたことが……いや、僕はその名前を言ったことがある。
「シロ……?」
「思い出してくれた?」
「でもシロはうさぎで、ノッ!」
「嬉しいよ!」
久しぶりに聞いた言葉に気を取られていたら女の子がタックルをかましてきた。女の子の身長は僕より少し低いくらいで、結構な勢いもあったので受け止めきれずに後ろに倒れこむ。
「純くん、会いたかったよ〜」
「ちょっ、え?え?」
何が何だかよくわからない、この人のことも思い出していない、この状況が何かもわからない。ないない尽くしだ。
「坊主も隅におけないヤツだったのか」
上から聞いたことのある声がかかる。
「浄瑠璃さん、助けて」
「助けて、ったってお前これどっちかってーと爆破される現場だぜ?おじさん何もできないよ」
「神は死んだ!」
「そういうこった」
神様ジョークでは救いを求めることができなかった。
「でも、この人ストーカーの可能性ありです」
「ストーカーじゃないよ」
「その娘もそう言ってるしもういんでね?」
僕の言葉よりこの娘の言うことを信じるのか。
「さては面倒なだけですね」
「あたぼうよ」
そんなことだろうとは思ったけど、本当に助けてくれないのか。
「あーあ、今日はせっかくスーパーで出来合いのお惣菜買ってきたのにな〜」
苦し紛れだけどわざと煽るように言ってみる。
「なに?おじさんがそんな手に乗るとでも?」
「乗らないんですか?」
「しゃあねえ、踊ってやるか」
乗ってくれるんですね。
おじさんは女の子の肩を引っ張って僕の上からどかしてくれる。
「やーん、純くーん」
「はあ……」
やっと解放された。重いってわけじゃないけど人一人分の体重がずっと乗るのはやっぱりキツイ。それに後頭部打った気もするし。
「まあまあ、落ち着きな嬢ちゃん。坊主の顔色が悪いぞ」
「なぜ!?純くーん!」
▽
頭から少し血が出てたみたいなので速攻で帰ることになった。なぜかあの女の子まで付いてきてるけど。
「ああ……ごめんねぇ純くん」
帰ってから頭に消毒してくれたり包帯を巻いてくれたりしたのはこの女の子だ。それでずっと謝ってきてくる。
「いやまあ大したことなかったからいいけど」
「坊主はお人好しだな。最悪死んでたかもしれんだろ、あれ」
「死んでないからいいんです。てかそこから見てたんですか?」
「「じゃあヒントを」辺りからな」
「結構最初じゃないですか」
浄瑠璃さんは帰ってくるなり新聞を読んでこちらを見向きもしない。
「話を戻すけど、坊主はその嬢ちゃんと知り合いじゃないのか?」
逃げるような話題切り替えに突っ込むこともなく答える。
「ええ、記憶にありません」
「そんなぁ、あんなに時を共に過ごしたのに……」
「いや知らないですけど」
しょぼくれていく女の子。そりゃあ会ってるなら思い出したいけど会ったことがないからどうしようもないし……。
「そうでもねえかもよ」
おじさんは新聞を読みながら唐突に言った。独り言の音量ではないのでこちらに向かって言う ったのだろう。
「なんです?今なにに対して言いました?」
「坊主の頭の中ー」
「え、思考読めるんですか?」
「神様だからな」
神様にはプライバシーってのがないのかな?だとしたら神様って大変なんだな。
「その娘な、一応神様だぞ」
「へー」
「なんで言っちゃうんですか!」
「いやあ、坊主もなにも知らないままじゃ話通じないだろ」
「せめて私から言いたかった……」
「ワリィワリィ。でもま、これで他のことは自分で言えるだろ?」
謝っていながらも新聞から顔を上げない浄瑠璃さん。対して女の子はやや不満そうだ。
「貴方どこまで知ってるんです?」
「さあな、おじさんこれでもそこそこの神様だからな」
「むー」
女の子は少し頬を膨らましておじさんを睨んでいたけど「はあ」とため息を吐いてこちらを向く。
「じゃあ話すよ。純くん、私は嘘なんか言わないから、本当のこと言うから」
「……うん」
真っ直ぐな目でこちらを見てくる。赤くて、どこかあどけなくて、でも少し鋭いこの目を見たことがあるはずなのに……。
「私はね『石神シロ』。下位の獣神、ウサギのね」
「あ……」
ただの自己紹介なのに彼女の言葉を聞いた瞬間に頭がグワッと熱を帯びる。「知ってる」と「知らない」が頭の中を巡って、必死に思い出そうとしている。
けど……僕はもうわかっていた。
「……シロ?」
「うん……」
「ロップイアー」
「うん」
「シロ?」
「うん……」
そこからなにも言えなくなった。ただ泣きそうな笑顔を浮かべている……シロが目の前にいて、新聞をめくる音が現実を教えてくれてた。
とっこちゃんは次で終わるはず
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