どちら様?
僕は石神純、これは名前ね。普段は哲学科に通う、至って心の強い大学生だ。
そんな僕が何故こんな主人公チックにナレーションをしているのか。それは僕の目の前にある存在が原因だ。
「お邪魔してるぜ〜」
その気だるく渋い声は僕の心を騒がしめた。何故なら、
僕の家に知らない《・・・・)和服のおじさんが寝転がっていたからだ。
状況を整理しよう。僕は朝、講義を受けるために通っている大学へ行った。その時施錠はキチンとしておいたはずだ。講義を終え、一人暮らしの僕は夕飯の材料を買いにスーパーに寄ってから家に着いた。そして鍵を開けてドアを開けたら、そこには知らないおじさんが……。
わからない。今この状況もそうだが、和室のワンルームタイプのこの部屋で肘を吐きながら新聞を読んでいるこのおじさんはいったい何者なのだろうか?
「おう、入らねぇのか?」
「え?入ります」
思考の海にどっぷりと浸かっていた僕はおじさんの声に弾かれたように動く。ドアを開けっ放しに玄関で立っていたのは確かに不審だ。まあ、目の前のこのおじさん程ではないけど。
「どちら様ですか?」
「神様だよ」
僕は意を決して尋ねた。というのにおじさんはこちらを見もせずに新聞を読んだまま答えた。
「真面目に誰ですか?」
「真面目に神様だよ」
ダメだ、話が通じない。でもこの程度でめげるような哲学科専攻生じゃないぞ。
「警察呼びますよ?」
「え⁉︎なんで?」
僕の言葉にガバッと起き上がるおじさん。「なんで?」はこちらのセリフな気がする。
「ちょちょ、神様を警察沙汰に巻き込むってどういう神経だよ?」
「他人の家に無断で上がりこんで「自分は神様」なんて言う人に神経疑われたくないです」
明らかに不当だと訴えるおじさんに、僕は貴方がオカシイんですと返す。側から見ても僕の方に言い分があるだろう。
「え?おじさんは神様だよ?」
「いやいや、状況から考えて泥棒じゃないですか。アレですか?泥棒の神様ですか?ドクロ○ぇですか?」
「おま、古いの知ってんなぁ」
結構有名で平成でもアニメやったからな。
なんてどうでもいい。未だにおじさんは自分が不法侵入をした、ということを認めようとしない。
「わかりました。どうしても自分を神様だと言うなら証拠を見せてください。見せてくれたら納得します」
「お、マジで?よっしゃ」
僕の提案にノリノリなおじさん。新聞を脇に挟んでいるその姿は本当に渋い。
「よし、見てろよ」
おじさんは脇に挟んだ新聞を両手の平に乗せて、
そして新聞が消えた。
「どうよ、これぞ神様パワー」
「凄いです、けどそれただの手品じゃないですか?」
「お前なあ、神様の力をあんな奇術の類と一緒にするんじゃねぇよ。もっと神聖なモンよ?あっちはタネも仕掛けもあるけど、俺のはないの」
「そんなこと言われてもそれがわからないようにするのが手品ですし」
「ようしわかった。そこまで言うなら【とっておき】の見せてやるよ」
僕の異議を断固として認めないおじさん。どうやら次にやるのは大掛かりなものらしく僕に「少し下がれ」と言われた。
「見てろよ、ほっ」
おじさんのやる気のない掛け声とともに何もなかった空間からボロボロと新聞紙がたくさん出てくる。
スゴイ、スゴイけど何故に新聞?
