感染性幸福症
「おはよう!今日も良い天気だね!」
「何を言っているんだい!見ての通り、空は雲っているじゃないか!」
「いやいや、曇りだって良い天気さ!」
「それもそうだね!眩しすぎるのはいけない!」
「そうだろう!眩しすぎるのはいけないね!」
「しかし、眩しすぎるくらいのもいいね!」
「この街は楽園だからね!」
二人の男の挨拶が街角で交わされる。
周囲には多くの人がのんびりと歩きながら、そして立ち止まり挨拶を交わしながら、街は穏やかな喧騒に満ちていた。
穏やかな世界、満ち足りた街。しかし、彼らは街灯に模して設置された監視カメラには気付いていなかった。
「いい気なもんだな、まったく」
「あの街は平和そのものですよね」
「ああ、あの街を見てると、あれが史上最悪の感染症と言われてもピンとこないよな」
「本当ですよね。脳の一部が壊れ、判断力が低下、でしたっけ。見えませんけどね」
「しかし事実なんだろうな」
二人の男はそう言いながらも画面から目を離さない。
「笑ったり泣いたりするし、言われたことはこなす。しかし自分から新しいことを初めようとか、自分で新しいものを作り出そうとか、そう言った意欲が丸っきりなくなる」
「そうらしいですね。そういや、あの街から外に出ようとした人が一人も居ないって本当ですか?」
「本当だよ。外に出るどころか、他の街について興味を持った人間がいるのかも怪しいな」
あの街の人々は連れて来られて暮らしていた。しかし、以前の生活に戻りたい人も、知らない街へ行きたいという人もいない。
「今日、新しくあの街に入るやつらのことを聞いたか」
「8人でしたっけ。今度は何があったんです?」
「小さい会社の従業員だとさ。社長が病原だ」
男は一つため息をつく。
「例によって外部からの通報。衛生局のヤツらが踏み込んだときは、社長は従業員を床に座らせて説教中だったらしい」
ちらりと隣の同僚を見る。
「説教の言葉は『休みたいだなんて、お客様のことをなんだと思ってるんだ』だとさ」
そこまでを言葉にして、男は口の端を引き攣らせただけの笑みを浮かべた。