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1年目11月 「掃除は思い出で止まる」

「ところで、わたしは今、人の世の無情を感じているんだけれど」


 不意に哲学的なことを言い出したチャキに、リビングでのんびりしていた者たちが、今日はチャキが何か言い出したぞという目で、発言者を見つめる。


「時間は常に進み続けていて、あらゆる状況が昔と同じではあり続けないの。今のままでは、息苦しいと感じ始めてきたの。で、あなた達にお願いがあるのよ」

「チャッキー、チューニビョーが再発したノカー?」


 スマホから目を上げてから、チャキは全員の顔を見回す。ただ指先はスマホの上を滑り続け、ネトゲーの晒しスレにクソアタッカーの悪評を淡々と書き込んだ。


「なるほど。今日は休みだし、喜んで手伝うよ」

「……すっご~い! ワタルくんってばぁ、チャキちが何言いたいのか分かったのぅ!?」

「もちろん百パー正解かと言われると、そこまでの自信はないけどね。それでも、なんとなく分かったよ。もちろん、シュウだって分かっているだろう?」

「愚問ね。わたしのヒデくんが、わたしの言いたいことを理解できないなんて、それこそありえないことだわ」

「も、ももももちろんだよ。だいたい、チアキの頼みを俺が断る訳がないじゃんか」


 自信に満ち溢れたチャキの発言に、シュウは汗をダラダラさせながら目をキョロキョロと泳がせる。その顔には『ヤバイ』と極太マジックで書かれていた。


「ワーオ、さすがシュウだネー」

「それでぇ、結局ぅ、何が言いたいのぉ~?」


 テレビで湯けむり温泉連続殺人事件的なドラマを見ていたアヤが聞く。ちょうど温泉の場面なので、その視線はテレビに釘付けだった。


「部屋をね、片付けたいのよ」

「……えっとぉ……それってぇ、さっきの意分かんないこと言うようなことなのぉ?」

「察しなさい」


 顔を少し紅潮させつつ、チャキは言い捨てた。


「ま、そうだね。チアキの部屋、普通の人は入り込めない状態になってるもんね」

「ここに普通の人はいないから、みんなドスドス入り込んでるけれどね」

「えぇ~。アヤは、ちゃんと下着とか服とか、踏まないようにしてるよぉ?」

「そうね。アヤは何でもかんでも蹴り飛ばして、場所を開けてから畳を歩いているわよね」


 フミヤとスズは何も気にせず服を踏みつけ、アヤは服を蹴飛ばして踏む場所を作る。リアとワタルは手で服をどかしてから歩き、シュウとカナは文句を言いながら服を手にとって一箇所に積み上げる。チャキは入口からベッドまで飛ぶ。各人がチャキの部屋で取る行動は、概ねそう分類できた。