そして床が新聞に覆い尽くされたあたりで止まった。
「最近はなんだっけ?こういう時に“どやぁ”って言うんだろ?」
「確かにスゴかったです。けどまだ手品の領域を出てませんよ」
「あ?生意気な小僧だなぁ。じゃあどうすれば信じるってんだ」
片手を上げて指パッチンをするおじさん。それと同時にたくさんの新聞紙が一瞬で消えた。
どうあっても自分は神様だということか。そんな不審者を信じろ、という方がどうかしてると思うのだが……。
「なにを、と言われてもなぁ……。哲学での4大証明論だと“とんでも”なことをしてもらうことになりますよ?」
「お前哲学やってんのか。ん〜……確かにそれはいくら神様でもおじさんには無理だなぁ」
「おじさんも哲学知ってるんですね」
「おじさんは勤勉だからな」
と、胸を張るおじさん。けど、不法侵入には変わりないですから。
「参ったなぁ。おじさん低級の神様だからこれ以上派手なことできねぇんだよ」
「そうですか。ではお引取りを」
「え〜、やだぁ〜。おじさんここ気に入った。ここに住む〜」
「やめてください。大の大人が見っともない」
「おじさん神様だから年齢の概念ないも〜ん」
僕が段々イライラしてきたその時、天井からなにか小さい人のようなものが降りてきた。子供のような体躯に、神子服を着ているそれはあまりにも異質で、しかも浮いているのだ。天井を見れば破れた跡もない。
その子供?はおじさんを見るなりおじさんに飛びによっていった。
「浄瑠璃様〜。探しましたよ、早く帰ってきてください」
「なんだよ、俺ぁ働かねぇぞ。しばらくダラダラするって決めたんだ」
「そんなこと急に言われても〜。神業休むならちゃんと届け出だしてからにしてくださいよぉ〜」
「じゃ、やっといてくれや」
僕は突然現れたソレとおじさんが普通に話しているのをただ眺めることしかできなかった。
不審者だけならまだなんとかなったかもしれないが、小さい人が天井をすり抜けて来たのが見えてしまったのだ。脳が熱を持って僕にキャパシティオーバーだと訴える。
「とにかく働かねぇからな。俺は神生に疲れたんだよ」
「う〜……、天照様に言いつけてやる〜」
子供ようなソレはそう言い残し、天井に突っ込みそしてすり抜けて消えていった。
「さて、どうやったら神様だと信じてもらえるかな〜。どうした小僧?」
「いや、今の……」
僕は熱くなった頭に手を当てて少し下を向いていた。その様子になにか違和感を感じたのだろうおじさんは自分が原因だと気づいていないようだ。
「今のはなんだったんですか?」
僕はおじさんに尋ねることにした。もはや神様云々はどうでもよくなっていた。
「今のか?あれは“神仕”だよ。文字通り神に仕える、西洋で言う天使だな」
「はぁ……」
「じゃっ、次は?どうすれば神様って信じてもらえる?」
この人は……、いやこの神ははたして天然なのだろうか?それとも頭が悪いのだろうか?
「もうそれはいいです。好きにしてください」
偏頭痛にも似た感覚を押さえて僕は目の前の神物にこう言った。
「お、マジで⁉︎よっしゃ!」
今まで沈んでいるのかどうかもわからなかった顔を崩し笑うおじさん。
「あ〜、これでようやっとダラダラできるぜ〜」
伸びをしてから再び寝転がる。その姿は神々しくもなんともない。ただの休日のおじさんだ。
はたしてこれで良かったのだろうか?そんな疑念が頭をよぎったが、かなぐり捨てておくことにした。頭が痛くなるのを感じたからだ。
「そういや名乗ってなかったな。おじさん名前は浄瑠璃ってんだ。よろしくな」
新聞を読みだしてから思い出したようにそう言うおじさん。いや、浄瑠璃さん。
「……」
「おら、お前も名前言えよ」
「……石神純です」
「そっか、改めてよろしくな。あと俺のことはおじさんでいいぞ」
僕はもうなにも言えなかった。このおじさんにはもうなにを言っても無駄なのだろうか……。
そこから神様との奇妙な同居生活が始まった。
でも僕は知らなかった。人じゃないものがこれからも増えることを。
兎はいずれ出します。
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