「アヤはぁ、どうせならアヤの部屋もお片付けしたいなぁって思うんだぁ」


 アヤの部屋も、チャキの部屋に負けず劣らず汚部屋として有名だった。


「そうね、アヤの部屋はなんとかしないとマズイわよね。悪臭が漂っているもの」

「はぁっ!? ワタルくんの前で何言っちゃってるの!? え、えとぉ……待って待ってぇ。チャキちとおんなじだよぅ」


 一瞬素が出てしまったアヤだったが、懸命にいつもの演技臭いしゃべり方へと切り替えた。


「これがゴジュッポヒャッポってやつだネー!」


 リアの的確な指摘に、シュウとワタルは顔を見合わせて、大きく笑った。


「んもう~。なんとかするためにも、まずは片づけてもらうところからなんだよぅ」

「アヤヤのタリキホンガンは困ったちゃんネー」

「えええええ~っ。もとはと言えばチャキちが言い出したことなのに、なんでアヤだけ言葉責めされるのぉ~」

「チャキの部屋のあとで、手伝ってあげるからよ。きっとシュウやチャキもね」

「あはっ、ワタルくん優しいね。大好きだよぅ」

「アヤヤはビチビチビッチネー!」


 ビッチ呼ばわりされて、アヤは頬を膨らませて可愛らしく不貞腐れた。そんなアヤに上目遣いに見つめられて、ワタルは肩をすくめて軽く頭を撫でてあげる。


「なーんでワタルはそういうの、さらっと出来るのさ……マジで見習いたい。マジで」 

「見習わなくていいのよ、ヒデくん。そういうのは、女ったらしのフミヤとワタルに任せておきなさい」

「あれ? そういえばフミヤは? 今日は見かけてない気がするけど。まあ、スズさんも見かけないし、一緒に出かけてるのかな」

「フミーヤは、スズとカーナとドライブ行ったネー。モミージハンティーングって言いナガラー、エアガンをたくさん持っていったネー」

「あの二人も大概ね。いい加減、フミヤも根負けしてしまえばいいのに」

「まあ、フミヤだからね。まずはスズさんがはっきり告白するところからなんだろうけどさ」


 そんな他愛のない会話をしつつ、開かれたチャキの部屋を見て、まるでタイミングを合わせたように、ワタルとリアとアヤがため息を付いた。


「なんでいきなりため息なのかしら。ここは、喜び勇んで『やるぞ!』と気合を入れる場面よ」


 本を借りたり、チャキを呼んだりする分には、部屋がどれだけ散らかっていようとも気にはならないが、片付けるという気持ちで見ると心が折れてしまっていた。

 服がある。下着がある。本がある。ダンボールが届いたままの姿で転がっている。その他諸々、様々な物がところ狭しと存在を主張している。


「……どこから手を付けるべきだろうか。ここはベテランのシュウにお任せたいところだよ」


 苦心の挙句、ワタルがなんとか言葉をひねり出した。表面に見えている物以外に、どれだけの物が埋もれているのか。それを把握しているのはシュウだけだろう。


「そうだね。じゃあ、役割分担をしようか」


 服や本を一時的に避難させる係、本棚やクローゼットに場所を確保する係、部屋の中を整えていく係が、それぞれシュウによって割り振られた。

 シュウは廊下側のフスマを開けると、向かいにある自身の部屋を開いた。フィギュアやポスターを綺麗に保つため、隅々まで清掃が行き届いていた部屋だ。

 仲間たちは、しばらくは黙々と荷物の運び出していたが、真面目にやっていられた時間は五分もなかった。すぐに誰かがふざけ始め、それが伝播していく。


「おぉ~、これはぁっ! へぇ~。これチャキちとシュウくんかぁ」


 いつの間にか女子二人がシュウの部屋に移動していて、アヤが何かを見つけたような歓声をあげた。

 その声に釣られて、チャキもシュウもワタルも、シュウの部屋に集まった。アヤとリアが開いていたのは、アルバムだった。


「わあ、だいたんなヌードだぁ……可愛いね」


 それは『六歳の夏』という文言が記載された、シュウとチャキがお風呂に入っている写真だった。女性二人がシュウのどこかしらを見つめていた。


「ねえ! 今どこ見て言ったのかな!?」

「え? えへへへへぇ」

「キニシスーギダーヨ?」


 アヤとリアの二人は、シュウのどこかしらを見ながら返答すると、キャイキャイ言いながらアルバムのページをめくっては、キャハキャハと盛り上がっていく。


「気になったんだけど、アルバムがここにあるってことは、床に置いていたってことだよね。なぜ、という疑問が思い浮かんでしまうよ」

「あら、ワタルがそんな簡単なことも分からないの? 新しい写真を入れたからに決っているじゃない」

「そう、それは分かるんだ。でもね、それほど大事にしているものを、床に置いたままにしていたことが分からないのさ」

「──言うなれば、そうね、思い出は思い出として大切にするのは大事なことだけれど、それよりも未来に向かって歩き続けることが大事、ということかしら」

「はぁ。そんなの言い訳にもなってないよ、チアキ。どうせ、ネトゲーやってたら忘れてたんでしょ」


 煙に巻こうとしたチャキであったが、シュウには全てお見通しであった。どれだけの言葉を重ねてみても、チャキが本質的にズボラであることは隠し切れない。


「ジャッポネーセシッチーゴッサーン!」


 リアはシュウとチャキが和装を着飾った写真を見て歓声を上げた。


「シュウは三歳かな? それにしては、大きいように見えるね」


 七五三で男女二人が揃って着飾っているということは、三歳のみのはずだ。ただ、それにしては横に並ぶ大人と比較して、大きすぎるように見えた。


「これは七歳の時だね。チアキが泣いて叫ぶものだから、オレは五歳ってことにして一緒に……ね」

「違うわ。この時は、ヒデくんが『僕も僕も』って泣いて頼んだのよ」


 どちらが言い出したことにせよ、二人がずっと一緒にいたがるのは、昔から続いていることであった。


「この写真、家の前みたいだけどぉ、誰が撮ったの?」

「んー。たぶん、姉さんかな?」

「……そんな人のことは忘れましょう」


 シュウの姉はすでに社会人として働いている。家が隣同士ということもあって家族ぐるみで仲が良かったが、唯一チャキとシュウの姉だけは犬猿の仲だった。二人ともが『譲る』という言葉を母親の胎内に置き忘れていたため、顔を合わせるたびにいがみ合うのだ。


「ホント、チアキは姉さんがキライだね」

「嫌いなのではないのよ。ただ、ほんのちょっとだけ、いけ好かないのよ」


 当の姉は『あの子さ、自分がアンタの姉みたいな素振りしてたじゃん。だからさ、姉は私なんだと意地はってたんよね。いやあ、我ながら青臭いね』と先日会った時に言っていた。姉の側にはわだかまりはないのだが、当人から聞かないと納得しないだろうと、シュウはそれを胸の中にしまっておくことにした。


「小学校は別々なんだったっけ」


 シュウが私服で、チャキが制服を着た、幼い頃の写真が張ってあった。


「ええ。わたしが私立の女子校に入ってしまってね」

「家に帰ると、チアキが待ち構えてたから、別々の学校に行ってるって気分はあまりなかったけどね」


 アルバムをめくっていくと、中学生になった二人が同じデザインの制服に見を包んでいた。少し離れた場所にある私立中学の制服を着ていた。


「アレ、フミーヤだ!」


 そしてその次にあったのが、フミヤがシュウにコブラツイストを極めていて、それをチャキが微笑ましそうに見ている写真だった。


「ヒデくんにフミヤを紹介されたときは、いじめっこかと思ってたのよね……」

「あの前髪ってぇ、不良みたいだもんねぇ」


 フミヤの前髪は、メッシュのように一房だけが銀色だ。母方のロシアの血が絶妙に遺伝した結果らしい。


「フミヤは本当に極端に友達を作らないから、基本的にはずっとヒデくんを連れ回していたわよね」


 シュウがフミヤに連れ回されることで、チャキも自動的に共に行動するようになった。中学を卒業するまで、ずっと三人で一緒にいることが多かった気がする。

 数ページばかり過ぎて出てきた写真に映るシュウとチャキの姿は、誰しもが見覚えのあるものだった。それは高校時代の写真で、スズの姿が増えていた。


「フミヤがスズさんを連れてきたのは、高校に入って、本当にすぐだったんだよね」


 当時のスズは生徒会役員で、生徒会長になる半年ばかり前だった。

 そして写真にはどんどん人が増えていった。ワタルが増え、カナが増え、アヤが増え、リアが増えたことで、仲間たちが全員が揃う。


「ずっと昔から一緒だったような気がしていたけど、こうして見返してみると、案外それほどの時間が経っていたわけじゃないんだね」


 制服の胸元を大きく開いてだらしなくネクタイをぶらさげて咥えタバコのフミヤ。生徒会長の腕章だけの全裸で走り回っているスズ。短い髪を金髪に染めて化粧が薄くスカートを思い切り短くしているアヤ。つんつんしそうなほどベリーショートの髪で頬に絆創膏をした勝ち気な顔をしているカナ。きちんと制服を着こなしているワタル。どんどん丸みを増していくシュウ。当時は一番背の高かったチャキ。留学してきた直後はずっと私服だったリア。

 懐かしくもあり、今とまったく変わっていないようにも見えた。

 アルバムにはこの家に引っ越してきてからの物もあったが、さほどの枚数がなく、あっという間に真っ白なページになった。


「終わっちゃったねぇ」


 アヤは何もない真っ白なページをペラペラめくっていった。そして最後のページでその指を止める。そのページには日付が書かれた付箋紙が一枚張られていた。

 その日付は、このまま何事もなければ卒業式数日後の大安吉日だ。


「気が早いね。もう予約済みなんだ」

「当然でしょう。わたしの半生で、もっとも待ち望んでいる日だもの」

「ずいぶん先に思えるけど、気がついたら当日になっていそうだよね」


 その日に向けて思いを馳せるシュウとチャキの二人だった。二人にとって人生で最も大切な、新しい日々の始まる日。


「さて。しっかりと、有意義で無駄な時間を過ごしてしまったね」


 ワタルの言葉に、アルバムを囲んでいた仲間たちは動きを止めた。


「時間が過ぎるのは早いネー。サー、片付けを続けマショー!」


 お互いに無意識に、いつの間にか手を繋いでいたシュウとチャキがそれに気付きながらも離したりせず、立ち上がった。


「そうね。あともう少しだから、頑張りなさい」

「チアキの部屋の中はもう大丈夫だから、今度はどんどん運び込もうか」


 そうして仲間たちはチャキの部屋の片付けを再開するが、終わったのは夜中になる直前と言える時間だった。

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